賃貸物件の更新料不払いと契約解除について(判例解説)


弁護士  田仲 美穗

1.はじめに

 民法541条によれば,些細な債務不履行であったとしても,債権者は催告して契約を解除できるのが本則です。しかしながら,不動産賃貸借の場合,賃借人の些細な債務不履行によって契約が解除されてしまうとすると,賃借人は住居や仕事場などの生活基盤を失うこととなり余りに損失が大きく不均衡です。そこで,判例は,信頼関係を破壊しないような些細な債務不履行では解除できないという「信頼関係の法理」を採用しました(最判S39.7.28民集18-6-1220判例タイムス165-76ほか)。
 以下でご紹介する事例は,この「信頼関係の法理」を前提として,建物賃貸借契約において,更新料の不払いがあったときに,契約解除ができるか否かが争われたものです。なお,説明の便宜のため,事案は簡易化しています。

2.裁判例(東京地判H29.9.28RETIO 110-122)

(1) 事案の概要
ア)  平成24年11月,賃貸人X(法人)は,賃借人Y(個人)との間で,下記内容の建物賃貸借契約を締結し,引き渡した。

              記
@月額賃料 56,000円
A賃貸期間 2年
B更新特約 当事者協議の上,Yが賃料1か月分の更新料を支払うことにより更新できる

  イ)  平成26年10月,XはYに対し,更新する場合は賃料1か月分の更新料を支払う必要がある旨を記載した通知書を送付した。Yは,通知書に同封されていた回答書用紙において,更新を希望する旨のチェック欄にチェックを入れて返送した。

  ウ)  その後,XはYに対し,再三,上記の第1回の更新料の支払いを求めたが,口頭弁論終結時までの2年9か月あまり,Xは支払いに応じなかった。

  エ)  平成28年10月,契約上の第2回の更新時期に先立ち,Xは,第1回の更新料に加えて,賃料1か月分の第2回更新料を合わせて支払わない限り,更新するつもりはない旨通知した。この後も,Yは,賃料を支払い,建物の使用を継続したが,支払い催告を受けても口頭弁論終結時までの9か月あまり,更新料の支払いをしなかった。

  オ)  そこで,平成29年6月,Xは,@2回分の更新料の支払い,A本件建物明渡,を求めて訴えを提起し,訴状において,本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

  カ)  訴訟において,Yは,更新料の支払いをしないのは,Xが更新後の契約書の交付をしないこと,本件建物の鍵を修理してくれないこと,共用部分の掃除をしてくれないことが原因であり,今後も契約書の交付がなければ更新料を支払うつもりはない,本件契約は法定更新になっているから更新料の不払いは解除事由にならない,などと主張して争った。

  キ)  本件のXY間には,賃料等保証委託や火災保険の加入をめぐっても意見対立がある。

(2) 裁判所の判断
裁判所は,次のように判示し,Xの請求をすべて認めた。

  @ 更新料の支払い義務(更新特約に基づく更新の有無)
   第1回更新の前後を通じて,Xは第1回更新料の支払いを求めており,Yも更新特約に基づいて更新を行う旨の意思を表明したから,第1回更新は更新特約に基づいて行われた。
 第2回更新の前後を通じて,Xは第2回更新料の支払いを求めており,Yとしても,第2回更新料の支払い債務が発生していることを前提に,Xの対応が改善されない限り,債務を履行する意思がないことを表明しているから,当事者の合理的意思解釈としては,第2回更新は更新特約に基づいて行われた。

  A 明渡義務(信頼関係破壊の有無)
   更新料の不払いは,不払いの体様,経緯その他の事情からみて,XY間の信頼関係を著しく破壊すると認められる場合には,更新後の賃貸借契約の解除原因となりうる(最判S59.4.20民集38-6-610判例タイムス526-129ほか)。
 本件では更新料の不払いが相当長期に及んでおり,不払いの額も少額ではないこと,Yの主張する支払わない理由には法的な根拠がなく,したがってYは合理的な理由なく不払いをしており,今後も不払いが任意に解消される見込みは低く,XY間の協議でその解消を図ることも期待できないことなどに照らすと,本件更新料の不払いは賃貸借契約の当事者の信頼関係を維持する基盤を失わせるに足りる程度の著しい背信行為である。
 よって,本件更新料の不払いは,無催告解除の原因となり,本件賃貸借契約は終了しているから,Yは本件建物を明け渡す義務を負う。



3.コメント

(1) 本裁判例の第1のポイントは信頼関係の法理です。
 本件では上記のような事実摘示のもとで,更新料不払いが信頼関係を維持する基盤を失わせるに足りる程度の著しい背信行為であるとして無催告解除が認められました(これに対し,賃料2か月分の更新料を支払期から2年後に支払った事案につき,信頼関係の破壊を否定し,解除を認めなかった事例として,東京地判H23.11.30RETIO87-94)。
 信頼関係の法理について少し補足します。

