ローン特約に基づく売買契約の解除における留意点


弁護士 住 原 秀 一

1  はじめに

 せっかくローン特約を設けたのに、いざ融資否認になったにもかかわらず、売買契約書の中のローン特約の文言が不明確であるため、果たして解除ができるのかどうかがはっきりしないことが少なくありません。
 また、いわゆる「ローン壊し」の場合のように、買主の落ち度によって融資申込みが拒絶された場合、買主を保護する必要はありませんから、ローン特約による解除は認めないという旨の条項が設けられるのが一般的です。しかし、この条項に当てはまるのかが微妙な事案もあります。
 これらの場合、買主と売主あるいは媒介業者との間で、手付金や媒介報酬の返還をめぐって紛争になります。今回は、このような紛争を二つ御紹介します。

ローン特約の文言が不明確であった事例(東京地判平成28・4・14 RETIO 108号 132頁)
(1) 事案の概要

 補聴器卸売業者のX社(買主)は、媒介業者Aに依頼して、売主側の媒介業者Bを通じて、宅建業者のY社(売主)が所有するビル1棟の土地建物(最終的な代金は2億円)を購入する交渉を行っていました。X社は甲銀行又は乙信用金庫から融資を受けてこの土地建物を購入するつもりであったため、買主側の媒介業者Aは、売主側の媒介業者Bを通じて、Y社に対し、平成26年6月5日、「〔融資を〕否認されたとき、買主は、売主に対し、…6月27日までであれば、本件売買契約を解除することができる。」というローン特約を設けた案を提示しました。
 そのローン特約には、「融資申込先 甲銀行法人営業部若しくは乙信用金庫丁支店」との記載されていました。これに対し、Y社は、ローン特約付きとすることに難色を示したため、Bは、Aに対し、妥協案として、融資申込先を2つだけに限定しないように変更することを求めました。そのため、Aは、6月8日、従前のローン特約の内容を変更し、融資申込先を「都銀・地銀等」としました。
 その頃、6月9日より前に、X社は、甲銀行から融資は難しいとの連絡を受け、甲銀行との融資交渉を断念することにしました。そこで、X社は、このことをAに伝え、AはこれをBに伝えました。
 その後、買主X社と売主Y社は、6月10日、上記土地建物を代金2億円で売買する旨の売買契約を締結し(本件売買契約)、手付金1000万円を支払いました。決済の期限は7月31日とされていました。
その後、X社は、6月26日、乙信用金庫から融資を否認するという連絡を受けました。X社は、6月27日、媒介業者Aと一緒にY社を訪問し、Y社に対し、本件売買契約を解除すると伝えました。
 そして、X社は、Y社に対し手付金1000万円の返還を求めましたが、Y社がこれを拒否したため、訴訟を提起しました。訴訟の中で、Y社は、@「融資申込先 都銀・地銀等」と記載されているから、X社は甲銀行と乙信用金庫以外にノンバンクなどの金融機関に対しても融資申込みをすべきであった、少なくとも3箇所に融資申込みをすべきであったのにこれを怠った、AX社の代表者個人も融資申込みをすべきであったのにこれを怠った、などを理由にして解除が無効であると争いました。


(2)

判決の要旨

 裁判所は、要旨、次のように述べて、X社の手付金返還請求を全面的に認めました。
Y社の主張@について
 本件売買契約締結に当たり、少なくとも3箇所に融資申込みするとの合意がされたと認めるに足りる証拠はない。融資申込先の文言が「都銀・地銀等」となっているのは、元の契約書案で「甲銀行法人営業部若しくは乙信用金庫丁支店」とされていたところ、融資申込先がこれらの金融機関に限定されないようにするために変更されたにすぎないものであり、その文言への変更によって、少なくとも3箇所に融資申込みするとの合意が成立したと認めることはできない。
Y社の主張Aについて
 X社とY社との間で、X社の代表者個人がX社とは別に融資の申込みを行うことが予定されていたとはいえないから、X社の代表者個人が融資申込みをすべき義務があったとはいえない。

(3) 本件から学ぶこと
 本件は、極めて微妙な事実認定の結果、辛うじて買主が勝訴した事案であると思われます。
 本件のローン特約では、融資申込先が「都銀・地銀等」とされており、文言上はあらゆる金融機関から融資申込みを断られて初めてローン特約が使えるかのようにも読めます。
 本判決は、融資申込先の文言が「都銀・地銀等」に変更された事実経過を詳細に認定し、この変更は、当初予定していた甲銀行と乙信用金庫以外にも融資申込みをする旨合意したという趣旨とは解されないと判断しました。しかし、少なくとも文言上はこの2つの金融機関だけに融資申込みをすれば良いとは読めませんから、買主が事実経過の立証に失敗すれば、ローン特約による解除が許されないという判断になった可能性も十分にあり得ます。
 媒介業者としては、取引当事者をトラブルに巻き込まないようにするため、融資申込先を文言上特定しておくべきです。また、ローン特約による解除の要件に疑義がないようにするため、融資申込先のみならず、融資申込みの金額、利率、返済方法(借入期間)、ローン特約に基づく解除が許される期間なども明らかにしておくべきと思われます。

支払済媒介報酬の返還の要否が問題となった事案(東京地判平成28・7・19 RETIO 108号 130頁)

