土壌汚染と瑕疵担保責任A


弁護士 澤  登

1. はじめに

 前回は、売買契約書中に土壌汚染に対する引渡前調査の条項が盛り込まれた事案についての裁判例(東京地判平27.3.10 RETIO 101号100頁)が紹介されました。今回は土地売買後に発見された土地汚染の一部を隠れた瑕疵と認め、買主の損害賠償請求を一部認容した裁判例を紹介し、今回の事例から学ぶべき留意点などをご説明いたします。

2. 裁判例(東京地判 平27.8.7 RETIO 108号128頁)
(1) 事案の概要

 買主X(原告・大手製紙業者)は、売主Y(被告・公的研究機関)から、Yが研究施設として用いてきた土地及び建物を、公開入札を経て売買代金40億1000万円で取得した。Yは入札に先立ち、地理的、内容的に限定された範囲で土地の土壌汚染につき調査を行ったところ、一部に土壌汚染対策法の基準値を超える特定有害物質が検出された。Yは入札手続においてこの結果を公表した上、検出された汚染については、Yの負担で除去することを約し、実際にYにより除去工事が実施された。また、Xは入札手続において、Yに対し、土地の一部につき土壌汚染の存否が不明であることを前提とする売買である認識を示した上で、将来的に汚染が発生した場合の浄化費用の負担について質問したところ、Yは土壌汚染対策法7条1項ただし書きに基づいて対応する旨を回答し、同条1項の条文を引用した。
 Xは、本件土地及び建物を落札し、Yによる土壌汚染の除去工事を終えた後、本件土地の土壌汚染につき改めて調査を行ったところ、一定の範囲で、基準値を上回る特定有害物質等の汚染物質が検出された。
 Xは、主位的に、Xによる調査によって発見された汚染物質が本件土地の隠れた瑕疵に当たるとして瑕疵担保責任に基づき、予備的には土壌浄化義務の債務不履行責任に基づき、当該瑕疵が判明していたならば減価されていた価格相当額として3億6000万円及び調査費用相当額として7950万円余の賠償を求めた事案である。

(2)

裁判所の判断

 裁判所は、次のように判断して、Xの請求を一部認容しました。

ア) 隠れた瑕疵にあたるかどうか。
 隠れた瑕疵に該当するかどうかについて、当事者の合意を重視する考えを採ることを明らかにした最高裁平成22年6月1日判決を引用して、本件土地に一切の汚染が存在しないことが、XY間で予定されていたとは認められないが、工場用地としての利用に支障を生じさせる汚染については、これが存在しないことが予定されていたと認められ、したがって、土壌汚染の濃度や分布状況に照らし、工場用地としての利用に支障を生じさせる汚染は隠れた瑕疵に該当するとした。つまり本件売買の当事者間において予定されていた本件土地の品質及び性能を基準に、Xの主張する本件土地の土壌汚染の一部についてのみ隠れた瑕疵に該当すると判断した。

イ) 担保責任を制限する特約の成立の有無。
 契約交渉過程や、Xの質問に対するYの回答が「土壌汚染対策法第7条ただし書きに基づき対応」する旨を述べたに過ぎないことから、Yの瑕疵担保責任を制限する特約が締結されたとは認められないと判断した。

ウ) Yに汚染浄化義務違反があるか。
 契約の内容や汚染の程度に照らすと、Yの調査によっても発見されなかったものを含め全ての土壌汚染を浄化することを定めた趣旨とまでは認めることはできず、Yの調査によって発見された汚染物質が除去されている以上、Yの浄化義務は履行されている。Xの調査によって、Yによる工事の対象とされていない深度において汚染物質が発見されたとしても、Yの義務が履行されていないとはいえないとして汚染浄化義務の不履行を認めなかった。

エ) 損害論(調査費用について)。
 調査費用については、隠れた瑕疵の有無を判断するための調査は、隠れた瑕疵があるか否かに関わらず生ずるものであるから、瑕疵との因果関係が認められる損害には該当しないが、隠れた瑕疵が存することを前提の対策方法を判断するための調査は、隠れた瑕疵が存することによって必要となるものであるから、瑕疵との因果関係が認められる損害に該当するとし、調査費用総額のうち土壌汚染の存する面積比率約35%の1800万円を認めた。
 また、本件土地の減価額相当額については、Xにおいて直ちに汚染を除去するべき法令上の義務があるわけではなく、義務が生じる場合であっても必ずしも堀削除去が必要となるわけでなく、かつ、Xが予定していた本件土地の利用方法に鑑みれば、将来、法令上義務付けられ得る対策の範囲は明らかでなかったとした上で、本件瑕疵全部の堀削除去・運搬処理等の費用合計額の5割に相当する7217万円余を認めた。

(3) 本事例から学ぶ留意点
 本判決は、リーディングケースである前掲の平成22年最高裁判決が判示した「売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されているかについては、売買契約締結当時の取引観念を斟酌して判断すべき」に沿うものであり多数の同種の判例と同じ考えにたつものであり、それほど目新しいものではありません。
 しかし、本件は当事者間で一定程度の土壌汚染が存在することが認識されていたものの、明確な合意はありませんでした。当事者間で土壌汚染の存在が認識されていても、明確な合意がないために紛争となったケースで、当事者間で明確な合意を定めていれば紛争を予防できたものであると言えます。
 土壌汚染は、汚染物質の種類や程度が複雑で、その調査も費用との関係で精度に限界があり、また、汚染除去方法についても色々な方法があります。
 それだけに、宅建業に携わる者としては、土壌汚染に関しては、当事者間で、汚染物質の種類・程度・基準値、調査対象・調査方法・調査時期、汚染除去の実施方法・実施範囲などを明確に合意し、かつ、詳細に明記しておくことが必要です。
 土壌汚染についての瑕疵担保責任に関する紛争を防止するためには、当事者間で売主がどの範囲まで担保責任を負うのかを明確に合意しておくことが必要であることを教えてくれる判例であると言えます。


以上


(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成30年4月号執筆分