不動産取引における瑕疵担保責任A−環境瑕疵−


弁護士 江 口 陽 三
1 はじめに
 不動産取引において,取引対象となった不動産(土地・建物)に「隠れた瑕疵」(契約上予定されていた品質・性能を欠いていることを「瑕疵」といいます。)があった場合,当該不動産を購入した買主において,売主に対して損害賠償を請求し,あるいは,契約の目的を達成できない場合には契約を解除することもできます(瑕疵担保責任 民法570条,同566条)。
 これに対して,不動産取引をする当事者において,瑕疵があることを承知して(もしくは容易に知りうるのに十分な調査もしないで)取引した場合には,損害賠償を請求したり,契約を解除したりすることはできません。


2 環境瑕疵とは
 ここでは,不動産そのものには法的あるいは物理的・心理的な問題がなくても,それを取り巻く環境について問題がある場合(環境瑕疵)を取り上げます。
 環境瑕疵とは,一般に,取引対象となる不動産そのものには問題がないものの,その不動産の近隣建物からの騒音・振動・異臭・日照や眺望障害,あるいは,近隣にごみ焼却場や廃棄物処理施設,遊戯施設等の施設があることにより環境上の問題となりうるような場合をいいます。
 このほか,近くに暴力団事務所があったり,暴力団組員が居住することによる迷惑行為が認められたりするような場合にも,環境瑕疵の問題と捉えられています。
 「環境」というと,特定有害物質(ふっ素やセレン等)や廃棄物が取引対象から検出されたような環境問題(公害問題)が生じる場合も含まれるように思われますが,取引対象そのものに有害物質や廃棄物等の環境問題が発生した場合には,対象物そのものの「物理的瑕疵」「法的瑕疵」の問題と考えていただくことができますので,今回はこの点には触れないことにします。

3 環境瑕疵が問題となった裁判例について

(1) 眺望や日照が問題となった事案
裁判で環境瑕疵が問題となった事案は,眺望や日照にかかわるものが多いようです。
そこで,まず,眺望や日照が問題となった事案をご紹介します。

 @ 大阪地方裁判所 昭和61年12月12日判決
 この事案は,買主が居住用マンションの専用庭に温室を設けて趣味として園芸活動を行いたいと考えて分譲マンションを購入したところ,売買契約後,南側隣接地に予想外の高層建物が建築されたため,園芸活動に必要な日照が阻害されたとして,売主である分譲会社を被告として瑕疵担保責任が追及されたというものです。
 裁判所は,買主(原告)は,園芸活動という契約の目的を達成できなくなったとして契約解除を求めたものの,買主は園芸活動のためだけではなく,居住用としてもマンションを利用していたことから,契約の目的を達成できなくなったとまではいえないとして契約解除を否定しました。
 しかし,損害賠償については,売主(被告)側担当者が買主との契約に際して,マンションの南側隣接地には木造2階建ての建物しか建たないため,専用庭の日照等が確保されると説明していたにもかかわらず,その後,南側隣接地が他に売却されたため,鉄筋コンクリート造4階建て建物が建築されるに至ったため,日照が阻害されることになったことにつき,契約時においても,当該物件にはこのような日照阻害の可能性があったことが「隠れた瑕疵」にあたるとして,400万円の賠償を認めました。
 このように,契約時にはいまだ顕在化していない日照にかかわる問題が契約後顕在化した場合でも,「隠れた瑕疵」に当たるとしている点は取引実務においても参考にしていただけるのではないでしょうか。
 売主側担当者としては,販売に当たって,南側隣接地には現時点では木造2階建ての建物のみが建築される予定ですが,所有者が変われば建築計画が変更になる可能性もあることを説明しておくべきであったと思います。


