売買物件の付帯設備に関する調査義務について



弁護士  岩本 洋

1.売買物件の付帯設備に関する調査義務等

 今回のメールマガジンでは、売買物件の付帯設備の状況についての調査、説明義務について最近の判例を御紹介しながら解説させていただきます。
 宅地建物取引業法35 条において定められている、説明を要する重要事項として、「飲用水、電気及びガスの供給並びに排水のための施設の整備の状況」があります。
 これら事項は、その状況如何によっては、買主が契約の目的を達することができない場合があるため、重説事項とされています。この趣旨からすると、重説事項ではない付帯設備についても、媒介業者は、買主が契約の目的を果たすことができるように、説明すべきことになります。もし、説明をすべきなのにこれをしなかった場合、媒介契約上の調査・説明義務違反を問われることになります。
 かといって、建物設備に関する調査では、自らそれらの性能を調査できる媒介業者は少ないと思われます。そうすると、媒介業者はどの程度の調査、説明をすれば責任を果たしたといえるのかが問題となってきます。

2. 非常用電源設備の整備不良についての調査、説明義務

<東京地裁平成26 年7 月25 日判決(RETIO 98、122 頁)の事案>

 事案の内容:買主Xは、不動産業者Y2の媒介により、売主Y1との間で、収益ビル及びその敷地を対象とする信託受益権の売買契約を締結しました(売買代金は10 億円、うち建物代金相当額は約2 億円)。売買契約において、Y1がXに対して何らの表明及び保証を行うものではないこと、本件不動産の経年による劣化並びに諸設備の性能低下についてもその責めを負わないこと、Xは本件不動産の諸設備に経年劣化が生じており、補修、交換が必要となることを承諾し、後日その点について損害賠償等の異議を述べないことが定められており、これらのことを斟酌のうえで売買代金が決定されたことが窺われる事案です。Xは、受益権取得後、信託契約を解除して所有権を取得し、改めて設備について調査を行い、約1170 万円を掛けて非常用電源設備(本件設備)を交換しました。
 そこで、Xは本件設備の交換を余儀なくされたとして、売主に対しては瑕疵担保責任又は説明義務違反を理由に、媒介業者に対しては調査説明義務違反を理由に上記交換費用相当額の損害賠償を求める訴訟を提起しました。
 本件設備に関しては、売買契約締結前1年半以内に実施された消防設備等点検の結果では、いずれも異常は指摘されていませんでしたが、オイル、蓄電池等に関し交換を推奨するコメントはありました。また、電気管理技術者による点検でも、本件設備の起動に関する問題は指摘されていませんでしたが、巡回点検月報上は液位低下の改善を求める旨の記載はありました。契約締結時、Y1は巡回点検月報は未入手であり、Xは契約締結に先立ち、巡回点検月報以外の資料は入手していました。

 判決は、「本件設備は昭和58 年製の相当古いものであることからすると、経年劣化が生じており、メンテナンスが必要な状態にあることが通常であり、・・・本件設備に通常の使用に伴う経年劣化やメンテナンスが必要な状態があることをもって直ちに瑕疵があるというのは相当ではなく、非常用電源設備として起動しない、または近い時期に故障が想定されるなど、経年劣化にとどまらない程度にその機能や性能が不全な状態であるような場合に瑕疵があると認めるのが相当である。・・・本件設備がそのような状態にあったとは認められず、瑕疵があったとまではいえない。」としました。また売主Y1の説明義務についても、「Y1は本件設備に経年劣化が生じており、今後も補修、交換が必要となる可能性を指摘していることからすると、Xが指摘する本件設備の問題点との関係では、必要な説明を行っており、説明義務違反はないと認めるのが相当である。」としました。
 次に媒介業者Y2の調査説明義務については、「Y2は、消防設備等の専門家でないことに照らすと、本件設備の状態に具体的な問題点があることを知りながら、敢えてこれを秘匿して告知をしなかったというような特段の事情がある場合は別として、そうでない限りは、Y2としては、入手した専門家(消防設備士や電気管理技術者)の点検結果や試験結果を踏まえ、その内容に従った告知を買主であるXに対して行えば、媒介者としての説明責任を尽くしたものと解するのが相当である。」としました。そのうえで、Y2が専門家の点検結果を入手し、これをもとに物件概要説明書等の記載をしたこと、Xは本件不動産の諸設備に経年劣化が生じており、補修、交換が必要となることを承諾し、後日その点について損害賠償等の異議を述べないことが定められていることからすれば、Y2はXに対して、媒介者として必要な調査義務及び説明義務を尽くしていると認めるのが相当である。」としました。

 コメント
 媒介業者は、通常の注意を尽くせば認識できる範囲で、物件の瑕疵の有無を調査して買主に説明すべき仲介契約上の義務を負います。設備に関する説明も同様です。
 ただし、仲介業者の責任は、通常の注意を尽くせば認識できる範囲にとどまります

(渡辺晋・改訂版不動産取引における瑕疵担保責任と説明義務・大成出版社・572頁)。
 そして通常の注意を尽くしたか否かの判断基準として、媒介業者は通常、設備に対する専門的知見を有していないことから、原則として、専門家の点検結果や試験結果を入手して、これにしたがった説明を行えば、媒介者としての説明責任を尽くしたものと解するのが相当とする判旨は正当であると思料します。

