「心理的瑕疵と告知義務」


弁護士 岩本 洋

 
1.自殺についての説明義務等
   今回のメールマガジンでは、自殺があった不動産について、賃貸あるいは売買するにあたっての告知義務について最近の判例を御紹介しながら解説させていただきます。また賃貸マンションにおいて自殺があった場合の対応についても解説させていただきます。
 ご承知のとおり、過去に自殺や殺人事件があった物件について、判例は、家屋の売買、賃貸においては家屋として通常有すべき「住み心地の良さ」を欠くものとして、瑕疵にあたりうると考えています。
 そうすると、媒介業者においても説明義務を負い、これを説明しなかったときには賠償責任を負うのではないか、ということが問題となってきます。
 さらには、自殺により瑕疵ある物件となるのであれば、自殺をしたことについて所有者乃至賃貸人が責任追及をすることも考えられるところです。


2.自殺の事実についての告知義務

 
高松高裁平成26年6月19日判決(RETIO 98、126 頁/判例時報2236 号10頁)の事案

 事案の内容:更地土地について売主Yと買主Xとが平成20年12月1日に契約し、平成21年1月30日決済がなされましたが、約20年前の昭和61年1月、当時土地上に建っていた建物の所有者Aの内縁の妻が息子に殺害され、遺体がバラバラにされて山中に埋められる事件が起きていました。その後昭和63年3月にはAの娘が建物の2階ベランダで首つり自殺をしたことが判明しました。建物は平成元年に取り壊されています。
 Xは決済後に事件、自殺のことを知り、Yは契約当時は知らなかったものの、決済前日にはその認識があったという事案です。Xは、Yに対し、説明義務違反による不法行為に基づき損害賠償を請求しました。


 判決は、本件建物内の自殺等から四半世紀近くが経過し、自殺のあった建物も自殺から約1年後に取り壊され、売買のときには更地であったものの、「マイホーム建築目的で土地の取得を希望する者が、本件建物内での自殺の事実が近隣住民の記憶に残っている状況下において、他の物件があるにもかかわらず敢えて本件土地を選択して取得を希望することは考えにくい以上、Yが本件土地上で過去に自殺があったとの事実を認識していた場合には、これをXらに説明する義務を負うものというべきである。」と判断しました。

 コメント
 一般的には、自殺等の事情は一定の時の経過により希釈されるものと解されています。20年も前で、その建物も取り壊されている場合には、一般論としては嫌悪感は希釈され、瑕疵にあたらないと考えられますが、本件では20年前の自殺であったとしても、それに関連する事件により近隣住民の記憶に深く残っていたため、嫌悪感は希釈されておらず、瑕疵にあたると判断されています。世間の耳目を引いた事件などについては、注意が必要です。
 さらに判決は「本件土地が活発に売買の対象となっており、売買価格に事件の影響が窺えなかったとしても左右されない。」と判示しています。経済的価値の毀損が無かったとしても、業法47条の重要事実にはあたると考える必要があります。
 本件で一番特殊なのは契約時点ではYも知らなかったが、決済直前に知っていたという点です。
 この点、判決は、「本件土地上での自殺は本件契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす事実であると共に、締結してしまった契約につき、その効力を解除等によって争うか否かの判断に重要な影響を及ぼす事実でもあるといえる」としたうえで、「宅建業者としては、契約締結後であっても、このような重要な事実を認識するに至った以上、代金決済や引渡手続が完了してしまう前に、これを売買当事者である買主に説明すべき義務があったといえる」と判示しました。判決はここで宅建業法47条1項1号二を引用しています。宅建業法47条は「宅地若しくは建物の売買、交換若しくは賃借の契約の締結について勧誘をするに際し、又はその契約の申込みの撤回若しくは解除若しくは宅地建物取引業に関する取引により生じた債権の行使を妨げるため、次のいずれかに該当する事項について、故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為」を禁止しています。
 説明を怠ったYは、Xに対して賠償責任を負うことになります。ただ、その責任の範囲は、「説明義務が履行されていれば代金決済や引渡手続を了しない状態で、本件売買契約の効力に関し、売主側と交渉等をすることが可能であったのに、説明義務が履行されなかったがゆえにこれをすることができず、その結果代金決済や引渡手続を了してしまった状態で売主側との交渉等をせざるを得なかった損害であり、具体的にはこのような状態に置かざるを得なかったっことに対する慰謝料である」としています。
 仲介業者としては契約時点で知らなかったとしても、決済までに重説で説明すべき事柄を知ったときにはやはり説明をしておく必要があります。


大阪高裁平成26年9月18日判決(RETIO 98、136 頁/判例時報2245 号22頁)の事案

事案の内容:Yが競売物件を落札しましたが、その直後に債務者の家族が当該競売物件内で自殺をしました。Yは落札後室内を内覧した時点でこれを認識したものの、1年数か月後、Xに対し何ら自殺のことを告げずに賃貸をしました。入居後まもなくXが自殺を知るにいたり、賃貸借契約の解約を申し入れ、損害賠償請求をしたという事案です。

判決は、「一般に、建物の賃貸借契約において、当該建物内で1年数か月前に居住者が自殺したとの事実があることは、当該建物を賃借してそこに居住することを実際上困難なら占める可能性が高いものである。」として、本件Yには信義則上この事実をXに告知すべき義務があるとしました。そして、「Yが告知をせず、そのためXはこの事実を知らずに本件の契約をし、賃貸借保証料、礼金、賃料等を支払い、引っ越しをして入居している。このことは故意によってXの権利又は法律上保護される利益を侵害したものとして、不法行為を構成する」旨判示しました。Yは、解除後Xが直ちに退去しなかった間の賃料相当分についてXが不当利得をしているという主張もしましたが、Yが説明しなかったことに起因するものであるから権利濫用だとして退けました。