(1)  事案の概要

 買主Xは、平成27年1月25日、媒介業者Y社との間で一般媒介契約を締結し(本件媒介契約)、売主Aとの間で土地を代金5980万円で購入する旨の売買契約を締結しました(本件売買契約)。そして、買主Xは、同日、媒介業者Aに対して仲介手数料200万2320円を支払いました。また、買主Xは、売主Aに対し、手付金50万円及び中間金50万円を支払いました。
 本件売買契約には、次のようなローン特約が設けられていました。@Xが住宅ローン会社である甲住宅ローンと乙住宅ローンに融資申込みをし、2月16日までに融資の承認が得られないときは、Xは本件売買契約を解除することができる。Aただし、Xが融資申込みの際に不実・虚偽の申告をしたことにより融資が否認となったときは、上記@の規定は適用しない。
 また、本件媒介契約には、「融資の不成立が確定し、これを理由としてXが本件売買契約を解除した場合は、Y社は、Xに、受領した仲介手数料の全額を無利息で返還しなければならない」という規定が設けられていましたが、本件売買契約とは異なり、上記Aのような但書は設けられていませんでした。


 Xは、2月8日、甲住宅ローンに対し、前年(平成26年)の年収を1200万円(全て給与所得)、前々年(平成25年)の年収を900万円と記載した融資申込書を提出しましたが、その際に添付した課税証明書には、平成25年の合計所得金額は179万円余りであり、その全てが営業等所得であると記載されていました。
 その後、甲住宅ローンから融資の審査が通らないという連絡があったので、XとY社とAは、ローン特約の解除の期限を2月20日まで延長するとの合意をしました。
 その後、Xは、修正申告をして、2月18日、区役所から平成25年分の納税証明書を新たに発行してもらいました。修正申告の結果、新たな納税証明書には、平成25年中の給与収入は900万円(給与所得690万円)、営業等所得は179万円余りと記載されることとなりました。また、その納税証明書には、延滞税8500円の支払が生じたことも記載されていました。
 Xは、2月19日、Y社に対し、納税証明書に延滞税が表記されていることに懸念があると連絡しました。Y社は、乙住宅ローンからは審査が通らない見込みであると告げられ、2月20日、このことをXに伝えました。Xは、乙住宅ローンに対する融資申込みを断念しました。同日、Y社は、Xに対し、仲介手数料を放棄する旨の合意書に署名押印するよう求めましたが、Xはこれに応ぜず、2月25日、Y社に対して仲介手数料全額を返還するよう求めました。
 2月27日、Xと売主Aは、ローン特約による解除がなされたこと及びAがXに対して手付金50万円・中間金50万円を返還したことを確認する旨の覚書を締結しました。
 その後、Xが、Y社に対し、仲介手数料の返還を求めて訴訟を提起しました。
 Y社は、本件売買契約のローン特約の但書(上記A)の場合(虚偽の申告による融資拒絶)に当たるから、ローン特約による解除をすることはできず、その結果、本件媒介契約に基づく仲介手数料の返還義務を負わないこととなると反論しました。

(2) 判決の要旨
 裁判所は、要旨、次のように述べて、X社の仲介手数料返還請求を棄却しました。

 Xが甲住宅ローンに提出した融資の申込書に記載の年収と、課税証明書に記載された所得とが食い違っていたが、申込みと同時に証明書類を提出している以上、申込みどおりの収入を得ていたことを証明できなかったというだけであり、直ちに虚偽の申込みをしたということにはならない。


 しかし、甲住宅ローンがY社の照会に対して「修正申告の場合には融資が承認されるのは難しい」「延滞税がある者が融資を承認されるケースは少ない」と回答していること、現実に甲住宅ローンがXの融資申込みを不承認としていること、Xが甲住宅ローンに対して延滞税が発生する可能性があるという情報を提供した形跡がないことからすると、外形的に見れば、Xは、甲住宅ローンに融資申込みをするに当たり、虚偽の内容が記載されている課税証明書を提出するとともに、延滞税の支払が生じる状況にあることを報告していなかったことになるから、「融資申込みの際に不実・虚偽の申告をしたことにより融資が否認」となった場合(上記A)に当たり、ローン特約による解除はできない。したがって、本件媒介契約の仲介手数料返還の規定の適用はなく、Y社は仲介手数料の返還義務を負わない。

 なお、XとAとの間で締結された覚書の存在は、上記結論に影響を及ぼさない。
(3) 本件から学ぶこと
 融資申込書記載の年収と修正申告後の納税証明書の所得金額が概ね合致しているという事情からすると、買主が提出した融資申込書に記載の年収が虚偽であったと断定することには躊躇を覚えます。そのため、裁判所も「直ちに虚偽の申込みをしたということにはならない」と述べたものと思われます。しかし、買主が従前に虚偽の確定申告をしていたことを融資申込先に報告せず、その結果、融資申込みが否認されたというものですから、買主の落ち度は大きいといえます。直接明言されているものではありませんが、裁判所は、このような価値判断を経て、「虚偽の申告をした」と認定したものと思われます。
 なお、標準媒介契約約款には、融資申込みの際の虚偽の申告による融資否認の場合の処理は明記されていません。しかし、本判決は、上記判断の前提として、「売買契約におけるローン特約による解除ができない結果、媒介契約における仲介手数料の返還義務の規定が適用されなくなる」旨を判示しており、ローン特約と仲介手数料の関係を明確に整理したものとして実務の参考になると思われます。


(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成30年3月号執筆分