マンションの媒介業務に伴う留意点B

不動産鑑定士  金子  賢一郎

1.はじめに

 不動産の媒介(売買)に当たり、買主に説明すべき事項は、ご存知の通り宅地建物取引業法(以下業法という)第35条に規定されている事項であることは言うまでもありません。そこではマンション固有の説明事項があるのも事実です。しかし、買主に説明すべき事項は、この重要事項以外に業法で規定しているものがあります。それは業法第47条第1号に規定するいわゆる「重要な事項」です。その趣旨を簡単に言うと業者は顧客等に最初に接触した段階から最後の取引の完結に至るまでの間に、一定の事項について故意に事実を告げなかったり、あるいは不実(真実でないこと)を告げてはならないということである。この一定の事項で顧客等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるものについて故意に事実を告げずまたは不実のことを告げる行為を重い罰則をもって禁止している。
 この「重要な事項」に関連していると思われる紛争事例(判例)をご紹介したい。



2.紛争事例その1

 マンション分譲に当たり、南側隣地の建築計画を告知しなかった事例であり、マンションの販売に伴う「重要な事項」の告知に関しては、代表的な事例といえる(東京地裁・判決平成11.2.25判例時報1676号71頁)。
 その内容は新築マンションの分譲で、18名が買主となった。売買契約締結後、当分譲マンションの南側隣地で、他の会社による建築計画があることが発覚した。マンションの買主はマンション分譲業者がこの隣地の建築計画を当初から知っていたとして、当分譲業者に債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料の支払いを求め提訴したというものである。
 判決は売主に重要事項告知義務違反があるとして、買主の損害賠償請求権を認めた。
 その要旨は、隣地建築計画に関し、隣地所有者から、分譲に当たり建築計画があることを購入者に告知するよう文書で要請を受けており、告知することに何ら支障がなかったにもかかわらず告知しなった。売主は購入の意思決定に重要な意義をもつ事項について、事実を知っていながら、故意にこれを秘匿して告げない行為をしてはならないとの義務を負っており、これに違反して買主に損害を与えたときは、重要事項告知義務の不履行として、これを、賠償する責任があると認めたものである。なお、この事例では販売業者が介在していないが、媒介を行う業者が存在した場合にこういった隣地建築計画に関し認識していれば同様の義務を持つものというべきであろう。
 この事例から言えることは、マンションの分譲販売では、隣地建築計画の有無、その点に関する販売業者や媒介業者の認識が争われることが多いので、十分な調査とそれを知った場合の「重要な事項」の告知を怠らないことが必要である。



3.紛争事例その2

 マンションの販売に伴う「重要な事項」の説明に関し、もう1題紛争事例をご紹介したい。
 これは新築分譲マンションの販売において、その販売代理業者が買主に専有部分内に設置された防火扉の操作方法の説明を行わなかったため、火災が発生した際の死亡事故の責任に関し、売主宅建業者と販売代理業者に瑕疵担保責任と説明義務違反があるとされた痛ましい事例です(最高裁・判決平成17.9.16判例時報1912号8頁、判例タイムズ1192号256頁、金融商事1232号19頁)。
 専有部分内の防火扉は火災発生時には自動的に北側区画と南側区画を区切り、他の区画への延焼を防止するようになっており、販売代理業者は買主に対し、契約締結の際に重要事項説明書、図面等を交付したが、重要事項説明書には防火扉の記載はなく、図面にその位置が点線で表示されていただけで、売主・販売代理業者は買主に対し、防火扉の電源スイッチの位置、操作方法等について説明していない。
 また、電源スイッチは蓋がネジで固定された連結制御器の中にあり、同スイッチが制御器内にあることが一見して明らかとはいえない造りになっていた。火災が発生し、防火扉の電源スイッチが作動せず、延焼を防止することが出来ないため、買主が死亡したものである。
 この事例での争点は販売代理業者に専有部分内に設置された防火扉の操作方法等について買主に説明する義務があるのか、ということである。
 裁判所の判断は次の通りとなった。
 売主宅建業者には@瑕疵担保責任を認めた(防火扉の電源スイッチが切られて作動しない状態での引き渡しは、その位置や操作方法等を説明しない状況においては、売買の目的物に瑕疵があったと認められる)。A説明義務を負うとした(売主は、少なくとも売買契約上の付随義務として、防火扉の電源スイッチの位置、操作方法等について説明すべき義務があった。これを怠った説明義務違反がある)。
 販売代理業者にも売主と同様の義務があるとした(販売代理業者は売主の全額出資による会社であり、売主から販売の委託を受け、売主と一体となって売買契約締結手続きや買主に対する引渡し等一切の事務を行い、買主もこの販売代理業者を信頼していた)。
 この事例から言えることは、売主宅建業者ないし販売代理や媒介業者は、買主に対し火災が発生した際に防火、延焼防止の重要な手段となる防火扉について、その作動状況や操作方法を説明すべきであることを示している。また、販売代理業者も消火設備について売主と同等程度に知りえる立場にあるような密接な関係にある場合には、売主と同様にその義務を負う点も留意する必要がある。



4.宅地建物取引業法第47条第1号での「重要な事項」の定義づけと実務的な留意点

 同法第47条第1号で、宅地建物取引業者はその相手方等に対し、一定の事項について、故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為を禁止しているわけであるが、一定の事項について、同法は次の通り規定している。
 重要事項説明・営業保証金供託先と所在地や保証協会名称等・いわゆる37条書面(実務的には契約書)のほか、細項目として、「宅地若しくは建物の所在、規模、形質、現在若しくは将来の利用の制限、環境、交通等の利便、代金、借賃等の対価の額若しくは支払方法その他の取引条件又は当該宅地建物取引業者若しくは取引の関係者の資力若しくは信用に関する事項であって、宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの」を挙げている。
 これらが、「重要な事項」として掲げられている。しかし、法によるこれらの事項のうち、実務的に判断を必要とする細項目は極めて抽象的であるといわざるを得ない。もっとも現実の契約・取引の個々のケースについて想定される事項は多岐にわたり、それを法律で規定することは無理なことかもしれない。
 先にご紹介した二つの紛争事例のうち、紛争事例その1のような眺望・景観・日照・騒音に関する紛争(業法で言う「重要な事項」のうちの「環境」に該当すると思われる)がマンションでは多いのが特徴といえる。しかし、平時では想定しにくい紛争事例その2のような場合もあり、現実の取引では多種多様なケースがあるということは容易に想像しうる。
 このことから「重要な事項」が業者泣かせでグレーゾーンと言われる由縁である。そうすると、これら法が規定する事項を念頭に、個々のケースにつき判断するほかない。結局は顧客の目線に立ち、顧客にとってのデメリット・説明の必要な点等を洗い出し、「顧客の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの」がないか慎重に対処せざるを得ない。顧客が物件を選定する上で、特に重視するものは「重要な事項」になる可能性があることにも留意する必要がある。こういったことを怠ると、事例にあったような損害賠償の請求をされたり、悲惨な状況を引き起こすことがあるということから、細心の注意を払う必要があるといえる。


(財)大阪府宅地建物取引主任者センターメールマガジン平成25年3月号執筆記事