犯罪収益移転防止法の改正点等について

弁護士 入江 寛

1. 犯罪収益移転防止法とその改正

 「犯罪による収益の移転防止に関する法律(「犯罪収益移転防止法」)は、犯罪による収益が組織的な犯罪を助長するために使用されるとともに、犯罪による収益が移転して事業活動に用いられることにより健全な経済活動に重大な悪影響を与えること等から、犯罪による収益の移転の防止を図り、国民生活の安全と平穏を確保するとともに、経済活動の健全な発展に寄与することを目的として制定され、平成20年3月1日に全面施行されました。 その後、マネー・ローンダリング(例えば、犯罪行為で得た資金を正当な取引で得た資金のように見せかける行為や、口座を転々とさせたり金融商品や不動産、宝石などに形態を変えてその出所を隠したりすること等)をめぐる状況を踏まえ、平成23年4月、同法の改正法が成立し、平成25年4月1日から改正法が施行されました。

2. 宅地建物取引業者と「特定事業者」「特定業務」「特定取引」

(1)  犯罪収益移転防止法は、「特定事業者」に対して、顧客と一定の取引を行うに際して取引時確認(以下で説明)を行うことが必要となる等、一定の法令上の義務を課しています。特定事業者とは、同法2条2項に列挙されており、宅地建物取引業者は特定事業者に該当します(同項39号)。

(2)  特定事業者が行う業務の全てが必ずしも義務の対象となるわけではなく、「特定業務」のみが義務の対象となります。特定事業者が宅地建物取引業者の場合、宅地建物の売買またはその代理若しくは媒介に係る業務が特定業務です(4条1項別表中欄)。一方、宅地建物の賃貸に係る業務は、該当せず、義務の対象とはなりません。
 宅地建物取引業者が特定業務に係る取引を行った場合には、直ちに取引記録等を作成し、保存しておかなければなりません(7条)。

(3)  特定事業者が顧客と取引を行う際に取引時確認が必要となるのは、特定業務のうち一定の取引(「特定取引」)に限られます。宅地建物取引業者の場合、特定取引は、上記の特定業務のうち、宅地又は建物の売買契約の締結又はその代理若しくは媒介です(4条1項別表下欄、施行令8条1項4号)。
 宅地建物取引業者が特定取引において取引時確認を行った場合には、直ちに確認記録を作成し、保存しておかなければなりません(6条)。

3. 今回の主な改正点

 今回の主な改正点で、宅地建物取引業者が留意すべき事項について、説明します。

(1)

 取引時の確認事項の追加(4条1項)
 宅地建物取引業者が、上記「特定取引」(宅地又は建物の売買契約の締結又はその代理若しくは媒介)を行うに際しては、@その顧客の本人特定事項(個人の場合は氏名、住居及び生年月日、法人の場合は名称及び本店又は主たる事務所の所在地)について、運転免許証(個人)、登記事項証明書(法人)等の公的証明書等により確認することが義務づけられています。
 今回の改正により、上記に加え、以下事項の確認が義務化されました。

 
  A 取引を行う目的〔申告を受け確認〕
  B 職業(個人の場合〔申告を受け確認〕)又は事業の内容(法人の場合〔登記事項証明書、定款等の書類の確認〕)
  C 実質的支配者{顧客が法人の場合、その法人の事業経営を実質的に支配することが可能となる関係にある者で、その法人の議決権総数の25%を超える議決権を有する者等(法人含む)}の有無〔申告を受け確認〕、有る場合の本人特定事項〔申告を受け確認〕
  D 資産及び収入の状況(「ハイリスク取引」(以下で説明)の場合)

(2)

ハイリスク取引の類型の追加(4条2項)
以下の3類型を、マネー・ローンダリングに利用される恐れが特に高いと認められる取引(以下「ハイリスク取引」と言います。)と位置づけ、これらの取引においては、@「本人特定事項」及びC「実質的支配者」について、より厳格な方法により確認することとされました。

 
  なりすましの疑いがある取引
  取引時確認に係る事項を偽っていた疑いがある顧客との取引
  特定国等(政令によりイラン及び北朝鮮が指定)に居住・所在している顧客との取引

   @「本人特定事項」については、(1)の本人確認資料に加えて、それとは別の本人確認書類の提示等の確認が必要(本人確認資料が2通り必要)となります。
 C「実質的支配者」については、その有無について株主名簿等の書類を用いて確認するとともに、有る場合の本人特定事項について、本人確認書類等により確認することが必要となります。
 また、ハイリスク取引が200万円を超える財産の移転を伴う場合である場合には、D「資産及び収入の状況」について、書類(個人の場合:源泉徴収票、確定申告書等、法人の場合:貸借対照表等)で確認を行うことが必要とされました。

(3)  疑わしい取引の届出(8条)
 宅地建物取引業者は、取引時確認の結果その他の事情を勘案して、上記「特定業務」(宅地建物の売買またはその代理若しくは媒介に係る業務)において収受した財産が犯罪による収益である等の疑いがあると認められる場合においては、速やかに、以下事項について、その免許を受けた国土交通大臣又は都道府県知事に届け出なければならないこととされました。
 
  疑わしい取引の届出を行う宅地建物取引業者の名称及び所在地
  疑わしい取引の対象となる取引(以下「対象取引」と言います。)が発生した年月日及び場所
  対象取引が発生した業務の内容
  対象取引に係る財産の内容
  宅地建物取引業者において知り得た対象取引に係る本人特定事項、取引を行う目的、職業又は事業内容及び実質支配者に関する事項
  疑わしい取引の届出を行う理由


4.

不動産の売買における疑わしい取引の参考例

 以下では、疑わしい取引に該当する可能性のある取引として注意を払うべき取引の類型を例示してみます。現実に該当するかどうかは、個別具体的に、顧客の属性、取引の状況その他当該取引に係る具体的な情報を総合的に勘案して判断をする必要があります。

顧客がその収入や資産等に見合わない高額の物件を購入する場合
売買契約の締結が架空名義または借名で行われたとの疑いが生じた場合
申込書・重要事項説明書・売買契約書等の取引の関係書類それぞれに異なる名前を使用しようとする場合
同一人物が短期間のうちに多数の宅地又は建物を売買する場合
顧客が自己のために取引しているか疑いがあるため、真の受益者について確認を求めたにも関わらず、その説明や資料提出を拒む場合
顧客が取引の秘密を不自然に強調する場合、等


5. まとめ

 以上、犯罪収益移転防止法とその改正の概略を説明しましたが、詳細な説明、書式等については、以下のHPも参照して下さい。

  公益財団法人不動産流通近代化センターのHP
    http://www.kindaika.jp/shien/maneron


  国土交通省のHP
    http://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/1_6_bf_000025.html

(一財)大阪府宅地建物取引主任者センターメールマガジン平成25年7月号執筆記事