賃貸借契約における建物明渡請求について(判例解説)



弁護士 澤  登

1 はじめに


 本稿では、賃貸借契約における建物明渡請求に関連した2つの判例を紹介します。
 一つは、賃貸人が管理会社を通じて滞納賃料を督促する方法として貸室のドアに張り紙をした場合、賃借人の名誉を棄損するものとして慰謝料の請求が認められるかという問題の裁判例です。もう一つは、入居者が暴力団員であることが判明した場合には明渡請求できるという市営住宅条例に基づき、市が暴力団員であることが判明した入居者に対して明渡請求をすることは憲法に違反するかという問題の裁判例です。

2 滞納賃料の督促方法の判例について

 東京地裁平成26年9月11日判決(RETIO 99、86頁/ウエストロージャパン(2014WLJPCA09118007)の事案)

事案の内容

本件は次のとおり(1)から(3)の行為が不法行為にあたるかどうかが争点となった事案です。

(1) 違法物件の賃貸について

 賃貸人である被告が、平成25年5月8日通風、日照の点において賃借人である原告 の人格権を侵害する違法な物件を賃貸したことにより、賃借人である原告が精神的苦痛 を受けたとして原告が損害賠償を請求しました。

(2) 貼り紙の貼付について

 賃借人である原告は、平成25年7月27日に支払期限が到来した同年8月分の賃料及び管理費を支払わず、その後も支払いませんでした。
賃借人である原告は前記(1)の損害賠償請求を平成25年8月5日付書面で行いました。
 他方、本件貸室の賃貸借契約の仲介業者は平成25年8月5日以降、賃借人に対して連絡を取ろうとしましたが、連絡は取れませんでした。そこで、同月20日、上記仲介業者の担当者は本件貸室のドアに「滞納家賃を期限までに支払わない場合には賃貸借契約を解除し鍵を交換する」という内容の貼り紙を貼りつけました。貼り紙記載の貸主の名前には誤記がありました。そして、同月22日、上記担当者は再度、本件貸室を訪問して、貸主名を訂正した上記貼り紙と同じ内容の貼り紙を本件貸室のドアに貼り付けました。

(3)  鍵の交換、動産の処分等の告知について

 賃貸人は平成25年8月28日付及び同月29日付書面で賃借人に対し、延滞賃料の支払がない場合には、鍵の交換、動産の処分を行う旨を告知しました。
本件は賃借人である原告が賃貸人である被告に対して(1)から(3)の行為について不法行為に基づく損害賠償請求をした事案です。

裁判所の判断

(1) 違法物件の賃貸について

 本件貸室の通風、日照が良好でないとしても、それをもって直ちに本件貸室の賃貸が原告(賃借人)の人格権を侵害する不法行為にあたるということはできないと判断しました。

(2) 貼り紙の貼付について

 賃貸人が管理会社を通じて、滞納家賃を催告し期限までに支払がない場合には賃貸借契約を解除して鍵を交換する旨の貼り紙を2回する行為は、賃借人に対し連絡が取れない状況にあったことを考慮してもなお、1ヶ月分の滞納賃料の督促の方法として社会通念上相当性を欠く違法なものであり、これらによる賃借人の慰謝料は3万円と認めるのが相当であると判断しました。

(3) 鍵の交換、動産の処分の告知について

 賃料を滞納した賃借人に対してその支払を督促する以上、その督促の表現は相当強硬なものとなることはやむをえないものであるから、このような告知が違法であるとはいえないと判断しました。

 コメント

 本件は、貸室のドアに「滞納家賃を催告し期限までに支払がない場合には賃貸借契約を解除し鍵を交換する」という内容の貼り紙を2回貼付したものですが、賃借人に連絡がとれなかったからといっても、1ヶ月分の滞納賃料の督促の方法としては社会通念上相当性を欠くとして慰謝料3万円を認めました。

 今回は貼り紙の貼付が不法行為と認定されましたが、他の判例では貼り紙が不法行為にあたらないと判断したものもあります(東京地裁昭和62年3月13日、判例時報1281号107頁)。この判例は、3ヶ月の賃料不払いで、賃借人に対して連絡が取れず、また、退去すると言って退去しなかった際に2回貼付したもので、さらに、貼り紙の内容も「連絡を請う」とか「12月15日までに退去とのことであったが、いまだ立ち退かず返答されたし」という内容でした。この場合は、やむをえず行った貼付行為は社会通念上是認できると判断されました。社会通念上、認められるかどうかが判断の分かれ目になると考えられます。