本件でYは自殺があったことを知らなかったと主張していましたが、自殺があった時点でYは家主でした。このような場合に家主であるYが自殺があったことを知らないはずはありません。裁判ではこのような弁解は通用しません。皆さんは地域に根付いてアンテナを張って業務をしておられると思いますので、情報は入ってくると思います。だから、情報が入った以上はきちんと説明をして下さい。瑕疵にあたる、あたらないは別問題です。自己判断は危険です。説明をすることが、売主、賃貸人に対する守秘義務違反とも考えられますが、重要事実の不告知は業法違反ですから、守秘義務は解除されると考えます。ただ、実際上は、トラブルを招かないように、売主、賃貸人に対し、説明をすることについて同意を得ておくことが無難です。そして同意が得られないのなら、仲介をしないのが無難です。無理に取引をすると後で媒介報酬以上の賠償をしなければならないリスクがあります。

3.自殺について賃借人、保証人の責任(東京地裁平成26年8月5日判決(RETIO
   98、138 頁/ウエストロージャパン(2014WLJPCA08058002)の事案)

 
 事案の内容:賃貸人Xは、平成23年3月16日、アパートの一室である本件建物について、賃借人Y1との間で、賃料を月額7万4000円とする内容の賃貸借契約を締結し、同室を引き渡しました。また、Xは、Y1から委託を受けた賃料保証会社Y2との間で、Y1の賃料債務等に関して連帯保証する旨の契約も締結しました。保証契約において、保証人の対象は、被告Y1が負担する債務のうち賃料等の未払い金の支払いを対象とすること、Y1の責めに帰すべき事由により生じた本件居室の滅失または毀損にかかる損害賠償金は補償の対象外とされていました。
 ところが同年4月19日、Y1の妻が本件居室内において自殺し、Y1は本件賃貸借契約を解除しました。
 Xは、Y1に対して居住者が居室内で自殺しないよう配慮する善管注意義務に違反したことによる損害賠償を求め、Y2に対して保証債務の履行を求めました。
 なお、Xは、平成23年7月に第三者に賃料4万3000円で賃貸しています。

 判決は、まず賃借人の責任について、建物内で賃借人又はその他の居住者が自殺すると、新たな賃借希望者嫌悪感等を抱く以上、一定期間新たな賃借人が現れないと考えられるし、仮に賃借人が現れても低額な賃料でしか賃貸できないことが推測できるとして、「賃借人は、賃貸借契約の義務として、少なくとも賃借人においてその生活状況を容易に認識し得る居住者が建物内で自殺をするような事態を生じないように配慮しなければならない」と判断し、妻の自殺についてY1の善管注意義務違反を認めました。
 そのうえで、保証人の責任については、本件保証契約がY1の責めに帰すべき事由により生じた本件居室の毀損等に係る損害賠償金を保証の対象外としていることを前提に、「本件事故によってXに生じた損害は、本件賃貸借に基づくY1の賃料等債務とは異なり、Y1の責めに帰すべき事由によって生じた本件居室の心理的な毀損に係るものというべきであるから、Y2が保証すべき本件保証契約の対象ではない。」として、Y2の保証責任を否定しました。
 また判決は、本件事故の告知の結果、通常1年間は賃貸不能であり、その後の賃貸借契約について一般的な契約期間である2年間は相当賃料額の2分の1の額を賃料として設定するのが相当とし、これを基に損害を算定するのを相当と判断しました。

 コメント
 賃貸物件について自殺があった場合の損害のとらえ方として、本件は、通常1年間は賃貸不能であり、その後の賃貸借契約について一般的な契約期間である2年間は相当賃料額の2分の1の額を賃料として設定するのが相当としました。他のケースでも同様に、自殺事故から1年間は賃貸不能であり、その後の2年間は従前賃料額の2分の1の額、その後は従前の賃料額で賃貸が可能とする判決があります(東京地裁平成19年8月10日判決)。
 具体的にどのような損害を被ったかは、自殺等の事情が皆の記憶から薄れていったといえるか否かによるので、賃貸物件の立地、入居者の構成等により具体的に検討すべきこととなります。本件では、単身者向けの物件であることから、賃貸物件としての流動性が比較的高く、上記嫌悪感ないし嫌忌感の希釈は比較的早く進行すると判断されました。
 なお、本件判決は、「実際には事故後の3か月後に新賃借人が入居しているが、事故直後に入居することは消極的となることが一般的というべきであるから、Xの逸失利益の額の算定にあたり、新たな賃借人の入居の事実を斟酌することは適当でない。」としている点が参考になります。
 さらに、Xは本件居室の隣室及び階下の居室の賃料について減額をしなければならないとの損害が生じたとも主張していましたが、「賃借人であるY1は、本件居室の使用収益にあたって善管注意義務を負うに過ぎず、当然に他の居室の賃料額の減額について責任を負うことにならない。またXが本件居室以外の居室を新たに賃貸する場合、宅地建物取引業者において、賃借希望使者に対して本件事故のあったことを告知する義務があるとはいえないから・・・」と判示しています。ひとつのマンションの中の賃貸対象物件以外の居室で自殺があったときに告知義務の範囲の参考になります。もっとも、あくまで傍論で述べているにとどまるので具体的状況によってさらに検討が必要です。


以 上

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成27年10月号執筆分