建物賃貸借契約における連帯保証人の責任について

弁護士 入江 寛


1 はじめに

 建物賃貸借契約においては、賃貸人から、賃借人に連帯保証人をつけることを求めることが通例です。これは、賃借人は、賃貸借契約の期間(年単位の長期が通常です。)は継続的に賃貸人に賃料を支払う義務を負い、賃貸借契約が終了すれば建物を原状に復して賃貸人に返還する義務を負いますが、賃借人が履行できなかった場合には賃貸人は多大な損害を被ることとなるため、連帯保証人に、賃借人の債務を履行してもらうためです。
 賃貸借契約は更新されることが多く、当初契約で連帯保証した連帯保証人の責任がその後に更新された契約まで及ぶのか、さらに、連帯保証人にとっては予想していなかったことが賃借人に起こり賃借人が賃貸人から損害賠償請求をされた場合、連帯保証人に責任が及ぶのか、という問題があります。
 そこで、連帯保証人の責任の範囲について、具体的な裁判例から、検討していきたいと思います。


2 更新契約についての連帯保証人の責任(最高裁平成9年11月13日判決)

(1)

 賃貸人Xと賃借人Aとの期間2年の当初の建物賃貸借契約について、連帯保証人Y(Aの実兄)は、Aの債務について連帯保証しました。その後賃貸借契約は2年ごとに3回にわたり合意更新をしましたが、その更新に際し、XからYへ保証意思確認の問い合わせもなく、Yが引き続き保証人になることを了承したこともありませんでした。
 ところが、Aは、3度目の更新以降賃料を支払わなくなり、Xは、その2年後にYに対してAの賃料不払いを通知し、Aが建物を退去した後に、Yに対して、Aの賃料不払いによる滞納賃料約850万円を求める訴訟を起こしました。


(2) 判決では以下の通り判断し、XからYに対する請求を認めました。

@ 建物の賃貸借は、もともと長期間にわたる存続が予定された継続的な契約関係であり、期間の定めのある建物の賃貸借でも、賃借人が希望すれば更新して賃貸借関係を継続するのが普通であるから、賃借人の連帯保証人も、賃貸借契約の継続は当然予測できる。

A 主たる債務が定額的かつ金額の確定した賃料債務を中心とするもので、更新後の賃貸借から生じる債務についても、保証の責任を負う趣旨で保証契約をしたと考えることが当事者の意思と思われる。

B ただし、賃借人が継続的に賃料の支払いを怠っているにもかかわらず、賃貸人が、保証人に連絡するようなこともなく、いたずらに契約を更新させている等の場合には、保証債務の履行を請求することが信義則に反するとして否定されることもあり得る。

C 本件では、本件保証契約の効力は更新後の賃貸借にも及び、XがYに対して保証債務の履行を請求する事が信義則に反する事情もないので、Xの請求を認める。

(3) 更新後の賃貸借契約にも、原則として、連帯保証人の責任は及びます。ただ、賃貸人が賃借人に対して保証債務の履行を請求することが信義則に反するという場合には、否定される場合があるということになります。




3 自殺した賃借人による損害についての連帯保証人の責任(東京地方裁判所平成19年8月10日判決)

(1)

 賃借人Aは賃貸人Xと、2階建てアパートの203号室について建物賃貸借契約をし、連帯保証人Yは、Aの債務について連帯保証しました。ところが、その後、Aは室内で自殺をしてしまいました。母Zが、Aを相続しました。
 Xは、Aが室内で自殺した行為は債務不履行である、Xが本件アパートの各室を賃貸するにあたり、重要事項の説明として203号室で自殺があったことを説明しなければならないが、この義務は本件アパートが存続する限り免れず、203号室には288万円の損害が、203号室の両隣と階下の部屋には賃料減額分の388万円余の損害が生じるとして、AとYに対して676万円余の損害賠償を求めて提訴しました。

(2) 判決では、以下の通り判断し、A,Yの責任自体は認めました。

@ 賃借人は、建物について善良な管理者と同様の注意義務をもって使用収益する義務がある(以下「善管注意義務」という。)が、その対象は、物理的に損傷しないようにすることの他に、賃貸目的物内で自殺しないようにすることも含まれる。従って、賃借人が賃借中の室内で自殺したことは、善管注意義務に違反したもので債務不履行を構成するから、賃借人の相続人であるZにはその債務不履行と相当因果関係のある賃貸人の損害を賠償する責任がある。

