戸建住宅売買時における留意点(高圧線下地の調査・説明義務、判例解説)
 

弁護士  新村  守

第1 はじめに

 不動産取引を巡る紛争については、説明義務違反の問題が大きな割合を占めているところです。
 今回は、高圧送電線の振れ幅下地であることを見落とし、その説明を行わなかったという事例についての裁判例をご紹介し、その検討を行います。

第2 裁判例(東京地裁H27.12.25 RETIO 106号110頁)

1 事案の概要
  (1)  平成24年10月、買主Xは、売主不動産業者Y1との間で、媒介業者Y2の媒介により、本件不動産(本件戸建住宅及び本件道路)を3,320万円で購入する売買契約を締結し、Xは、Y1に対し売買代金全額を、Y2には仲介手数料89万円余を支払った。

  (2)  しかし、Y2は、本件不動産の上空付近を通っている電力会社の所有する高圧送電線(本件送電線)についての調査を行わなかったため、本件不動産は、本件送電線の直下には存在しないが、本件送電線の振れ幅に、本件宅地のうち7.97uおよび本件道路のうち31.91uが掛かること、当該部分については電力会社との間で、建造物構造及び工作物設置の制限、補償料の支払い等を内容とする契約を締結する必要があることを見落とし、本件売買契約に際し、そのことをXに説明しなかった。

  (3)  その後、本件不動産の上空に本件送電が存在することを知ったXは、本件不動産には建造物の制限等があり、また、本件送電線の存在は、本件建物やXら家族に危険が迫る可能性がある等の理由から、購入目的を達することができないとして、Yらに対して、主位的に、瑕疵担保責任または説明義務違反による債務不履行に基づき売買契約の解除と売買代金の返還、契約解除に伴う損害賠償金の支払を求め(本件請求@)、予備的に、調査または説明義務違反として、債務不履行または不法行為に基づき損害賠償等の支払いを求め(本件請求A)、本件訴訟を提起した。

  (4)  Yらは、本件送電線に関し調査説明を行わなかったことを認めたが、本件不動産は第1種低層住宅専用地域にあり、本件制限は建築基準法等の制限を超えて影響を及ぼすものではないこと、危険性等も具体的なものではないこと、売買価格も本件送電線が上空にあることを考慮して割安に設定してあることを主張した。

2 裁判所の判断(要旨)

  (1) 本件請求@(売買契約の解除)について
   本件送電線の振れ幅は、本件不動産の一部に掛かるに留まるものではあるが、電力会社との契約により制限を受けるものであり、また多額ではないが補償金が支払われることから、「瑕疵」があるとは認められる。

   しかし制限を受けるのは本件宅地のわずか7.97uであって、当該部分には本件建物は存在していないか、仮に存在しても、その範囲はわずかであること、本件制限のうち建築(高さ)等の制限は行政上の規制を超えるものではないし、それ以外の制限も、特殊な用途の建物の建築を制限するものや一時的な立ち入りを認めるにすぎないものといえ、直ちに、住宅として本件建物の存立や安定的な住環境の維持に影響を及ぼすとは認められない。

   また、Xが主張する荒天や積雪により本件送電線が破損する等の危険性は抽象的なものにすぎないし、電波障害や電磁波等も、科学的な根拠に裏付けられた具体的・客観的なものとはいえない。

   したがって、本件制限が瑕疵に当たるとはいえ、その制限は大きいとまではいえず、また本件送電線の存在自体も直ちに瑕疵に当たるとは言い難いことから、Xは瑕疵担保責任または説明義務違反に基づき売買契約を解除することはできない。

  (2) 本件請求A(損害賠償)について
   本件制限は瑕疵に当たるから、Xが損害を受けた場合には、Yらは賠償する義務を負う。

   しかし、Y提出の不動産価格査定報告書によれば、本件不動産の売却価格は近隣不動産の売却価格に比して低額になっており、本件送電線の存在を考慮して決定されたものと推認でき、かかる値引き率はX提出の査定書が示す値引き率とも大きく食い違っていない。このことから、本件不動産の価格は、本件送電線を考慮して決定されたと認めることができ、本件不動産の財産的価値に係る損害賠償請求を認めることはできない。

   もっとも、Xは本件送電線の説明を受けないまま本件売買契約を締結させられることになったのであって、Yらの説明義務違反は、Xが十分な情報の提供を受けた上で締結するか否かの決定機会を奪った不法行為に該当すると認められ、これに対する慰謝料として、本件一切の事情も併せ鑑みて、Yらは連帯して、慰謝料100万円、弁護士費用相当額10万円の支払い義務を負うものと認められる。

第3 検討

  1 契約解除について
     裁判例では、本件制限が「瑕疵」に該当するとしつつ、制限が大きいものではないという理由で解除は認められないということになりました。本件は戸建住宅の販売であり、当該物件での居住という目的が存在したことから、本件送電線の存在による制限は大きなものではないと判断されたのだろうと思います。
 逆にいうと、購入目的が当該物件での居住ではなく、別の建物を建設することにあり、本件送電線が存在したために、予定していた建物の建築ができなくなるなど、その目的が実現できない場合には、異なる判断もあり得るのではないかと思います。

  2 経済的損害について
     裁判例では、近隣不動産との比較などから、本件不動産の売却価格が本件送電線を考慮して決定されたものと認定され、経済的損害はないと判断されました。
 これも逆にいうと、送電線の存在を見落として、近隣不動産などと同等の金額で販売されていた場合には、経済的損害があると判断されることもあり得るということになりますので、注意が必要です。

  3 慰謝料について
     上記のとおり、経済的損害はないとされたにもかかわらず、裁判例では「十分な情報の提供を受けた上で締結するか否かの決定機会を奪った不法行為」として慰謝料が認められました。
 説明義務違反が認められた場合、明白な経済的損害がなくても、損害賠償が認められる余地があるということですので、やはり、事前の調査や説明については、相当の注意が必要であるということがいえると思います。


(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成29年11月号執筆分