隣接建物越境に関し誤った説明をしたとして媒介手数料を支払わない買主に対する、媒介業者の支払請求が認容された事例(東京地裁:令和元・6・25)


弁護士 広瀬 元太郎


1 はじめに

売買対象不動産の境界確定がされておらず、また、確定することが困難な場合があります。
 本件は、媒介業者が買主に対し、越境している可能性のある部分を指摘しました。媒介業者は、その部分以外には越境部分がないという意味ではなく、(その部分以外にも越境部分がある可能性があるが、)特に、その部分が越境している可能性が高いため、その点を指摘したと思われます。
 しかし、買主(買主も宅建業者でした。この点は、本判決を検討するにあたっては注意すべき点であります)は、「媒介業者は、その部分以外の越境はない旨説明した」と主張しました。
 本件訴訟は、媒介業者(以降「]」といいます)が原告で、買主(以降「Y」といいます)が被告です。上記の説明義務違反を理由として、Yが媒介手数料を支払わなかったところ、XがYに対し、媒介手数料の支払いを求めて提起した訴訟です。

2 事案の概要

(1)
平成29年9月中旬、宅建業者であるYは、Aが所有する土地(以下「本物件」といいます)の購入を希望し、媒介業者Xの事務所を訪問しました。

(2)
その際、XはYに対して、本物件は境界確定手続きを行うと時間がかかるため、@売買契約を締結する場合は、現状有姿、公簿売買となること、A南東側隣地の建物の一部が越境している可能性があること、B第三者の給水管が本物件に越境している可能性があること、を説明しました。

(3)
9月21日、YはXに対し、A宛の買付申込書を送付します。買付申込書には、
・本物件に隣接する境界については、現況有姿とし、境界非明示で買い受ける。
・本物件の越境物があることを確認し、現況にて引き受けるものとする。等の記載がありました。

(4)
10月5日、XY間の媒介契約締結。同日、売買代金1億3000万円、手付金650万円、決済日12月22日との内容で売買契約を締結。売買契約には、次の特約等が記載されていました。
@Yは、東南側隣地からの建物の一部及び万年塀の越境があることを
 確認の上買い受ける。
AYは、Aが境界標を明示せず、かつ、境界標がない場合でも新たに
 境界標を設置しないことを確認の上、買い受ける。
B引き渡し後、境界について紛争が生じても、Aは一切の責任を負わ
 ず、Yの責任と負担において処理解決する。
 また、契約時、Aの代理人からYに対し、「越境の場所・状況」欄
 に、「越境があり、「南側の軒」と記載された、物件状況等報告が
 交付されました。

(5)
12月13日、隣地所有者の立会はなされずに図面が作成されました。その図面には、東南側との隣地境界を示すコンクリート杭の上に東南側隣地の建物が建っている旨の記載がありました。

(6)
12月22日(当初予定された決済日)、決済が延期され、代金の減額が行われました。下記の内容の合意書が締結されました。
@新決済日を翌年(平成30年)1月25日とする。
A売買代金を115万円減額する。
BAは、本物件すべての境界について瑕疵担保責任を一切負わず、Yは
 本件各不動産の境界に関し、Aに何らの異議を述べず、何らの請求も
 しない。

(7)
平成30年1月25日、残金決済が行われました。

(8)
その後、Yは、YがXから「東南側の隣地の建物部分は、軒以外に越境していない」と説明を受けたにもかかわらず、東南側の隣地の建物は、軒以外の部分が越境していたということを理由として、YはXに対して損害賠償請求権があるとし、その損害賠償請求権と媒介手数料を相殺するとして、媒介手数料を支払いませんでした。そこで、Xが提訴しました。

3 本件の争点

(1)
YがXに対し、「東南側の隣地の建物部分は、軒以外に越境していない」と説明したか否か(東南側の隣地の建物は、軒以外の部分でも越境しているとYは主張しています)。

(2)
実際にY主張の部分が越境しているのか。

4 なぜこのような問題が発生するのか

 一般的に人が他人から説明を受ける場合、自分に有利に解釈する傾向があります。
 本件も、Xは「どこが越境しているか不明であるが、少なくとも東南側隣地の建物の一部が越境している可能性がある」と、越境の一例を説明したのでしょう。
 それに対し、Yは、「東南側の隣地の建物部分は、軒以外に越境していない」と解釈したと思われます(私見ではありますが、少なくとも、宅建業者であれば、通常はこのような誤解があるとは考えにくいですが)。

5 裁判所の判断

(1)
物件状況報告書に「南側の軒」との記載があることから、XがYに対して、南東側の隣家の建物の軒が越境していると話した可能性はある。

(2)
東側隣地との境界を示すコンクリート杭上に、南東側隣地の建物が存在する点、契約締結後115万円の減額がなされている点から、AY間で本物件の南東側隣地の越境に関し、それがきっかけとなり代金減額がなされた可能性がある。

(3)
買付証明書の記載や契約書面での、@Yは,東南側隣接地から建物の一部及び万年塀の越境があることを確認の上買い受ける。AYは、境界標を明示せず、かつ、境界標がない場合でも新たに境界標を設置しないことを確認の上買い受ける。B引渡後、境界について紛争が生じても、Aは一切の責任を負わず、Yの責任と負担において処理解決するものとする旨の記載によると、本物件の境界確定の問題は、東南側を含む全方位の可能性があり、東南側の隣地の建物が本件斜線部分(Yが主張する軒以外の越境部分)で越境しているかについては明らかでない。

(4)
また、東南側の隣家の建物の越境に関して、買付証明書、売買契約書に、越境が軒先に限る旨、あるいは建物が越境していない旨の記載はない。

(5)
そうすると、本物件について、Yが主張する東南側の隣地の建物が本件斜線部分で越境している事実、XがYに対し、東南側の隣地の建物部分は軒以外に越境していない旨を説明した事実を推認することはできず、他にY主張の各事実を認めるに足りる証拠はない。

(6)
よって、Yの相殺の抗弁(媒介手数料と損害賠償を相殺して、媒介手数料を支払わないとの主張)は、認められない。

6 取引において注意を要すること

(1)
本件を見る限りにおいて、裁判所は妥当な判断をしたと考えるが、本件はYが宅建業者であり、通常本件のような経過であれば、プロであれば、越境場所が多数存在する可能性があると考えるのが通常であると裁判所が判断した可能性も否定できない。

(2)
そうすると、Yが宅建業者でなければ、別の判断が出てくる可能性もあるし、本件ほどXに有利な証拠(買付証明書の記載、契約書の特約事項、決済部延期の合意書)が揃っていなければ、Xが勝訴しなかった可能性もある。

(3)
媒介業者としてのリスクを軽減するために、説明した越境箇所につき、「それが全てなのか」「他の部分も越境の可能性があるのか」を明記しておく必要がある。そうすれば、双方が自己に有利な解釈を行うことによって紛争が発生する危険性もなくなるし、紛争発生時に有利な展開に持ち込める。

(4)
また、本件では、最初のXの説明(南東側隣地の建物の一部越境)、物件状況報告書の記載(「南側の軒」)、図面の記載(コンクリート杭上の建物の存在)に微妙な違いが感じられるが、これも紛争の原因となったと考えられる。媒介業者は、買主に図面を交付したり説明したりする場合には、契約、重要事項説明書、物件状況報告書等の書類間で、齟齬、誤解の内容に注意することが必要である。

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和3年1月号執筆分