不動産取引における瑕疵担保責任D−建物の瑕疵責任−

弁護士 井 尻  潔

 不動産取引の中でも建物の取引(売買)に関して、建物の瑕疵が問題となる場合を取り上げてみたいと思います。
 民法第570条に定められている「瑕疵」とは、売買の目的物(本件では建物)が通常有する品質・性能または当事者が表示した特殊な品質・性能を欠いているか否かであるとされる(大審院昭和8年1月14日判決)。また「瑕疵」は物質的なものだけではなく、法律的瑕疵や心理的瑕疵,環境的瑕疵も含むものとされています。また、「瑕疵」は「隠れた」ものでなければならず、買主が当該取引上一般に要求される程度の注意をもってしても発見することができなかったことが「隠れた瑕疵」の要件となります。どのような場合が隠れた瑕疵となるかはケースバイケースで判断しなければならず、これまでの裁判等で認められたケースを参考にしていただければよいかと思います。



 瑕疵といっても具体的には様々なケースがあり、これまで裁判で問題となった建物の瑕疵は、以下に列挙するものがあります。

(1) 売買の目的とされた建物が、いわゆる建ぺい率違反の建築である場合に、瑕疵担保責任に基づき買主の契約解除が認められた事例(東京地裁昭39・12・17判決)。このケースは、法律的瑕疵が認められたケースです。
(2) 建物の売買契約について、都市計画上の対象土地上に存することは「隠れた瑕疵」とはならないとされた事例(大阪地裁昭47・3・28判決)。このケースも法律的瑕疵が問題となったケースです。
(3) 買い受けた旅館の浴室・脱衣所が老朽化していることは、「隠れた瑕疵」とはならないとされた事例(札幌高裁昭53・8・15判決)。これは物理的欠陥のケースです。
(4) マンションのバルコニーが、利用上避難通路としての制約を受けている場合、「隠れた瑕疵」に当たらないとされた事例(広島地裁昭54・3・23判決)。これは法律的瑕疵の主張です。
(5) マンション売買で、専用庭に設置する温室での園芸活動を目的として購入したのに、契約後に南側隣接地に予想外の高い建物が建築され、日照が阻害されたことが「隠れた瑕疵」に当たるとされた事例(大阪地裁昭61・12・12判決)。これは環境的瑕疵の一種と考えられます。
(6) 居住用のマンションを購入したが、そのマンションで6年前に首つり自殺があったことが後で判り、「隠れた瑕疵」に当たるとされ、契約解除まで認めた事例(横浜地裁平元・9・7判決)。これは心理的瑕疵の典型事例です。
(7) 海浜のリゾートマンション購入について、付近にその後別の建築物が建築され、その眺望等が阻害されるに至ったケースで「隠れた瑕疵」を否定した事例(東京地裁平2・6・26判決)。これも一種の環境的瑕疵と考えられます。
(8) 新築後間もない鉄筋コンクリート造マンションの売買について、防水工事の不完全,クラック発生の原因となる外壁の構造上の欠陥がある場合、「隠れた瑕疵」に当たるとされた事例(東京地裁平4・9・16判決)。
(9) 中古マンションを購入したが、同じマンションに新築時から暴力団員一家が居住して他の入居者に様々な迷惑行為を行っていることが判ったケースで、「隠れた瑕疵」と認定した事例(東京地裁平9・7・7判決)。
(10) 土地建物の売買で、建物内で売主の親族が自殺していたことが「隠れた瑕疵」に当たるとした事例(浦和地裁川越支部平9・8・19判決)。
(11) 築8年の中古一戸建てを購入したところ、屋根裏に多数のコウモリが棲息し駆除が必要なケースで、「隠れた瑕疵」に当たるとされた事例(神戸地裁平11・7・30判決)。
(12) 新築マンションの共用部分の外壁が剥落したことが「隠れた瑕疵」に当たるとされた事例(福岡高裁平18・3・9判決)。



 建物の瑕疵について、最近裁判で問題となったケースが2つありますので、解説したいと思います。

(1) 東京地裁平成22年5月27日の判決は、漏水及びホルムアルデヒドを発散する床材を使用していたことが「隠れた瑕疵」となるかどうかが争われたケースです。
事案の概要は、XはY2施工のマンションの一室を販売会社Y1から新築で購入した。本件住戸の居室の床材には、当時のJIS規格のE2相当の建築材料が含まれていた。この床材は、Xがマンションを購入し入居してから4年後にホルムアルデヒド発散材料に当たり、居住の床材に使用することが禁止された。Xは入居後、漏水が生じたためY2は修補工事を行った。Xは修補工事の施工中、目の痛み等の体調不良を感じるようになり、受診したところ「シックハウス症候群に基づく化学物質過敏症」との診断を受けた。そこでXがY1及びY2に対し、ホルムアルデヒドの床材を使用していたことと漏水に対し、「隠れた瑕疵」に当たるとして損害賠償請求をしたものです。判決では、Xの購入当時使用された床材はごく一般的に使用されていたこと、ホルムアルデヒドの測定数値は指針値をわずかに上回る程度であったこと、X以外に同じマンションでホルムアルデヒドによる化学物質過敏症を訴えるものがいない等の理由で「瑕疵」とならないと判断しました。漏水についても原因が明らかでないこと、Xらの身体・財産を侵害したことは認められず、建物としての基本的安全性を損なう「瑕疵」に当たらないとされました。
この事例は、マンション完成後の法改正によって使用が禁止された建築材料が、建築時に使用されていても瑕疵とはならないと判示したものです。
これに関連する事例として、東京地裁平成17年12月5日判決では、マンションの売買契約において、建物の本来備えるべき品質として行政水準の環境物質対策基準に適合していることが含まれるとして、行政水準を超えるホルムアルデヒドの濃度の建物について、売主の瑕疵担保責任を認めています。
(2) もう一つのケースの東京地裁平成23年6月29日判決では、瑕疵担保責任の免責特約がある場合で、建物の瑕疵が認められたが、特約の有効性により買主の損害賠償請求が否定された事例です。
事案の概要は、XがYから土地付中古建物を購入したところ、基礎部分のひび割れ、床部分の傾斜及びたわみ、基礎の一部の欠損があったということで、売主Yに対し損害賠償を求めたものです。
本件では、瑕疵担保責任の免責特約があるため、XはYが上記欠陥を知っていたはずであると主張したが、判決ではX自身も買ってから1年間気付かなかった等の事情で売主も知らなかったと認定してXの請求を否定したケースです。
本件は中古建物の売買であり、中古建物の場合「隠れた瑕疵」が存在するケースが多くあると思えるので、売主としては瑕疵担保責任の免責特約を締結しないと、売主も不測の損害を受けると考えられます。



4 まとめ

 建物の瑕疵は、以上のように様々なケースが認められ、瑕疵担保責任の範囲もかなり広いものと考えられます。新築の建物については、売主は当然瑕疵担保責任を負うべきものと考えられますが、中古建物の場合には売主も知らない瑕疵が存在する可能性もあり、瑕疵担保免責特約条項を有効に利用することも必要となってくると考えられます。
 また、心理的瑕疵や環境的瑕疵については、売主の想定外の主張が買主からなされる場合もありうるので、これらの事例を実務の参考にして頂きたいと考えます。


以上