更新料と消費者契約法に関する最高裁判決について
(平成23年7月15日最高裁第2小法廷判決)


弁護士 岩本 洋


第1、はじめに

 平成23年3月24日及び同年7月12日の敷引特約に関する2件の最高裁判決に次いで、平成23年7月15日に更新料特約に関する重要な最高裁判決が出ました。
 借地、借家契約において、賃貸人が更新拒絶をするには、正当事由が必要であり、正当事由がない限り賃借人は更新を得られることとなります。そこで、更新に際し金員の支払いを要するとする更新料特約が消費者契約法第10条に反して無効ではないか、との疑問が生じることになります。
 この点について高裁判決は有効とする判決、無効とする判決とに分かれ、社会的に大きな関心が寄せられていましたが、平成23年7月15日に最高裁判決が出ましたので、その解説と今後の対応の検討を試みたいと思います。


第2、本件事案の概要

 本件は、賃借人Xが賃貸人Yに対して支払い済みの更新料228,000円および定額補修分担金120,000円の返還と、Y主張の未払の更新料76,000円の支払債務が存在しないことの確認とを求める本訴請求と、YがX及び連帯保証人Zに対して当該未払の更新料の支払いを求める反訴請求からなります。
 Xは、平成15年4月1日、Yとの間で、本件建物につき、期間を同日から1年間、賃料を月額38,000円、更新料を賃料の2か月分、定額補修分担金を120,000円とする賃貸借契約を締結し、同日建物の引渡しを受けました。なお、本事案でいう定額補修分担金とは、通常損耗、賃借人の軽過失による損傷の回復費用のうち、賃借人負担部分を定額で予め合意し、賃借人が支払う金員です。
 上記賃貸借契約は、その後3回にわたり、期間を1年間として更新され、その都度Xは更新料を支払いました。しかし、平成19年4月1日を始期とする、4回目の更新の際にXは更新料を支払いませんでした。その後、判決からは正確な時期は明らかではありませんが、次の更新をせずに賃貸借契約は終了し、Xが更新料の返還、未払の更新料の支払義務がないことの確認を求めて訴訟提起し、さらに定額補修分担金についてもその返還を求めてきたという事案です。


第3、更新料の法的性質−有効、無効の分かれ目−

1、消費者契約法第10条は、「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、または消費者の義務を加重する消費者契約の条項」(これを「10条前段の要件」と呼んでいます)であって、「民法第1条第2項に規定する基本原則(=信義則)に反して消費者の利益を一方的に害するもの」(これを「10条後段の要件」と呼んでいます)は無効とする、と定めています。
 前段の「公の秩序に関しない規定」とは任意規定のことです。「公の秩序に関する規定」は強行規定ですから、これに反する合意は当然に無効ですが、任意規定に反する合意の場合には直ちには無効にはなりません。その中で消費者の権利を制限し、または消費者の義務を加重する消費者契約の条項が対象となります。平たくいえば、賃借人に不利な条項が対象となります。
 ここで、更新料については、民法や借地借家法には何らの定めもありませんので、これを支払う旨の合意は賃借人に不利な条項となります。
 従って、賃貸借契約が事業者と消費者との間の契約、すなわち消費者契約であれば、更新料の合意は、10条前段の要件を満たすことになります。
2、そこで、賃借人に不利な規定が、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否か、10条後段の要件が満たされているか否かが問題となります。
 ここで、更新料の法的性質が問題となり、高裁の判断の分かれ目となっていました。

(1)、 有効とする判例(大阪高裁H21.10.29判決)
 「本件賃貸借契約に基づく賃貸事業上の収益の一つとして、賃借人である控訴人に設定された賃借権が本件賃貸借契約の更新によって当初の賃貸借期間よりも長期の賃借権になったことに基づき、賃貸借期間の長さに相応して支払われるべき賃借権設定の対価の追加分ないし補充分と解するのが相当」としました。
 他に有効とする裁判例の中には、更新料を賃借権強化の対価及び更新拒絶権放棄の対価であるとするものなどがあります。賃借人の側からも、更新料を支払うことにより、円満に更新が得られるメリットがあると考えるわけです。
(2)、 無効とする判例(大阪高裁H21.8.27判決等)
 @賃貸人の更新拒絶権放棄の対価、A賃借権強化の対価、B賃料の補充、とのいずれの性質をも否定し、更新料は対価性の乏しい給付であると評価して、更新料についての合意が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものとして、無効と判断しています。



第4、最高裁判決の内容

 上記のように高裁レベルでも判断が分かれる中、また、本件事案においても地裁、高裁で無効との判断が下される中、平成23年7月15日に最高裁判決が下されました。
 最高裁判所は、更新料の法的性質については、「更新料は、賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり、その支払によって賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると、更新料は一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当」と判断しました。
 次いで、これを前提にして、「更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない。また、一定の地域において、期間満了の際、賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや、従前、裁判上の和解手続等においても、更新料条項は公序良俗に反するなどとして、これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると、更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され、賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に、賃借人と賃貸人との間に、更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について、看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。そうすると、賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法10条にいう『民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの』にはあたらないと解するのが相当である。」として、本件事案における更新期間1年に対する、賃料2か月分相当の更新料の合意についても、特段の事情はないとして、有効としたのです。
 なお、定額補修分担金については、Yが上告審において主張をしなかったため、最高裁の判断は示されていません。



第5、最高裁判決の射程距離

 本件判決はあくまでも個別事件における判決ですが、最高裁が、「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項」は、原則として消費者契約法10条に反しないものと判断したと評価できます。ただ、最高裁がいう、「更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情」の内容、程度がどのようなものを指すのか、という点は、課題が残ります。本件事案と同じく更新期間1年に対する賃料2か月分、あるいは同じ割合である更新期間2年に対する賃料4か月分といった合意は、有効と思われますが、月額賃料が高ければ、更新料を含めた1か月あたりの賃料として計算し直した場合の上乗せ額は高くなるので、必ずしも比率で決まるものでもないと考えられます。いずれにせよ、今後も、最高裁のいう、特段の事情の有無を争点とした返還請求が続くものと思われます。
 また、敷引特約に関する平成23年3月24日の最高裁判決によれば、高額の更新料を受領したうえで、なおかつ敷引をする場合、その更新料の受領状況が、敷引特約の有効性の判断にも影響を与えると考えられますので、この点も留意が必要です。
 なお、最高裁判決が出た後に実施された、不動産業者を対象にしたあるアンケート調査によれば、今後、更新料を「なくす」または「下げる」ことを検討している業者が1割弱を占めるとのことです。賃借人にとっても簡明な契約関係を目指す方向性は、賢明な対応かと思われます。

以 上