1 はじめに
平成20年頃から、家賃保証業者等が賃貸物件の鍵を付け替えるなどして実力で賃借人の占有を排除する行為、法的手続によらないで賃貸物件内の動産の撤去処分等を行う行為等、いわゆる「追出し」行為が社会的に問題となりました。
追出し行為は、法的手段によることなく自力で権利の実現を目指す行為であり、許されません。
今回ご紹介する裁判例は、賃貸人の追出し行為によって損害を被ったとして賃借人が賃貸人に対し損害賠償を請求し、認められた事案(平成30年3月22日東京地方裁判所判決)です。
2 事案の概要
(1)
X1は、平成24年5月頃、金銭を借りていたBから、Bが取締役、Bの兄Aが代表取締役であるY社が所有する本件物件を紹介され、Y社との間で賃貸借契約を締結し、以後、妻X2と共に本件物件で生活していた。
(2)
X1は、平成25年5月分から賃料を支払わなくなった。
Y社の代表取締役Aは、同年8月1日、X1らが外出中に、本件物件の玄関扉の鍵穴に金属製カバーを取り付け、解錠できないようにした。
X1らは本件物件から閉め出され、X1はタクシー運転手としての売上金から前借りをしてサウナやネットカフェで寝泊まりし、X2はかつて両親が居住していた居宅兼店舗や娘宅で生活せざるを得なかった。
(3)
Aは8月26日にX1を呼び出し、本件物件を5日後(31日)までに明け渡す旨の合意書に署名押印すれば本件物件に入れるようにすると言って、合意書の取り交わしを迫った。
X1は、本件物件に入りたい一心で、@明渡期限を9月10日とすること(かろうじて期限を10日延長してもらっている)、A9月10日以降に本件物件内に残置した動産についてはY社が処分することができると記載された合意書にやむなく署名押印した。
X1らが本件物件内に入ると、室内は侵入者に荒らされたように荷物が散乱しており、テレビ、ブランド物のバッグや財布、銀行の預金通帳等がなくなっていた。X1らは当面必要な物を持ち出し、その後も何回か生活必需品を持ち出した。
(4)
明渡期限である9月10日、BがX1の携帯電話に「家のほうはかたずきましたか?明日業者を頼んでかたずけるんですけど、だいじょうぶですか?」(原文ママ)とのショートメールを送信した。
2日後である12日、X1が本件物件に入ると、8月26日の時点では存在していた家財道具、家族写真やビデオ、手紙やハガキなどの思い出の品々が全てなくなっていた。
(5)
その後、X1は代理人弁護士を通じてY社に対し、平成25年11月29日付内容証明郵便にて@X1の家財道具一式の返還、Aそれができない場合は価額賠償、B慰謝料の支払いを求めた。
Y社は、違法行為はしていない旨述べつつも、正式な契約解除をしてくれるなら相応の示談金を支払うと回答した。X1代理人弁護士は200万円、Y社は80万円を主張し、協議は決裂した。
(6)
平成28年7月22日、X1らはY社に対し不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、同年11月16日、Y社は未払賃料の支払を求める反訴を提起した。
3 裁判所の判断
裁判所は、Y社による玄関扉の鍵穴を覆うカバー取付行為及び本件物件内の家財道具一式の撤去・処分行為が違法であると認定し、X1、X2それぞれに対する損害賠償として88万円ずつ(合計176万円)の請求を認めました。
また、Y社による反訴については、平成25年5月分から7月分までの未払賃料27万円の請求のみ認めました。
4 解説
(1)賃貸人Y社の行為の違法性
Y社は、代表取締役Aが明渡期限である9月10日に本件物件内に入ったところ、中には冷蔵庫等しかなく、その他の動産は存在しなかったと主張していました。
これについては、Aの弟でAと同居しているY社の取締役Bが、9月10日の夜遅くにX1にショートメールを送信し、本件物件が片付いたかどうか概括的に尋ねると共に、翌日に業者を呼んで本件物件を片付けることを告知したうえで、それでも大丈夫か尋ねていることから、Aの主張は排斥されました。
また、Y社がX1の代理人弁護士との交渉初期段階で80万円の示談金の提示をしていること、8月26日付合意書(残置動産の処分権限について記載)は、Y社が自ら玄関扉の鍵穴に取り付けたカバーを外すのと引き換えにX1に合意書への署名押印を迫ったものであることも踏まえ、Y社による鍵穴カバー取り付け及び動産撤去・処分行為は違法であると断じました。
(2)X1、X2の受けた損害の認定
@精神的損害について
