反社会勢力に関する説明義務(判例解説)


弁護士 井 尻  潔

 
1.はじめに

 宅地建物取引業(以下業法)35条によると、宅地建物取引主任者(以下主任者)は、不動産を買おうとする人や借りようとする人に対し、様々な説明をしなければならない。
 なぜなら、不動産の購入者は、不動産取引については人生の中でそう度々あるものではなく、また不動産関係の法令に明るいわけではないことや、例え買受人が不動産業者であったとしても取引対象である当該不動産についての過去の由来や当該不動産特有の事情までは知り得ないものであり、不動産に関する固有の事情については知り得る限りの個別事情を説明しなければ、買主や借主となろうとする人が予想外の損害を受けることとなることを予防するためである。
 業法35条1項には、取引の相手方に対し説明すべき「重要事項」について1〜14項目までの規定があるが、この項目に具体的記載がない場合には、主任者はどこまでの内容を説明すべきかが問題となる。
 今回は、土地売買において、売買土地の4m道路を挟んだ北西側に3階建てのビルがあり、そのビルが暴力団関係者と深い関係があることが後で判明したケースであり、このような当該不動産ではないが近隣に反社会的勢力の関係先があるという事実までも説明すべき義務があるのかが問題となったケースである。


2.事件の内容

(1)  平成23年9月7日、占い・美容などのコンテンツの制作・提供会社であるXは、宅建業者Yから東京都心部の土地206.90u(以下本件土地)を代金2億円で購入した。ところが、本件土地で時間貸駐車場を管理していた駐車場管理会社へ駐車場の不適切使用について問い合わせをしたところ、本件土地の道路の北西に位置する地上3階建てのビル(Aビル)に入っているB社が実は暴力団事務所であることが判明した。
(2)  本件土地は、Yが不動産競売により取得したものであったが、競売手続きでは一旦は別の人が2億円で入札したが、「Aビルが指定暴力団の事務所として使用されている」として、売却不許可の申し出がなされた。そこで、追加で現況調査が実施されたが、「Aビルは外観上特別な建物と思われるものは見当たらず、玄関にある集合郵便受けには『B社』と表示されていた」と現況報告書には記載された。また、補充評価書には警視庁の回答として「暴力団情報を提供する案件に該当しないため回答しかねます」とされたが、競売手続きにおいて本件土地の評価が1億5642万円から1億3407万円に10%下方修正された。Yは、本件土地を1億7188万円で競落したのであった。
(3)  Xは、Aビルの「B社」の存在により本件契約の目的が実現できなくなったとして、平成23年12月2日、Yに対し債務不履行を理由に本件土地売買契約の解除の意思表示をした。
(4)

 平成24年3月28日、XはYを相手に東京地方裁判所へ損害賠償請求の訴訟を提起した。
 損害賠償の根拠として、Xが主張したものは以下の通りである。

@  Yは、売買契約締結の判断に重要な影響を与える事実を知っていたのであるから、この事実をXに説明し告知する信義則上の義務を有しており、その義務違反の債務不履行による契約解除による損害賠償
A  YがXに本件土地の周辺に環境に影響を及ぼす施設はないと誤信させて契約させた行為は、詐欺行為であるから売買契約を取消す又は錯誤による無効であるから原状回復請求に基づく損害賠償
B  予備的に、説明義務違反による損害賠償、瑕疵担保責任に基づく損害賠償を請求した。


3.東京地方裁判所 平成25年8月21日付判決

(1)  Aビルは、指定暴力団と密接な関係を有する団体及びその構成員らにより使用されている事務所であると推認できる。
(2)  Yは、追加の現況調査や補充評価書から、Aビルが「指定暴力団系の興行事務所」であると認識していたと認定。
(3)

 Yは、AビルのB社が暴力団事務所であるかの確認をしようとしたのだから、近隣に暴力団事務所が存在することが契約締結の判断に影響を及ぼす重要な事項であることを容易に認識できた。また、YはXに近隣に暴力団が関係する興行事務所があるという告知は容易にできたとして、説明義務違反とした。

(4)

 しかし、本件の説明義務違反は、本件売買契約に基づく債務不履行の問題ではないので、「債務不履行を理由とする契約解除」の根拠とはならない。

(5)  Yには、本件暴力団関係事務所の存在を告げなかった信義則上の義務違反があるとして、Xの損害として売買代金の10%である2000万円を認定した。

4.まとめ

(1)  本件判決は、競売手続きにおいて警察へ照会したが暴力団事務所とはされなかったが、実際には暴力団関係者の事務所であったという事で、「債務不履行」にはならないとしながらも、また詐欺でも錯誤でも、瑕疵担保責任の瑕疵でもないとしながら、民法1条2項の信義則の原則による義務違反があるとした点が特徴である。契約違反となると契約解除に結び付き、損害額も高額となるが、信義則違反という民法の一般条項概念を認定して、請求された損害の一部を認容したものである。
(2)  不動産の売買において、不動産自体に問題はなくても、本件のように近隣に暴力団関係の事務所がある場合、その他売買不動産を購入した者が当該不動産を利用するに際し、不都合な事情が近隣にあるような場合、暴力団関係に限らず買主に告知すべき信義則上の義務を売主は負っており、媒介する場合も同様に説明義務を負っていると考えた方が無難である。
(3)

 なお、本件事例と似た事案として、東京地裁 平成7年8月29日付判決がある。この事案は、購入した土地の近くに暴力団事務所がある事を知らされず売買契約を締結したケースであるが、判決では瑕疵担保責任の隠れた瑕疵に当るとして、売買代金の20%を損害として認めた。また、東京地裁 平成20年5月29日判決では、宅地の買主が住宅を建築しようとしたところ、暴力団関係者の可能性のある隣人から脅迫的言辞をもって設計変更を求められた事案で、買主からの契約解除の請求は認められなかったが、やはり隠れた瑕疵に当るとして、瑕疵担保責任を認め損害賠償請求の一部を認容した。

(4)

 以上のような事案を見ると、本件事案においても隠れた瑕疵に該当するとは言えなくもないようにも考えられるが、瑕疵担保責任は否定し信義則による説明義務違反という認定をした点が今後の不動産取引の参考となるものと認められる。

(5)  不動産取引においては、売主及び媒介業者は不動産の近隣の問題についても常に留意して取引しなければならないものである。

(一財)大阪府宅地建物取引主任者センターメールマガジン平成26年12月号執筆分