マンションの媒介業務に伴う留意点A
―ペット飼育の可否についての事例を中心に―

一級建築士 樋野 晶子


1.はじめに

 みなさんは、「コンパニオンアニマル」という言葉を聞かれたことがありますか。デジタル大辞泉(小学館)によると、「人間の伴侶としてのペット、一方向な愛情の対象としてではなく、心を通じ合う対象として考えようとする立場からいう語」とあります。従来の愛玩用としてのペットではなく、家族の一員として心を通わせた生活の伴侶という意味で、1980年代半ばから使われ始めた言葉のようです。
 この言葉に象徴されるように、近年の高齢化、少子化にも影響され、犬や猫に代表される動物と暮らす人たちが増えています。また、アニマルセラピーが医療に取り入れられたことによって、動物との触れ合いが、精神面によい効果をもたらすとも言われており、ペットと暮らすことが、子供の情操教育の一助となることも、お年寄りの生きがいとなっている場合もあります。
 ペットフード協会の調査(平成22年)によると、日本では全世帯の17.8%(約941万世帯)が犬を飼育、10.6%(約558万世帯)が猫を飼育しています。また、今後も犬猫を飼いたい、あるいは今後飼いたいという飼育意向率は、犬34.2%、猫19.1%と、現在の世帯飼育率の二倍近い数字となっており、ペット飼育可能な住居への要望がますます高まるのではないかと予想されます。
 実際、住居を購入、または賃貸する場合、家族としてのペットと一緒に住めるマンションを希望する人たちが増加しており、最近では、「ペット共生住宅」と銘打って、ペットと暮らすことが出来るマンションも数多く登場しています。そのような状況の中で、不動産の取引や管理に関して、ペット飼育に関するトラブルも急増しています。今回は実際の紛争事例を見ながら、マンション媒介業務において、ペット飼育の要望があった場合、どのように対処するべきかを再確認してみたいと思います。


2.ある事例より
(大分地裁・判決 平成17年5月30日/判例タイムズ1233―267)

 この事例は、ペット飼育禁止のマンションを購入希望した買手Aとペット飼育可能なマンションを希望した買手Bが、同じマンションを、時期を異にして分譲マンション販売業者Cより購入。入居後、A,B両者が販売業者Cに対し、情報提供が適切でなかったとして、損害賠償を請求したものです。概要は次のとおりです。

(1) 買手Aは、分譲マンション販売業者Cから、本件マンション(新築56戸)はペット飼育禁止との説明を受け、平成14年2月に購入。
(2) 買手Bは、その1年4カ月後の平成15年6月、同Cから、本件マンションではペットの飼育は可能との説明を受けて購入。販売業者Cが用意した管理規約案には、ペット飼育禁止の項目がなかったため、買手Bは飼育可能と認識。実際は、その時点で、管理組合が組合設立の説明会で、ペット飼育禁止を決議していたが、販売業者Cは把握していなかった。その後、管理組合第一回総会でペット飼育禁止(現在飼育している一代限りは許可)と決まったため、買手Bは新たに購入した犬の飼育を断念。(入居当時飼育していた犬は入居後死亡した。)
(3)

買主Aは、犬猫が嫌いなため、ペット飼育が禁止されているとの説明を受けた本マンションを購入したにもかかわらず、その後飼育可能なマンションとして販売されたため、被害を受けたと主張。
 買主Bは、ペット飼育が可能かどうかが購入の重要な条件であり、Cより飼育可能と説明を受けたため購入。しかし将来管理組合規則により、飼育禁止になる可能性の説明がなかったと、説明義務違反を訴えた。
 一方販売業者Cは、買主Aについては飼育禁止について具体的に説明はしていない。同じマンションで犬を飼う世帯がいても社会生活上、受忍限度を超えない。また買主Bについては、当時、ペット飼育禁止になることは予見できなかったと主張。

(4) 判決は、買主A,Bが、販売業者Cに対して、それぞれ請求した100万円の慰謝料に対し、買主Aに10万円、買主Bに対して70万円の慰謝料を認容した。

 今回のケースは、同じ販売業者がペット飼育禁止マンションとして買主Aに販売、その後ペット飼育可能なマンションとして買主Bに販売、Aはペット禁止のはずのマンションを後日ペット飼育可として販売した業者Cを不法行為とし、一方Bは入居後決定された管理組合規則によりペット飼育が出来なくなり、将来ペット飼育が出来なくなる可能性の説明を怠ったとして、A,B両者がCに対し損害賠償を起こしたものです。これは、販売業者Cが、管理組合の情報も含めて、買主の要望に対して正確に調査し伝えなかったことによるトラブルです。販売業者はマンションでのペット飼育の可否が買主の重大な決定要素となることを、もっと深く受け止め、正確な情報を将来の可能性も含めて知らせるべきだったと言えます。また販売業者が、販売時期によって、生活に関わる重要な事項を変えない、あるいは変更のある場合は、必ず通達するという配慮が必要だったのではないでしょうか。



3.その他の事例


 その他の事例としては、やはり販売前の説明不足によるトラブルが目立ちます。例えば、動物嫌いのXは、ペット飼育禁止との説明を受けYより購入。しかしマンションには、ペット飼育可能と説明を受けペットを飼育する一部入居者がいたため、Xはペット飼育禁止が徹底されず精神的被害を受けたとして500万円を請求、判決はXの精神的苦痛を慰謝するには50万円が相当とした、というものです。賃貸住宅の場合は、賃貸借契約に違反してペットを飼ったとして賃貸人に契約解除を求めたケースや、一軒家の賃貸でも、動物飼育禁止特約の下で動物を室内で飼育した賃貸人に対して、明け渡しを求めたケースなどがあります。


4.
トラブルを避けるために

 ペットに関しては、集合住宅に限らず、近所付き合いの中でトラブルの原因になりがちです。これは、動物が好きな人と嫌いな人との意識の隔たりがあり、我慢できるか出来ないかは個人差が非常に大きいためです。またトラブルに関しても、鳴き声、臭い、しつけに関するものまで幅広く、飼い主自身のマナーやペットに対するしつけにも関係してきます。
 犬猫を好まない人たちにとっては、「いる」という存在自体が耐えられないという場合もあり、一旦トラブルになると解決が難しいケースも少なくありません。このようにさまざまな要因によるため、事前にいかにトラブルを防ぐかが大きなキーポイントではないでしょうか。
 まず買手からペットと一緒に暮らしたいという要求を出された場合、「出来れば飼いたい」のか「家族の一員として一緒に必ず住める住居」を望んでいるのか、その要求度、何をどの程度求めているのかを、しっかり見極める必要があると言えます。またその要求を受けて、ペットの飼育がその建物で本当に可能かどうかを、誠意を持って現地聞き取りや管理規約(素案の段階のものも含む)を調査し回答することが、もっとも大切なことだと思われます。


4.おわりに

 買主、借主にとってペットと共に暮らすことが一つの重要な希望事項である場合、それは「契約をするかどうかの判断に重要な影響を及ぼす事項」にあたり、売主業者、仲介業者は、買主、借主に対して一定の調査を行い、確認の上、説明することが義務付けられています。これに違反すると、不法行為が成立します。このようなことにならないためにも、重要事項説明書の中で、ペット飼育の可否に係る箇所を記載しておく必要があるでしょう。また書面で残すことによって、後々の問題発生を防ぐことができます。入居後のトラブル発生を最小限とするためにも仲介時の確認、調査と見極めが、プロの手腕に掛かっていると言えるのではないでしょうか。


参考資料:RETIO.2011.4.NO.81