X1、X2は、本件物件を追い出されたことにより平穏な生活そのものを奪われ不便な生活を強いられるとともに惨めな思いをさせられ、かつ、思い出の品々を失ったことによる喪失感を味わったとして、それぞれ50万円の慰謝料が認められました。
A財産的損害について
処分された動産の具体的内容は明らかでなくても、火災保険におけるX1ら世帯に相当する家財買替え費用を参考に、家財道具が置かれていた本件物件の面積を考慮して、X1X2それぞれ30万円の財産的損害が認められました。
B弁護士費用について
不法行為による損害賠償請求の場合、賠償額の一割が弁護士費用として認めてもらえるので、本件では80万円の一割として8万円が認められました。
(3)X1、X2の支払うべき未払賃料
Y社は、平成25年5月から同年9月10日までの賃料を請求しましたが、裁判所は、鍵穴にカバーを取り付けた8月1日以降の賃料については認めませんでした。
Y社が玄関扉の鍵穴にカバーを取り付けて中に入れないようにしたため、本件物件を使用収益させる義務を履行していなかったという理由によるものです。Y社は8月26日にカバーを取り外していますが、その時点で既に本件物件内が荒らされていたことから、更なる侵入を恐れて本件物件内で生活することはできなかったと認定されています。
5 その他の裁判例の紹介
ご参考までに、悪質な賃借人に対して追出し行為をした家賃保証会社の損害賠償責任が認められた事例(平成24年9月7日東京地方裁判所)をご紹介しておきます。
(1)事案の概要
賃借人は当初から賃料を支払わず、保証会社が代位弁済をせざるを得ない状況が続いた。賃借人は辛うじて保証会社からの求償権の支払はしていたが、半年後にはそれすらしなくなった。保証会社は何度も賃借人への連絡を試みたが、全く連絡がつかないままさらに約半年が経過した。
保証会社と賃貸人は、緊急安全確認のために開錠・室内確認をしたところ、大量のゴミ袋や脱ぎ散らかした衣類等が散乱し、通電していない冷蔵庫の中は虫がわいていた。 保証会社は「一週間以内に連絡をくれなければ自主退去と判断し、残置物を処分する」旨の書面をドアに貼っておいたが賃借人からの連絡はなかったので、一週間後に室内の動産類を撤去処分、鍵の付け替えを行った。
賃借人は、新しい住居が見つかるまでサウナや自動車の中で夜を過ごすことを余儀なくされたことによる慰謝料と、動産類を処分されたことによる財産的損害の賠償を求めて、保証会社に対して訴訟を提起した。
(2)裁判所の判断
保証会社は、動産撤去・処分、鍵の付け替えを行った時点で、賃借人の無断退去の可能性を認識する一方、仮にそうでないとしても実力による占有排除やむなしという判断があったと推認できる。
本件賃借人は悪質ではあるが、保証会社としては賃貸人に働きかけて賃貸借契約の解除および明渡の手続を進めるよう求めるのが筋であり、そのような方策をとることが出来ないほどの緊急性があったとは認められない。
保険会社は損害賠償責任を免れないが、まれに見る悪質な賃借人であることから慰謝料は20万円とするのが相当であるし、室内の動産はほとんどが価値のないものであったから火災保険の家財簡易評価表によることは適切ではなく、損害額は30万円にとどまるとするのが相当である。
6 まとめ
自力救済は原則として法の禁止するところであり、法律に定める手続によったのでは権利に対する違法な侵害に対して現状を維持することが不可能または著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合において、その必要の限度を超えない範囲内でのみ例外的に許されるにすぎないとされています(最高裁昭和40年12月7日判決)。
賃貸借の明渡においては、緊急やむを得ない特別の事情はありませんから、法律上の手続をとるべきということになります。
上記5で紹介したような悪質な賃借人の場合でも、追出し行為は違法行為であり、損害賠償責任を免れません。
なお、上記5の裁判例において「もっぱら無断退去との判断に基づき動産類の撤去・処分に至ったのであれば、電気、ガス、水道のメーターが一定期間以上動いていないとか、郵便物が郵便受けに長期間滞留しているといった状況を客観的に把握し、その状況を写真に撮っておく等の措置が当然とられているべき」と述べられていますので、参考になさってください。
以上
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