3. 電気設備、消防設備の定期点検報告書の調査、説明義務

<東京地裁平成27 年6 月23 日判決(RETIO 101、108 頁)の事案>

 事案の内容:代金6 億7000 万円の商業ビルの売買契約において、売主Aは、「付帯設備表」の作成交付を行わず、「引渡時の状態のまま引き渡すものとし、各設備につき一切の修復義務を負わないもの」と明記した特約条項が設けられました。
 買主Yが買主側仲介業者Xに対し仲介手数料の一部しか支払わなかったため、Xがその支払いを求め訴訟提起をしました。これに対し、Yは、本件建物の電気設備及び消防設備には補修を要する瑕疵があり、仲介業者には点検報告書等を確認することにより容易に瑕疵の存在を調査し、これを買主に説明できたにも拘わらずこれを怠った債務不履行があるなどと主張し、支払いを拒みました。Yは電気設備の補修に約280 万円、消防設備の補修に約35 万円を要する旨主張しました。

 判決は、「宅建業者が調査した上で説明すべき程度及び内容は、個々の取引における動機、目的、媒介の委託目的、説明を受ける者の職業、取引の知識、経験の有無・程度といった属性等を勘案して、買主等が当該契約を締結するか否かについて的確に判断、意思決定することのできるものであることを要すると解すべきである。」とした上で、個別の調査・説明義務の有無について、「本件建物はテナントが多数入居する商業ビルであるから、電気設備については、設置されているか否かは当然として、この電気設備が通常の使用に耐えうるものであるか否か、直ちに修繕を要する事項があるか否かについても、基本的には調査・説明義務の対象とすべきと考えられる。また、消防設備についても、本件建物が特定防災対象建築物に該当することからすれば、消防設備が設置してあることはもちろん、これが維持されていることについては基本的には調査・説明義務の対象となると考えられる。」との原則論を判示しました。
 そのうえで、「ただし、本件売買契約においては、特約条項において、付帯設備について設備表の作成・交付を行わず、引渡時の状態のまま引き渡すものとされ、各設備について売主が一切の修復義務を負わないとされている点に鑑みれば、当事者はかかるリスクを考慮の上価格を決定したものと考えられるから、価格決定に影響を及ぼすような修繕事項がある等の場合は別として、通常のメンテナンスの範囲内の修繕・交換等を要する事項がある程度の事項についてまで、調査・説明義務を負うものではないと考えられる。」としました。さらに、本件売買契約が売主、買主双方に媒介業者がついていた事案であり、買主側には複数の媒介業者がついていたことを考慮して「(原告となった買主側)媒介業者としての調査・説明義務として、電気設備及び消防設備については、基本的には売主側媒介業者から得た情報を基礎として説明すればよいものであり、これに加えて宅建業者としての通常の注意を払えば知り得る情報や、特に買主から依頼があり、これを受諾した事項についても、調査能力の範囲内であって、過大な費用乃至労力の負担なく調査できる範囲において、調査・説明を行えば足りると解するのが相当である」としました。そして、「電気設備については重要事項説明として設備が存することを説明し、消防設備については本件建物が特定防災対象建築物に該当すること等を説明しており、最低限必要な説明については果たしている」と認定しました。
 そして、買主からは売買契約締結時点で定期点検報告書の引き渡しを求められていなかったこと、媒介業者は決済完了後、買主からの求めに応じて、取得可能なものについては遅滞なく取得したうえで買主に引き渡したことから、「本件売買契約において、原告には、電気設備及び消防設備の点検報告書に関し、その負うべき義務の不履行はもちろん、履行の遅滞もなかったと認められる。」と判断しました。
※特定防災対象建築物:消防法17条の3の3の規定に基づき、消防設備の定期点検(半年ごとの機器点検・1年ごとの定期点検)の結果を消防長または消防署長に報告する義務がある。

 コメント
 本件事案については、「特に依頼のない限り、媒介業者に電気設備及び消防設備の定期点検報告書の調査・説明義務まではないとされた事例」と評されていますが(上記RETIO 101、108 頁)、あくまでも事案ごとの判断であり、これをすぐさま、「特に依頼のない限り、媒介業者には電気設備及び消防設備の定期点検報告書の調査・説明義務まではない」などと一般化してはならないと思料します。
 本件においては、買主が電気設備及び消防設備の点検報告書の取得は本件売買契約を締結するか否か自体に影響を及ぼす極めて重要な事項である旨主張しているところ、かかる前提を認定しなかった事案であり、定期点検報告書の調査・説明義務がないことについて詳細に検討したものではないと考えられます。買主としてはメンテナンスを要することは承認していたのだから、損害がない、ということが買主の主張を認めなかった一番の理由であると考えられます。その意味では特殊事案における個別の判断であると思料します。
 判決がいうように特定防災対象建築物であることの説明をしているのであれば、点検報告義務があることを説明しているに他ならないのですから、これまでに点検報告書が作成されていることは宅建業者として当然知りうべき事柄であるといえます。とすれば、買主が当然正常に稼働しているか否かについて関心を持つはずの設備について、点検報告義務があることを媒介業者は知っているのですから、当該点検報告書の有無を調査し、その内容を説明すべきであると思料します。

4. まとめ

 専門家の点検、調査内容に従って説明をすればよいものの、かかる点検調査記録の存在について業者として知りうべき場合には、その有無については調査をすべきです。媒介業者としては、紛争防止の観点から、買主に対し、事前にエンジニアリングレポートをとるように勧めたり、売主から建物、設備に関する定期点検報告書等の写しを受領し、買主に交付、確認して貰うなどの対応をしておく必要があります。

以上 

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成28年10月号執筆分