A
連帯保証人には、本件連帯保証契約に基づき、賃借人が自殺したことと相当因果関係のある賃貸人の損害について、Zと連帯して賠償する責任がある。

(3) 責任を負う損害の範囲については、以下の通り一部のみ認めました。

@ 自殺について、自殺住戸への最初の入居者には説明義務があるが、当該入居者が退去した後の次の入居者へは特段の事情のない限り説明義務はない。自殺住戸以外の部屋への入居者に対しては、自殺住戸に居住することとは嫌悪感がかなり違い、本件においては、建物所在地、単身者向け物件等の諸事情から、説明する義務はない。

A 損害については、203号室を自殺事故から1年間賃貸できなかった損害を認め、その後賃貸するに当たっても従前賃料の半額での賃貸しかできなかったことについては一契約期間の2年間分半額分の損害を認め、132万円余を認める。他室については、現実に賃料の減収が生じていても、自殺と相当因果関係のある損害とは認められない。

(4)

 連帯保証人は、賃借人が自殺した場合でも、自殺と相当因果関係のある賃貸人の損害について責任がある、ということになります。
 自殺住戸以外の他室の賃貸にあたり、本件では自殺住戸の説明義務はないとし、損害については、当該自殺住戸の賃料のみとして、他の隣接している部屋の減収分は認めませんでした。



4 無断転借人が自殺した場合の損害についての連帯保証人の責任(東京地方裁判所平成22年9月2日判決)

(1)

 賃貸人Xは賃借人Yとの間で、本件物件を第三者に転貸することを禁止事項として(民法612条で賃貸人の承諾が必要とされています。)建物賃貸借契約をし、連帯保証人Zは、Yの債務について連帯保証しました。ところが、YはXの承諾を得ることなくAに転貸し(無断転貸)、その後、Aが自殺してしまいました。
 XはYとの賃貸借契約を解除し、YとZに対して総額500万円余の損害賠償を求め提訴しました。

(2)

 判決では、賃借人Yの責任について、無断転貸の場合も、3(2)(3)と同様に判断し、原状回復費用等を含め計約360万円の損害を認めました。
 一方、連帯保証人Zは、転借人の自殺は予測し得ず保証債務の範囲に入らないと主張しましたが、判決では、債務不履行と相当因果関係のある損害の範囲にその責任は限定されるから、責任が不当に拡大するものではなく、消費者契約法10条により無効にされることはないとし、Zの責任も認めました。



5 土壌汚染を生じさせた賃借人の原状回復義務と連帯保証人の責任(東京地方裁判所平成19年1月26日判決)

(1)

 賃貸人Xは、賃借人Yに、亜鉛メッキ工場としての使用目的で、建物賃貸借契約をし、連帯保証人Z(他の亜鉛メッキ工場の経営者)は、Yの債務を連帯保証しました。
 その後、賃貸借契約は終了しましたが、Xは、同建物の敷地に土壌汚染が生じていたとして、YとZに対して、原状回復義務の不履行を理由に汚染土壌の除去費用等相当額4300万円を求めて提訴しました。

(2)

 判決では、汚染物質の一部はYの作業工程から漏出したものと認められ、建物の使用・収益に伴い周囲の土地を合理的な範囲で使用することは当然に建物賃貸借契約に含まれること等から、Yは敷地の土壌汚染についても原状回復義務を負うとし、218万円余の支払を命じました。
 一方、連帯保証人Zは、本件土壌汚染は予見できず連帯保証人として責任はないと主張しましたが、判決では、Zは本件賃貸借契約から生ずるYの債務について連帯保証しており、契約書にYの原状回復義務が明記されており、Zも亜鉛メッキ工場を経営していたことから(一時期YとZは共同で本件工場を使用していた)メッキ工場から土壌汚染が発生するおそれは予見できたとして、Yとともに218万円余の支払義務を認めました。



6 まとめ

 上記の判例を検討した結果、建物賃貸借契約における賃借人の連帯保証人については、原則として、賃借人が負う債務についての責任が及ぶ、と理解しておく必要があります。そして、例外的に、賃貸人が賃借人に対して保証債務の履行を請求することが信義則に反するという場合には、連帯保証人の責任が否定される場合がある、ということです。この枠組を頭に入れておきましょう。
 以上からすると、建物賃貸借の連帯保証人は、自身にとっては予想していなかったことが賃借人に起こった場合も、賃借人が負担する責任を、原則として、賃借人とともに負うこととなり、重たい責任です。賃借人としては、自身の債務不履行により連帯保証人に過大な負担をかけることのないように、善良なる管理者の注意義務をもって建物を使用収益すべき、ということになります。