所得税の必要経費の考え方

税理士 近藤 雅人

1 はじめに

 
毎年確定申告の時期になると、サラリーマンの方から、「個人で商売をしている人は、何でも経費になるから得ですね。」と言われることがあります。また、個人で商売をされている方からも「領収書があれば経費になるのですね。」と尋ねられることがあります。
 さらには、相当の事業規模である個人事業者の中には、「会社にすると交際費が必要経費に認められなくなる」との理由で、会社にせず、あえて個人事業を選択される者がおられます。はたして、このような理解は正しいのでしょうか。
 答えは「No」です。所得税は、納税者の利益(所得税ではこれを「所得」といいます)にあわせて、それぞれに公平な負担が求められます。その利益は、次の算式により計算されます。
 
収益(売上など)− 必要経費 = 利益
 
 この算式を見てわかるように、公平な負担が求められるということは、すなわち必要経費の考え方にも、ルールがあるということになります。
 それでは、所得税における必要経費の考え方には、どのようなルールがあるのか、今回はこの点について、解説することとします。


2 所得税における必要経費の原則

 
まず所得税における必要経費の原則について触れておきます。所得税の計算において、ある支出が必要経費として認められるためには、「それが事業活動と直接の関連をもち、事業の遂行上必要な費用でなければならない」とされています。つまりその支出は、
   @ 事業活動に直接関連し、
   A その事業活動に必要である、
ことが求められるのです。
 個人は事業活動以外に、地域での活動や趣味の活動といった様々な活動に関わっています。そしてそれらの活動には、それぞれ支出が伴います。しかし、個人がそれらの活動に何らかの支出をしたとしても、その活動は事業活動ではありませんから、その支出は事業所得の必要経費には該当しないというのは、当たり前のことと考えられます。
 @にいう事業活動の「事業」とは、少し難しくなりますが、「自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務」と定義づけられています。換言すると、事業とは、独立して事業者の責任において行われる営業活動であるとともに、その活動は利益を追求するものであり、しかも何年も継続して行われるもの、ということになるでしょう。必要経費はその事業に関連するものでなければなりません。この点において、冒頭に述べた「個人で商売をしている人は、何でも経費になる」という考え方は、完全に間違っていることになります。
 それでは、Aにいうところの「事業活動に必要である」とはどのような意味でしょう。事業者自らが「事業に必要だ」とさえ言えば、これが認められるのでしょうか。この答えもやはり「No」です。裁判所の判断を引用しますと、「ある支出が必要経費に該当するというためには、事業主が、事業に関連するもの、あるいは事業の遂行に資するものと主観的に判断して、その支出がされたというだけでは足りず、客観的に見て、それが当該事業の業務と直接ないし密接な関連を持ち、かつ、業務遂行上通常必要な支出であることを要し、その判断は、当該事業の業務内容等個別具体的な諸事情に則して社会通念に従って実質的に行われるべきものである。」とされています。つまり、事業者自らの主観的な判断ではなく、誰が見ても事業に必要であることがわかる程度の客観性が求められているのです。 この点において、「領収書があれば経費になる」という考え方も間違っていることになります。


3 家事費と家事関連費

 同じように商売をしている個人事業者と、株式会社に代表される法人とは、税金の計算において何が違うのでしょう。それは、法人とは異なり個人は、利益を追求するためだけに存在しているわけではないということです。わかりやすく言いますと、事業をしている個人の支出の中には、事業に必要な費用だけではなく、生活に必要な支出も含まれるという点に、法人との大きな違いがあるのです。そのような特徴があるため、所得税の正しい計算においては、まずこの生活に必要な支出(この支出を「家事費」といいます)を正確に除く必要があります。食事代、住居費用、あるいは教育費用といった支出は、本来生活のための費用であり、これらが事業の必要経費に該当しないことは、言うまでもないでしょう。
 問題は、この家事費と必要経費との性質を併有している支出をどうするかということです。例えば、自宅の一部を店舗に改装し商売をしている場合の水道光熱費、住宅ローンの支払利息、あるいは固定資産税といった支出や、ゴルフ代、飲食代といった支出についてです。
 所得税法では、これらの支出を「家事関連費」と定義づけています。家事関連費は、必要経費と家事費の要素が混在しているわけですから、必要経費に該当する部分の経費への算入は、本来可能なはずです。ただ、所得税法は、その取扱いを相当に詳細に規定し、これに適合しない場合には、その算入を認めないこととしています。これをまとめると次のようになります。

必要経費に算入することができる家事関連費の範囲

@ 業務の遂行上必要であり、

A 必要経費と家事費との区分が、客観的に明確に区分できるもの

(なお、業務の遂行上必要な部分の支出金額が特定しえない場合に限っては、その支出する金額のうち、その業務の遂行上必要な部分が50%を超えるかどうかにより判定するものとされています。)

 重要なポイントは、家事関連費は、必要経費と家事費との区分が客観的に明確に区分されていなければ、必要経費への算入は認められないということです。すなわち、家事関連費とされるものについては、もしそのすべてを必要経費として処理した場合には、たとえその中に必要経費に該当する部分があったとしても、それが認められないということになるのです。実際の裁判においても、「家事上の経費のうち業務の遂行上必要な部分として明らかに区分できない費用は、原則として必要経費に算入することができない。」と判示されています。
 このように家事関連費は、当然に必要経費となる支出ではなく、むしろその範囲は相当に狭く、一定の要件を満たす場合に限って必要経費への算入が認められる支出だということになります。したがって、冒頭に記載したように、「所得税においては交際費の制限はない」のではなく、法人税と比較して、むしろその範囲は限られたものであることを認識しておく必要があります。

4 紛争事例の紹介

 所得税の紛争には、必要経費をめぐる争いが数多くあります。今後の参考のため、実際に裁判によって必要経費性が争われた事例を紹介します。

 @ 不動産賃貸用土地の固定資産税等の必要経費への算入が争われた事例
 A ゴルフプレー費やゴルフ場の年会費等の必要経費への算入が争われた事例
 B 所属する諸団体の会費、連盟費、交際費等の必要経費への算入が争われた事例
 C 事業主が受講する研修会費用、学費等の必要経費への算入が争われた事例
 D 従業員が受講する同上費用の必要経費への算入が争われた事例
 E 交通事故等を起こした場合の、損害賠償金等の必要経費への算入が争われた事例

 この他にも、数多くの紛争事例があります。そして、その結果は、「事業性がない」あるいは「家事関連費の区分が明確ではない」といった理由で、事業者の主張が認められなかったケースがほとんどです。これらの事例の詳細を概観すれば、実務における必要経費の考え方がよくわかります。

5 おわりに

 以上の点を踏まえて、ある支出を必要経費に算入する場合の、注意点を挙げます。第一に、事業との関連性を証明する資料を常日頃から揃えておくことが重要です。例えば、交際費等については、領収書等の原始記録は当然のこと、その支出の相手先、事業との関連性をメモするなどの方策が有効でしょう。
 第二に、家事関連費に該当する支出については、家事費と必要経費部分とを確実に区分しておく必要があります。また、その区分についても、例えば建物の使用面積割合による按分、あるいは就業時間による按分といった、できる限り客観的な基準によるものを選択することもポイントとなります。
 最後に、所得税の必要経費の考え方には、ここに紹介した以外にも、まだまだ特別な取扱いがあります。その紹介はまたの機会にさせていただきます。


以上