ア 事案の概要
売主は買主に対して土地及び建物を売却しましたが、売買契約前に、買主が「本件不動産において、事件・事故等はなかったか」と売主に質問したところ、売主は「何もない」と答えていましたが、売買の決済後、実は、約8年前に本件不動産上で売主の親族が強盗殺人事件の被害者となる殺人事件があったことが判明しました。
そこで、買主は売主に対して、本件売買金額と本件事件を前提とした本件不動産の市場価額との差額として2500万円、慰謝料として500万円、弁護士費用として300万円の合計3300万円の損害賠償を請求した事件です。
イ 裁判所の判断
(1)告知義務違反について
売買対象の不動産について強盗殺人事件が発生しているか否かという情報は、社会通念上、売買価額に相当の影響を与え、ひいては売買契約の成否・内容を左右するものであり、売主は本件事件の被害者の子であるから、本件売買契約当時、本件事件の存在を十分承知していたと認められ、本件事件を告知すべき義務を負っていたと判断しました。
そして、本件において、告知義務の存在を否定すべき事情は認められず、売主が本件事件を告知しなかったことは買主に対する不法行為に該当するとしました。
また、本裁判において、売主は事件や事故により不動産の価格が安くなることを知らなかったと主張していましたが、事件や事故によって売買価格に相当の影響を与えるであろうことは社会の一般通常人にとって容易に分かることであり、仮に知らなかったとしても、通常人を基準として過失があったといわざるを得ず、売主は不法行為責任を免れることはできないとしました。
(2)損害について
原告(買主)提出の不動産価格査定報告書を前提として本件不動産の価格を3294万円と査定して、この査定価格を上回る4000万円で売却される可能性もあると認められることから、市場価額との差額損害は本件売買代金額5575万円と4000万円との差額1575万円であると判断しました。
なお、原告(買主)は見込んでいた2500万円の転売益も主張しましたが、転売益は確実性に乏しいという理由で否定されました。また、市場価額との差額が填補されれば一定の慰謝がされるのが通常であるからということで慰謝料請求は否定されました。
弁護士費用としては160万円を認めました。結局、原告(買主)の3300万円の請求に対して、1735万円の限度で認容しました。この神戸地方裁判所の判決については控訴がなされず確定しました。
ウ コメント
この神戸地方裁判所の裁判では、被告(売主)側は、代理人弁護士が就かず、本人が訴訟を追行しました。したがって、被告(売主)において、十分な反論や反証の提出がなされたとは思われません。
また、原告(買主)が裁判で提出した不動産業者の不動産価格査定書だけで、本件不動産の価格を3294万円と査定し、本件不動産を売却する場合にはこの査定価格を上回る4000万円で売却される可能性があると認定していますが、この点も適正な判断であったといえるかは疑問です。
そういう意味で、この神戸地裁の判例は、告知義務違反の判例としては検討が不十分であり、特殊な判例ととらえるべきでしょう。