反社会的勢力に関する説明義務について(判例解説)


弁護士 増 田  勝 洋

 
1.はじめに
   宅地建物取引業者(以下「業者」という。)は、自ら不動産の売買の当事者となる場合や売買契約の媒介を行う場合、宅建業法35条に基づく説明義務を負い、当該説明義務を果たす前提としての調査義務を負うものと解されている。
 では、同条に掲げられている以外の事項について、例えば、売買の目的不動産の近隣に暴力団事務所あるいは暴力団に密接な関係を有する者が使用する事務所が存在する場合、業者は上記説明義務また調査義務を負うであろうか。
 今回は、上記のうち、売買契約の媒介を行った業者を被告とする訴訟の判決(東京地裁判決平成26年4月28日 RETIO.2015.4NO.97 100P)を紹介する。
 なお、上記事案については、同一の売買取引について、売買の当事者となった業者を被告とする別件訴訟も存在するが(東京地裁判決平成25年8月21日 RETIO.2014.7NO.94 80P)、当該訴訟の判決については本メールマガジン平成26年2月号において既に紹介しているので、本稿においては、簡単に触れるにとどめる。

2.事案の概要
 
(1)  平成23年9月7日、買主X(原告)は、宅建業者Y(被告)の媒介により売主Aとの間で、東京都心部の土地(コインパーキング 206.90u、以下「本件土地」という。)を2億円で購入する売買契約(以下「本件契約」という。)を締結し、同年10月28日までに売買代金全額を支払った。
(2)  本件土地の北西側には4m道路を挟んで地下1階地上3階のビル(以下「本件ビル」という。)が存在する。
(3)  同年11月21日、Xは、本件土地上の時間貸駐車場の不適切な使用に関する駐車場管理会社への問い合わせにより、本件ビルが暴力団関係団体の事務所であることを知った。
 Yは、Xよりそのことについて連絡を受け警察署にて確認したところ、本件ビルは暴力団関係団体B社の事務所であるとの回答を得た。
(4)  Yは、本件契約締結あるいは同契約に基づく代金決済時までに、Xに対し、本件ビルに関する説明をしたことはなかった。
(5)  Xは、Yが次の@ないしBの義務の1つでも履行していれば、本件ビルに暴力団関係団体の事務所が存在することが容易に判明し、調査可能であったとして、債務不履行あるいは不法行為に基づく損害賠償金の支払を求めて訴えを提起した。
  @ 調査説明義務

 Yは、本件土地の売主であるAから「本件ビルについては、いろいろと言われているが、単なる興行事務所である」旨告げられたこと等により、本件ビルが問題のある施設である可能性を認識していたのであるから、XとYとの間の媒介契約に基づく善管注意義務の履行として、本件ビルの事務所について警察署を訪れるなどして必要な調査を尽くし、何らかの問題があれば、Xにその内容を説明すべき義務を負っていたが、これを怠り、問題が存在する可能性についてもXに対し何ら説明しなかった。

  A

広告作成に関する調査義務

 Yは本件土地の周辺環境に関して何ら調査を実施せずに、本件土地に関し「静かな住環境」である旨を記載した広告を作成配布し、本件土地の購入を勧誘した。

  B

物件状況等報告書の作成に関する調査義務

 Yは、Aに対し十分な事実関係の確認を行うことなく、自ら作成した物件状況等報告書をXに交付した。

3.判決の要旨
   裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を棄却した。

 
(1)  判決は、まず、本件ビルに関連する事実が売買当事者にとって売買契約を締結するか否かを決定するために重要な事項に該当するか否かにつき、「宅建業法35条は『少なくとも次に掲げる事項について』としており、宅地建物取引業者が調査説明すべき事項を限定列挙したものとは解されないから、宅地建物取引業者が、ある事実が売買当事者にとって売買契約を締結するか否かを決定するために重要な事項であることを認識し、かつ当該事実の有無を知った場合には、信義則上、その事実の有無について調査説明義務を負う場合があると解される。」としたうえ、本件ビルの1階玄関の集合郵便受けに表示のある「B」は指定暴力団である××会との間で「一家」や「傘下」と表現される関係を有する団体であることなどから、Bの事務所は、嫌忌施設としてその存在が不動産の価値を減損させる暴力団事務所に類するものとして、宅建業者がその存在を認識していた場合には説明義務の対象となり、また、その存在をうかがわせる事情を認識していた場合には、一定の調査義務の対象となる重要事項に該当するとする。