ア) 信頼関係の法理は,冒頭で述べたとおり,不動産賃貸借において,賃借人の些細な債務不履行の場合の賃貸人の解除権を制限する法理として成立し,確立した判例法理となったものです。

イ) この法理では,些細な債務不履行があっても解除できないとする反面,債務不履行がなくても信頼関係が破壊されている場合には解除が認められます(例えば,借家人の内縁の夫が家主の生活の平穏を脅かし侮辱的言動した事案につき解除を認めた東京地判S37.6.26判例時報312-31)。

ウ) 不動産賃貸借の解除にも催告を要するのが原則と解されていますが,本件のように信頼関係破壊の程度がひどいと評価される場合には,催告なしの解除(無催告解除)が認められます(最判S27.4.25民集22-12-2741判例タイムス20-59ほか)。

エ) 信頼関係の法理は,はじめは不動産賃貸借に特有の議論でしたが,その後,不動産賃貸借に類似するような信頼関係を基礎とする継続的契約についても,信頼関係の法理が適用されると考えられるようになっています(例えば,高性能小型電動モーターの販売代理店契約につき東京地判H17.7.6判例タイムス1214-226ほか)。

(2) 本裁判例の第2のポイントは,更新料の不払いは更新後の賃貸借契約の解除原因となるのかという問題について,肯定したことです(なお,更新料の不払いが更新契約の解除原因となることは争いがないと思われます。)。
 従来,下級審は結論が分かれ,更新料の不払いは法定更新された賃貸借契約の債務不履行にあたらないとして否定するもの(東京高判S45.12.8判例タイムス260-216)と,肯定するもの(東京高判S54.1.24判例タイムス383-106)とが存在していました。
 そのような中で,本裁判例が摘示する最判S59.4.20は,当該更新料の支払いは,賃料の支払いと同様,更新後の当該賃貸借契約の重要な要素として組み込まれ,その賃貸借契約の当事者の信頼関係を維持する基盤をなしているものというべきであるから,その不払は,右基盤を失わせる著しい背信行為として当該賃貸借契約それ自体の解除原因となりうると判示し,肯定説に立つことを明らかにしました。
 本裁判例もこの最判を踏襲し,肯定説に立ったものです。

(3) 本裁判例の第3のポイントは,更新の合意があったという事実認定です。
 本裁判例は,第1回更新については,Xが更新料の支払いを求め,Yも更新特約に基づいて更新を行う旨の意思を表明したことから,更新合意の成立を認めました。また第2回更新についても,Xが更新料の支払いを求め,Yとしても,第2回更新料の支払い債務が発生していることを前提に,Xの対応が改善されない限り,債務を履行する意思がないことを表明していることなどから,更新合意の成立を認めました。
 更新合意が成立したとすれば,Yは更新料特約に基づき,第1回,第2回の更新料支払い義務を負うことになります。

(4) では,もし仮に更新の合意はなく,法定更新であったと認定されたとすれば,結論はどうなったでしょうか。Yは法定更新だから更新料の支払いは必要ないと主張していましたが,その主張が通ったのかどうかです。
 この点,京都地判H16.5.16は,更新料等を支払う旨の条項が法定更新にも適用されるかどうかは,契約をめぐる様々な事情を考慮して,判断すべきものであるが,当事者の意思が,法定更新の場合にも更新料等を支払う旨の約定が適用されるものであることが明らかであったり,それについて合理的な理由がある場合を除いては,法定更新の場合に適用を認めることには慎重であるべきだ,と判示し,当該の事案では更新料支払い義務を否定しました。この京都地判の判断枠組に立つとすると,本件の事情にもよりますが,Yの主張が通った可能性があります。
 この京都地判に対し,法定更新の場合にも更新料支払い義務を肯定した裁判例もあります。すなわち,東京地判H22.8.26(RETIO 83-142)は,当該の更新料条項の解釈として自動更新の場合に限定するものではなく,更新一般の場合に更新料を支払うべきことを定めたものと解すべきだとして,法定更新の場合にも更新料支払い義務を肯定しました。ただし,この東京地裁の判断枠組に立つとしても,本事案では条項が「当事者協議の上,…更新料を支払うことにより更新できる」と規定されており,この文言からは,協議がない法定更新をも含むと読むことには無理がある(つまり,Yの主張が通る)かもしれません。
 以上要するに,当事者の意思に帰着するということであり,そうすると,当事者が定めた条項の文言,その条項を定めるに至った経緯その他当該条項をめぐる諸般の事情を考慮して,当事者の合理的意思を推認することになるものと考えられます。
 
以上
 

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成30年12月号執筆分