不動産の売買契約時の告知義務について(判例解説)
 

弁護士 澤  登

1.はじめに

 本稿では、不動産売買契約時の告知義務及び心理的欠陥についての2つの判例を紹介します。
 一つは、売買不動産について事件事故等の有無についての買主の質問に対し、約7年前の強盗殺人事件を告知しなかった売主に不法行為責任を認めた神戸地方裁判所の裁判例です。もう一つは、転売を目的とする住宅地の売買において、売買の約8年前に取り壊した建物内で殺人事件があったことが心理的瑕疵(欠陥)にあたり、買主は売主に対し、売買代金額の5パーセントに相当する損害賠償を請求することができるとした大阪高等裁判所の裁判例です。
 いずれも同じような案件ですが、神戸地方裁判所の判例は被告(売主)には代理人弁護士がついていない本人訴訟であり、被告側(売主側)の反論や立証が十分でないことから、ここで同じような案件の大阪高等裁判所の判例を紹介するものです。

約7年前の強盗殺人事件を告知しなかったことから売主に不法行為責任を認め
た判例について
  神戸地方裁判所平成28年7月29日判決(RETIO 2017/ウエストロー・ジャパン(2016WLJPCA07296005)の事案)

ア 事案の概要

 売主は買主に対して土地及び建物を売却しましたが、売買契約前に、買主が「本件不動産において、事件・事故等はなかったか」と売主に質問したところ、売主は「何もない」と答えていましたが、売買の決済後、実は、約8年前に本件不動産上で売主の親族が強盗殺人事件の被害者となる殺人事件があったことが判明しました。
 そこで、買主は売主に対して、本件売買金額と本件事件を前提とした本件不動産の市場価額との差額として2500万円、慰謝料として500万円、弁護士費用として300万円の合計3300万円の損害賠償を請求した事件です。

イ 裁判所の判断

(1)告知義務違反について
 売買対象の不動産について強盗殺人事件が発生しているか否かという情報は、社会通念上、売買価額に相当の影響を与え、ひいては売買契約の成否・内容を左右するものであり、売主は本件事件の被害者の子であるから、本件売買契約当時、本件事件の存在を十分承知していたと認められ、本件事件を告知すべき義務を負っていたと判断しました。
 そして、本件において、告知義務の存在を否定すべき事情は認められず、売主が本件事件を告知しなかったことは買主に対する不法行為に該当するとしました。
 また、本裁判において、売主は事件や事故により不動産の価格が安くなることを知らなかったと主張していましたが、事件や事故によって売買価格に相当の影響を与えるであろうことは社会の一般通常人にとって容易に分かることであり、仮に知らなかったとしても、通常人を基準として過失があったといわざるを得ず、売主は不法行為責任を免れることはできないとしました。

(2)損害について
 原告(買主)提出の不動産価格査定報告書を前提として本件不動産の価格を3294万円と査定して、この査定価格を上回る4000万円で売却される可能性もあると認められることから、市場価額との差額損害は本件売買代金額5575万円と4000万円との差額1575万円であると判断しました。
 なお、原告(買主)は見込んでいた2500万円の転売益も主張しましたが、転売益は確実性に乏しいという理由で否定されました。また、市場価額との差額が填補されれば一定の慰謝がされるのが通常であるからということで慰謝料請求は否定されました。
 弁護士費用としては160万円を認めました。結局、原告(買主)の3300万円の請求に対して、1735万円の限度で認容しました。この神戸地方裁判所の判決については控訴がなされず確定しました。

ウ コメント


 この神戸地方裁判所の裁判では、被告(売主)側は、代理人弁護士が就かず、本人が訴訟を追行しました。したがって、被告(売主)において、十分な反論や反証の提出がなされたとは思われません。
 また、原告(買主)が裁判で提出した不動産業者の不動産価格査定書だけで、本件不動産の価格を3294万円と査定し、本件不動産を売却する場合にはこの査定価格を上回る4000万円で売却される可能性があると認定していますが、この点も適正な判断であったといえるかは疑問です。
 そういう意味で、この神戸地裁の判例は、告知義務違反の判例としては検討が不十分であり、特殊な判例ととらえるべきでしょう。


土地の売買について、土地上にかって存在した建物内で殺人事件があったことが、「隠れた心理的瑕疵」にあたるとされた判例について
  大阪高等裁判所平成18年12月19日判決(ウエストロー・ジャパン(2006WLJPCA12197001)の事案)
(原審は、大阪地方裁判所平成18年8月25日判決。大阪地裁平成18年(ワ)第1632号)

ア 事案の概要

 本件は、被告(売主)から地続きの2筆の土地を買い受けた原告(買主)が、そのうちの1筆の土地上に以前存在していた建物で殺人事件があったことを後で知ったことから、本件土地上には隠れた瑕疵があると主張して被告(売主)に対し、損害賠償を請求した事件です。
 被告は、殺人事件から8年半もの長年月を経ていること、本件建物は売買前に撤去されていることなどから、本件土地に瑕疵があるとはいえないと反論しました。原審(大阪地方裁判所)は、本件土地は一体として瑕疵を帯びるとしたうえで、売買代金額の5パーセント相当額を損害と認めました。
 原告及び被告のいずれもが自己の敗訴部分を不服として控訴を提起した事件です。

イ 大阪高等裁判所の判断

 売買の目的たる土地上に存在していた建物内で女性が胸を刺されて殺害された事件があり、そのことが近くの住民の記憶に残っている等の事情があるときは、同土地には「隠れた瑕疵」があるというべく、買主は売主に対し、売買代金額の5パーセントに相当する損害賠償を請求することができると判断しました。

(1)心理的瑕疵の存否について
 過去存在した建物で起きた殺人事件につき、約8年以上前に発生したものとはいえ、周辺住民に事件の記憶が少なからず残っていると推測される売買不動産には、居住に適さないと感じることに合理性があると認められる程度の嫌悪すべき心理的欠陥の存在が認めれるとして「心理的瑕疵」の存在を認めました。

(2)損害額の判断
 事件は、8年以上前に発生したもので、事件があった建物は既に取り壊されており、売買時点において心理的欠陥は相当程度風化していたことから、損害額は売買代金の5パーセントが相当であると判断しました。

ウ コメント

 殺人事件があった建物は取り壊されているものの、事件は女性が胸を刺されて殺害されるという残虐性が大きく、殺人事件があったことも新聞に報道され、約8年以上前に発生したものとはいえ、付近の住民の記憶に少なからず残っており、購入を見送った者がいるなど、嫌悪すべき心理的瑕疵がなお存在するとして「隠れた瑕疵」があると判示されました。
 しかしながら、約8年以上前に発生したものであり、建物は既に取り壊されていることなどから、嫌悪すべき心理的欠陥は相当程度風化しているとして、売買代金額の5パーセント相当額を損害と認めました。
 また、類似の裁判例でよくみられるのは自殺のケースですが、本件は、殺人事件が問題となった事例で、売買の目的物たる土地の上にかって存在していた建物内の出来事であったことが本件の特徴です。このような事案についても隠れた瑕疵が認められた事例です。
 神戸地裁の判例も大阪高裁の判例も、いずれも殺人事件に関する物件についての「心理的瑕疵」を認めた点に特徴があり、ここに紹介する次第です。

以上


(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成29年7月号執筆分