(2)  しかし、YがXに対し、本件ビルの使用状況について調査説明しなかったこと等を理由として損害賠償義務を負うかの点については、以下の理由により否定した。

  @ 調査説明義務

 本件ビルの1階の集合郵便受けには「B」の表示がされており、同ビルには少なくとも2台の監視カメラが設置されているが、(@)Aが本件土地を取得した時点における担保不動産競売手続において、本件ビルが暴力団関係団体の事務所として使用されている可能性について追加調査を行った執行官が、本件ビルについて外観上特別な建物と思われるものは見あたらなかったとの意見を述べていること、(A)Y従業員は、本件土地の引渡しまでに複数回本件土地周辺に赴いて測量や境界立会の作業等をしているが、その際、本件ビルが暴力団関係団体の事務所との存在をうかがわせる事項はなかったこと、(B)Xの本社は本件土地と同じ赤坂に存在するが、境界立会のために本件土地に赴いたX従業員を含め、本件ビルに暴力団関係団体の事務所が存在すると認識していた者はいなかったこと等に照らし、Y従業員が本件ビルに暴力団関係団体の事務所が存在するとの事実を認識していたと認めるに足りる証拠はないと認定した。
 また、XがYに対し、周辺物件の所有者や使用者について、反社会的勢力であるか否かの調査を行うよう要望したとの事実はうかがえないのであり、そうであればYが本件土地の周辺土地の所有者の名称等を認識していたとしても、個々の所有者や使用者の属性について調査すべき義務があったとまでは解することができない。
 なお、A代表者は、Xから損害賠償等を請求された別件訴訟において、平成23年7月7日にY担当者と本件土地について話した際、本件土地の近隣にいろいろ問題になっているビルがあるが、元警察官により調査した結果、単なる興行事務所であると説明した旨の供述をしているが、その会話は、媒介契約締結前に何らの資料に基づかず行われたものであること、その説明から暴力団関係団体の存在を認識するのは困難であることからすると、仮にA代表者の供述どおりの説明が行われていたとしても、これによりY担当者が本件土地の周辺に暴力団関係団体の事務所が存在すると認識していたとは認められない。
などとして、Yに調査説明義務違反はないとした。

  A

広告作成に関する調査義務

 本件土地の駐車場管理会社は、駐車場の通路部分に、複数回、本件ビル関係者によると思われる違法駐車が行われたと認識しているが、これをAや警察等に連絡したことはなく、他に本件ビル関係者と近隣とのトラブル等が存在したとの事実はうかがわれないことに照らすと、本件ビルに暴力団関係団体の事務所が存在することにより、本件土地の周辺環境を、「静かな住環境」などと表現することが事実と異なる表示をしたことにはならないというべきであるとした。


  B

物件状況等報告書の作成に関する調査義務

 物件状況等報告書についても、Aが宅地建物取引業者であること、本件報告書作成当時、本件土地周辺に暴力団関係団体の事務所等の嫌忌施設が存在することをうかがわせる事情が存在しなかったことからすれば、本件報告書の作成に関し、Yに注意義務違反があったとは認められないとした。

(3)  このように、本件契約の媒介をした業者Yに対する調査説明義務違反は認められなかったが、他方、本件に先立ち提起された、売主であるA社を被告とする別件訴訟(上記東京地判 平成25年8月21日)においては、Aに売主(宅建業者)の信義則上の説明義務違反があるとしてXからの損害賠償請求の一部が認容されている。
 その差異がどこにあるかを考えるに、事実認定の問題として、Aは本件土地を競売手続において買い受けているところ、同競売手続における本件土地の当初の最高価買受申出人から「近隣のビルが指定暴力団の事務所として使用されていること」を理由に売却不許可の申出がされたため、本件土地周辺に関し追加の現況調査が行われ、これを踏まえた結果、評価額(売却基準価額)は1億5642万円から1億3407万円に下方修正され、その後、Aが買い取るという事情があった。
 そして、同競売手続における補充評価書には、近隣のビルが指定暴力団の事務所として使用されているかどうかについて、「追加された現況調査報告書及び警視庁への調査嘱託の結果等からは必ずしも明らかではない」としながら、競売市場の減価率を30%から40%に修正する旨記載され、また、同補充評価書によれば、評価人が警視庁に対し、@当該近隣のビルが指定暴力団の組事務所であるか、Aその組織・団体名、B過去10年以内の抗争事件の有無等について調査嘱託をしたところ、警視庁の回答は「暴力団情報の提供する要件に該当しないため、回答しかねます。」とされており、Aはその事情を知り、自ら競売に先立ちAの顧問に依頼して同事務所が暴力団の事務所であるか否かを調査し、その調査の結果、同事務所が「△△会系の興行事務所」であるとの認識を有していたというのであって、そのような事実の有無から、本件取引においては売主である業者のみが説明義務違反を問われたと考えられる。

4. まとめ

   しかし、本件において、例えば、Y従業員がA従業員から上記のような事情をあらかじめ聞いていたにもかかわらず、Xに説明していなかったような場合には、取引の媒介を行った業者Yが調査説明義務違反に問われる可能性は十分存するのであり、本件土地のような周辺事情の問題が、場合によっては「隠れたる瑕疵」(民法570条)にあたるとして売買代金額の一部の支払義務を負う場合もありうる(東京地判 平成24年3月28日参照)。
 宅建業者としては、自ら不動産の売買の当事者となる場合と売買契約の媒介を行う場合を問わず、目的物件の環境や周辺事情についても、慎重かつ綿密な事実調査及び当事者に対する説明が求められるところである。
以 上

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成27年7月号執筆分