筆界特定と訴訟


弁護士 大園 重信

1.筆界特定の申立件数
 隣接する土地の境界について争いがあるときに、土地所有者が法務局に対し、土地境界を明らかにすることを求めれば、法務局(担当するのは筆界特定登記官です)は、筆界調査委員による調査を行い、そして隣接土地所有者双方から意見を聴取した上で、土地境界を特定することになりました。このような土地境界問題解決の仕組みを「筆界特定制度」と言います。境界確定訴訟を提起するのと比べ、短期間に、そして安価に土地境界問題を解決しようとするものです。筆界特定制度は、平成17年(2005年)の不動産登記法の一部改正により、平成18年(2006年)1月20日から施行されています。制度発足後の申立件数の推移とその処理状況は、下記の通りであり、大阪法務局は、全国で最も申立件数が多くなっています。筆界特定制度は、土地境界紛争を解決するための制度として定着しつつあると考えられます。


〈筆界特定の申立件数と処理状況〉

  受理、既済、
未済の内訳
平成18年
(2006年)
平成19年
(2007年)
平成20年
(2008年)
平成21年
(2009年)
全国
受理件数

既済件数

未済件数
2,790

731

2,059
4,749

2,426

2,323
4,815

2,758

2,057
4,636

2,476

2,160
大阪
受理件数

既済件数

未済件数
236

64

172
430

245

185
548

320

228
610

281

329
東京
受理件数

既済件数

未済件数
201

22

179
395

152

243
450

221

229
431

174

257



2.筆界特定と境界確定訴訟

 筆界特定は、筆界調査委員の専門的な調査結果に基づくものであるので、その信頼性
が高く、筆界特定で認定された筆界が、その後の境界確定訴訟で変更される可能性は少ないと言われています。現に、東京地裁平成21年6月12日判決は、筆界特定通りに土地境界を認定しましたが、その中で、「・・・筆界特定手続は,専門的な知識経験を有する土地家屋調査士等の筆界調査委員が,筆界特定に必要な調査等を行い,意見を提出した上,筆界特定登記官が,かかる意見とその他の事情を総合的に考慮して筆界を特定する手続であり,その手続においては,関係者の意見陳述及び資料提出の機会も保障されていること,そして,本件においても,上記筆界特定書では,甲乙両土地にある境界標及び囲障等の検討,公図及び耕地整理確定図の検討,公共用地境界図の検討,地積測量図の検討を通じて上記の結論を得ているところ,その判断は必要かつ十分の資料に基づく適正なものであると認めることができる。・・・」として、筆界特定手続での結論を信頼できるものであるとしています。
 その一方で、筆界特定での結論を変更した事例もあります。東京地裁平成22年3月29日判決は、その中で公図の信用性について、「・・・本件旧公図は,土地台帳附属地図であって,一般に定量的にはそれほど信用できないが,境界が直線であるか曲線であるか,崖か平地かといった定性的な点では信用できるとされているところ,・・・本件旧公図は,定量的な面での信用性は高くないといわざるを得ないのであって,本件旧公図を現況の測量成果に重ね合わせることによって本件筆界を特定するという方法は,より合理的な他の方法がない場合に限って相当性が認められるとするのが相当である・・・」として、公図の信用性に一部問題があると指摘した上、筆界特定での土地境界とは異なる境界を認定しました。また、大阪高等裁判所平成22年4月15日判決は、「・・・(1)筆界特定手続では,分筆後の土地の筆界を判断するに際し,分筆前の土地についての官民明示を根拠の一つとしたこと。(2)土地分筆時に建物が新築されているが,筆界特定で認定した境界(分筆後の土地境界)を越えて建物が建築されているという不合理な結果になること・・・」などを理由に筆界特定で認定された筆界とは異なる境界を認定しています。


3.筆界特定と所有権確認訴訟

 筆界特定で認定された筆界が、その後の所有権確認訴訟で事実上否定された事例があります。甲は、所有する甲土地(後記X図での甲)をY図のように3筆に分筆し、そして北側の2筆をB及びCに1筆ずつ売却することにしました。しかし、甲土地周辺は、公図が現況を反映していないことなどの事情から、分筆された3筆は公図ではZ図のように記載されました。甲は、B及びCへの土地売却に際し、袋地になるA及びB土地の通行権を確保するために、B及びCとの間で、「B及びCは、その東側にある通路状土地(甲所有土地の一部)について通行地役権を有する。」と定めた公正証書を作成しました。その後、BからA土地を取得したDが通路状土地に自転車などを置いてその通行を妨げるようになりました。そこで、甲から@土地を取得したAが、Dに対して自転車などの撤去を求めたところ、Dは、「私は、公図にある(2)土地を所有しており、自分の所有する土地に自転車などを置いているだけです。」と主張し、Aの求めには応じませんでした。そこで、Aは、平成18年12月、D及びCに対し、@土地とA及びB土地との筆界がY図の通りであるとして筆界特定を申請したところ、法務局は、平成20年4月、公図の記載などを根拠にZ図の通りに筆界を特定しました。そこで、Aは、同年12月、Dに対し、Aが通路状土地を所有することの確認並びに自転車などの撤去を求める訴訟を大阪地方裁判所に提起しました。平成22年12月、前記公正証書、分筆後に作成された測量図や甲・Aの間の売買契約書の内容などからAが通路状土地を所有することを確認し、そして自転車などの撤去を命じる判決が言い渡されました。



【係争対象土地図−事案を簡略化して記載しています】



4.このように、筆界特定で認定された筆界は、専門的手続を経ているということから訴訟手続においてもその内容が信頼されていますが、法務局が、判決手続で事実認定する場合の合理的判断基準に基づかずに筆界を特定してしまうと、その筆界特定で認定された筆界が、判決で変更されることがあります。