 A 東京地方裁判所 平成2年6月26日判決

 この事案は,日照と眺望の良さを強調して売り出された海辺のリゾートマンションの買主(原告)が購入から3年後に東南方向に別業者による高層リゾートマンションが建築されたため,日照・眺望が大幅に損なわれたとして瑕疵担保責任等を理由に売買代金の返還を求めたというものです。
 裁判所は,「日照及び眺望は,本質的には周囲の状況変化によって変化されることを余儀なくされるものであって,これを独占的,排他的に支配し,享受し得る利益として法的保護の対象とすることは不可能」であるとして,売主(被告)において,日照や眺望という一種の性状を保証するというような特段の事情が認められない限り,売主担当者が,販売に当たって,日照や眺望の良さを強調したとしても,「隠れた瑕疵」とは認められないとして,原告の請求を棄却しました。
 おそらく,上記@の大阪地裁の判決では,買主側が専用庭での温室による園芸活動をすることを売主側に明示して南側に高層建物が建たないとの説明を信じて購入を決意しているのに対して,Aの東京地裁の判決では,買主が一般的な眺望や日照を期待してリゾートマンションを購入したものであって,購入に当たって,特に隣地に高層マンションが建たない点に大きな関心を持っていることが明らかにされていないことが異なっています。かかる違いが実質的な判断要素となって異なる結論に至った可能性があると思います。
 このことからしますと,不動産の取引に当たって,買主が眺望や日照を特に問題としている場合には,担当者において,隣地の建築計画や近隣空地の利用可能性について調査し,この点に配慮した説明をしておかれないと,契約後,近隣の環境変化が環境瑕疵とされることになり,損害賠償請求や契約解除を求められることになる可能性があると思います。

(2)その他の環境瑕疵の事案
 ところで,このように日照や眺望だけではなく,近くに暴力団事務所が存在することが目的物の「隠れた瑕疵」に当たるとして売主に対して売買代金の2割相当の損害賠償責任を認めた事案(東京地方裁判所 平成7年8月29日判決)があります。
 この事案は,更地の売買契約に当たって,交差点を隔てた対角線の位置にある建物内に暴力団事務所があるという立地条件を知らずにマンション建築用地として購入した買主(原告)が,購入後,対角線上に暴力団事務所が存在していることが判明したとして,契約解除による代金返還もしくは損害賠償を求めたというものです。
 裁判所は,近隣に暴力団事務所がある点について,「宅地として,通常保有すべき品質・性能を欠いているものといわざるを得ず,本件暴力団事務所の存在は本件土地の瑕疵に当たるというべきである」と判示し,取引対象地の近隣に暴力団事務所が存在することは「瑕疵」にあたると判断しました。
 もっとも,近隣に暴力団事務所があることが当該土地の「瑕疵」に当たるとしても,瑕疵担保責任が認められるためには,「隠れた」瑕疵である必要があります。
 この点について,裁判所は,売買契約時には,当該暴力団事務所のある建物には暴力団事務所としての存在を示すような代紋等の印は掲げられていなかったことから,暴力団事務所としての外観が認められなかったこと,通常の人が現場に臨場しても暴力団事務所の存在を容易に覚知することはできなかったと思われること等を理由に「隠れた」瑕疵に当たると認定しています。
 そのうえで,裁判所は,売主に対する契約の解除は認めなかったものの,売買代金の2割に相当する金額を損害として賠償することを命じています。
 このように,取引対象物そのものには何の問題もない場合であっても,近隣に暴力団事務所等の施設があるという立地条件が「環境瑕疵」とされて,契約解除や損害賠償等の瑕疵担保責任が課される可能性があることは十分に銘記いただきたいと思います。
もちろん,取引対象物の中に暴力団事務所があるというような場合(同一マンションの場合)には,暴力団の実態と機能からみて当然に瑕疵に当たるとされる可能性が高いことになります。
なお,近隣に暴力団事務所があるという場合だけではなく,分譲マンションの専有部分・敷地利用権の売買にあたって,同じマンションの他の専有部分を暴力団組員が区分所有し,マンション住民等に対して迷惑行為をしていることが「隠れた瑕疵」に当たるとして,売主に対する損害賠償請求を認めた事案(東京地方裁判所
平成9年7月7日判決)もあります。

4 まとめ
 このように,「環境瑕疵」といわれるものには,日照・眺望だけではなく,近隣に暴力団事務所,暴力団組員の自宅があるという問題まで裁判では取り上げられています。
 不動産取引に当たっては,かかる点についても,契約の締結に影響を及ぼす事項として重要事項説明の対象となることを十分にご認識いただき,十分な調査と説明を心がけていただきたいと切望しています。
以上