 賃貸人や管理会社が貸室のドアなどに貼り紙を貼付して督促する場合には、賃料の不払期間、不払の理由、賃借人に連絡がつくかどうかなどの賃借人の対応状況などから慎重に判断することが必要です。原則として、賃料の督促のために貼り紙をすることは賃借人の私生活を害する可能性が高いので貼り紙などの督促方法は控えるのが無難でしょう。なお、「賃料を滞納した場合、賃借人は賃貸人の督促方法について異議を述べない」などと賃貸借契約にそのような条項があっても貼り紙の貼付が不法行為にあたることについては変わりはありませんので気をつけてください。

3 反社会的勢力と明渡請求の判例について

 最高裁平成27年3月27日判決(ウエストロージャパン(2015WLJPCA03279001 の事案))

事案の内容

 X市は平成17年8月、X市住宅条例の規定に基づき本件市営住宅の入居者をY1とする旨決定しました。平成19年12月、X市は本件条例を改正し、暴力団員であることが判明したときは市営住宅の明渡請求ができるとしました。平成22年8月、XはY1に対し、Y2Y3を同居させることを承諾しました。その際、Y1らは名義人又は同居者が暴力団員であることが判明したときは、ただちに住宅を明け渡すという誓約書をXに提出しました。Xは平成22年10月、警察からの連絡によりY1が暴力団員である事実を知りました。そこでXは同月、Y1らに対し本規定に基づき本件住宅の明渡しを請求しました。一審はXの主張を認め、二審もY1らの控訴を棄却しました。


裁判所の判断

 上告人であるY1らは市営住宅条例で入居者が暴力団員であることが判明した場合に明渡請求できる定めは合理的な理由のないまま暴力団員を不利に扱うものであり憲法14条1項(法の下の平等)に違反し、また、本規定は必要な限度を超えて居住の自由を制限するものであり憲法22条1項(居住の自由)に違反すると主張しました。これに対して最高裁は公営住宅条例における暴力団排除規定は合憲であると判断しました。その理由は、地方公共団体には、公営住宅の入居者の選定にあたり一定の裁量があること、暴力団員が入居することにより他の入居者の生活の平穏が害されるおそれがあること、他方、暴力団員は自らの意思により暴力団を脱退し暴力団員でなくなることが可能であり、また、当該市営住宅以外における居住についてまで制限を受けるわけでないことなどです。以上の点から本件規定は暴力団員について合理的な理由のない差別をするものではなく憲法14条1項に違反しないし、また、本件規定による居住の制限は公共の福祉による必要かつ合理的なものであり憲法22条1項にも違反するものでないと判断しました。

コメント

 公営住宅における暴力団員廃除については、都道府県知事あての国土交通省住宅局長通知(平成19年6月1日付け国住備第14号)により基本方針が示され、それを受けて多くの自治体で暴力団排除の規定が設けられるようになりました。本件は、公営住宅条例における暴力団排除規定の合憲性について最高裁が判断を示した事例で、合憲であるという判断についてはあまり異論がないかと思います。

 さて、民間の賃貸借契約における暴力団排除についてはどうなるのでしょうか。民間の賃貸住宅での暴力団員の入居については、新規入居に関しては住宅の賃貸借契約のような私人間の法律関係については「契約自由の原則」が該当しますので、貸主は誰に貸すかということは自由に決定することができ、暴力団員を入居させないことは勿論できます。しかし、一旦契約を結んでしまった以上、借主が暴力団員であることが判明してもそれだけでは一方的に契約を解除することは難しいといえます。ただし、賃貸借契約に「暴力団員であることが判明した場合には賃貸借契約を解除できる」という特約条項を入れておけば、原則として賃貸借契約を解除できると考えられます。なお、暴力団員が他人名義で賃貸借契約を締結して入居した場合には、名義人への無断転貸を理由として賃貸借契約を解除したり、錯誤を理由に賃貸借契約の無効を主張し明渡請求することができると考えます。

以上

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成28年3月号執筆分