賃貸住宅標準契約書の改訂について

弁護士 鍋 本 裕 之


第1 はじめに

 今回は「賃貸住宅標準契約書」(以下「標準契約書」といいます。)の改訂についてご説明させていただきます。
 標準契約書は国土交通省が推奨する住宅用の賃貸借契約書のひな型(モデル)です。
賃貸借契約をめぐる紛争を防止し、借主の居住の安定及び貸主の経営の合理化を図ることを目的として、住宅宅地審議会答申(平成5年1月29日)を受けて、内容が明確、十分かつ合理的な賃貸借契約書のひな型(モデル)として作成されました。
 標準契約書は、その使用が法令で義務付けられているものではありませんが、この契約書を利用することにより、合理的な賃貸借契約を結び、貸主と借主の間の信頼関係を確立することができることから、国土交通省は、地方公共団体、関係業界等に対し通知および通達を行うこと等により普及に努めています。現在では広く、標準契約書を使用し、または参考にして賃貸借契約が締結されております。
 その標準契約書が、平成24年2月、昨今の社会的情勢や原状回復をめぐる裁判例等の集積を踏まえて改訂されました。

 今回の改訂のポイントは、@反社会的勢力の排除を目的とする条項が追加された点、A明渡し時の原状回復についてルールをより詳細かつ明確にした点です。




第2 反社会的勢力の排除(改訂のポイント@)

1 反社会的勢力でないことの確認

 改訂標準契約書では、新たに「(反社会的勢力の排除)第7条」を設けて、貸主及び借主双方に以下の事項を確約させることにしています。

(1)

 自らが暴力団、暴力団関係企業、総会屋若しくはこれらに準ずる者又はその構成員(以下総称して「反社会的勢力」という。)ではないこと(第7条第一号)

(2)  法人等の場合は、その役員が反社会的勢力ではないこと(第7条第二号)
(3)  賃貸借契約が反社会的勢力への名義貸しではないこと(第7条第三号)
(4)  自ら又は第三者を利用して次の行為をしないこと(第7条第四号)
  相手方に対する脅迫的な言動または暴力を用いる行為
  偽計又は威力を用いて相手方の業務を妨害し、又は信用を毀損する行為

2 禁止行為

 また、借主に対しては、賃借物件の使用に関し、下記行為を禁止することにしています(第8条3項別表1第六号から第八号)。

(1)

 賃借物件を反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点に供すること

(2)  賃借物件又は賃借物件の周辺において、著しく粗野若しくは乱暴な言動を行い、又は威勢を示すことにより、付近の住民又は通行人に不安を覚えさせること
(3)  賃借物件に反社会的勢力を居住させ、又は反復継続して反社会的勢力を出入りさせること

3 契約解除

 そして、貸主又は借主が上記1の確約に反した場合には相手方は無催告で賃貸借契約を解除できることにしています(第10条第3項)。
 また、借主が上記2の禁止行為を行った場合には、貸主は無催告で賃貸借契約を解除できることにしています(第10条第4項)。


第3 明渡し時の原状回復(改訂のポイントA)

 改訂前の標準契約書は、明渡し時の原状回復に ついて、「借主は通常の使用に伴い生じた本物件の損耗を除き、本物件を原状回復しなければならない」と定め、通常損耗については貸主が負担し、借主の故意過失、善管注意義務違反等により生じた損耗についてのみ借主が負担するという基本原則を規定しておりました。しかし他方、借主が行う原状回復の内容及び方法については双方協議する旨定めるのみで、詳細かつ具体的な定めはありませんでした。

 そこで、改訂標準契約書においては、退去時の原状回復費用に関するトラブルの未然防止のため、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(国土交通省住宅局)」を踏まえ、契約時に貸主・借主の双方が原状回復に関する条件を細かく確認する様式を追加しました(第14条第2項別表5)。その内容は以下のとおりです。

貸主・借主の修繕分担表(別表5、T、1)

 【床(畳・フローリング・カーペットなど)】【壁、天井(クロスなど)】【建具等、襖、柱等】【設備、その他】の各損耗について、損耗の原因等に応じ、貸主の負担となるもの、借主の負担となるものを具体的に列挙しています。

 借主の負担単位(別表5、T、2)

 借主の故意・過失、善管注意義務違反等により生じた損耗については、借主に原状回復義務が発生することになります。しかし、その際の借主が負担すべき費用については、修繕等の費用全額を借主が当然に負担することにはなりません。

 なぜなら、建物や設備等に借主の故意過失に基づく損耗が生じていたとしても、同時に経年変化・通常損耗が必ず伴っていることから、建物や設備等の経過年数を考慮し、年数が多いほど借主の負担割合を減少させることとするのが適当と考えられるからです。このような考えから、【床(畳・フローリング・カーペットなど)】【壁、天井(クロスなど)】【建具等、襖、柱等】【設備、その他】の各々について、経過年数と借主の負担割合が示されています。

原状回復工事施工目安単価(別表5、T,3)

 原状回復をめぐるトラブルを未然に防止するためには、原状回復の際の工事単価の目安をできるだけ契約書に記述しておくのが望ましいとの考えから、各原状回復工事の内容及びその目安単価を記載するための一覧表が添付されております。



第4 標準契約書のポイント(特徴)

 標準契約書の改訂の概要は以上ですが、最後に今回の改訂内容も含めた標準契約書のポイント又は特徴を整理しておきたいと思います。

 頭書において物件の状況、契約期間、賃料等を一覧できるようになっています。

 賃料の改定事由を具体的に明らかにし、賃料の改定は当事者間の協議によることにしています(第4条)。

 共益費、敷金の性質を明らかにするとともに、敷金については退去時の取扱いを明らかにしています。標準契約書においては、いわゆる敷引き特約はありません(第5条、第6条)。

 国民生活や経済活動からの反社会的勢力を排除する必要性の高まりを受け、あらかじめ契約当事者が反社会的勢力でない旨を相互に確認することを規定しました(第7条)。

借主が禁止・制限される行為の範囲を具体的に明らかにしています(第8条)。

 貸主には賃貸住宅使用のために必要な修繕をなす義務があることを明らかにする一方、借主の修繕義務は借主の故意・過失等の場合にのみ生じること、明渡し時の原状回復義務は通常の使用に伴う損耗については生じないことを規定しています(第9条、第14条)。また、原状回復義務の条件を確認するための別表が添付されました(別表5)。

 貸主からの契約解除事由を具体的に明らかにし、解除手続を定めています(第10条)。

 貸主は、原則として、借主の承諾を得なければ賃借物件に立ち入れないことを明確に規定しています(第15条)。



第5 まとめ

 以上のとおり、標準契約書は、賃貸借契約において頻発するトラブルの内容を踏まえ、これを未然に防止するための十分な工夫がなされていると思います。まだ標準契約書を活用されておられない方には、是非とも活用あるいは参考にされることをお勧め致します。


以上