住宅のリースバック取引のトラブル事例


弁護士 宮下幾久子


1.はじめに

 住宅を売却して現金を得て、売却後は毎月賃料を支払って住んでいた住宅に引き続き住むことができる「住宅のリースバック」というサービスが、住み替えの円滑化や老後の資金需要への対応など、住宅利活用の新たな選択肢として注目されています。
 一方で、リースバック取引の契約内容を十分に理解しないまま契約に至るケースもあり、トラブル事例も発生しています。
 今回は、リースバック取引を含む一連の行為が詐欺行為にあたるとして損害賠償請求が認められた裁判例をご紹介します。

2.事案の概要

(1)  80歳で年金暮らしのXは、マンション管理費を滞納していたところ、平成28年8月29日、管理組合から自宅マンション(以下、「本件不動産」)を差し押さえられた。管理費の滞納分は70万円であったが、Xは他にも信用金庫からの借入金200万円、年金を担保とした借入金30万円の債務を抱えていた。
(2)  Xは住み慣れた本件不動産に住み続けたいという思いから、9月20日、不動産担保融資のダイレクトメールを送ってきたY1(不動産に関するコンサルティング会社)に電話をし、同月22日、Y1の事務所にて融資申込書を作成した。
(3)  9月26日にXがY1事務所を訪問したところ、融資の審査が通らなかったと告げられ、同じビルにあるY2(宅建業者)の事務所に連れて行かれた。Y1、Y2は、Xに「債務を清算したうえで手元に100万円程度の資金を残すには、融資額を500万円にするのがよい」と言い、Xに「売却希望価格500万円、売却後も半年程度居住希望」とする不動産売却申込書を作成させるとともに、代金500万円で本件不動産をY2に売却する旨の売買契約書に署名押印させた。
(4)  9月28日、XはY2の指示で法務局に出向き、よくわからないまま登記手続関係書類を作成させられ、同月29日には、診療所で「認知症は認めません」との診断書を出してもらいY2に提出させられた。
 同月30日、Xからの申し入れにより、Y2から不動産売買代金の一部名目で現金15万円がXに交付された。
(5)  10月20日、Y2はXを呼び出し、9月26日付のXとY2間の不動産売買契約を解除する旨の解除証書に押印させるとともに、Y2事務所と同じ階に事務所を持つY3(宅建業者、Y2従業員が代表取締役)に本件不動産を金500万円で売却する旨の不動産売買契約書と、賃料10万円、敷金礼金各10万円と定めた期間3ヶ月の定期住宅賃貸借契約書に署名押印させた。
 そのうえで、Y3からXに、売買代金から敷金礼金合計20万円と9月30日にY2から支払われた15万円を控除した残金が支払われたが、Xの債務(競売手続費用や弁護士・司法書士の費用、税金含む)を全て支払うと、手元には約20万円しか残らなかった。
(6)  Xは11月11日、Y1の事務所に呼び出され、Y3との間の定期住宅賃貸借契約を、期間2年(更新あり)の通常の賃貸借契約に変更させられた。
(7)  Y3は、11月17日、本件不動産を代金1250万円でAに売却し、Aは12月28日に代金1980万円でBに売却した。XはBに月額10万円の賃料を支払って、本件不動産に居住している。
(8)  Xは、Yらが共謀して本件不動産をだまし取ったとして損害賠償を求めて提訴した。

3.裁判所の判断

 Yらは、原告から本件不動産を500万円という市場価格よりも著しく低廉な価格で取得し、これを転売して利益を得るとの企図の下、順次Xに働きかけて、本件不動産につき売買契約及び賃貸借契約(リースバック)を締結させるという、Xの望む内容とはかけ離れた方向に誘導し、著しく低廉な価格でY3に所有権を移転させて本件不動産を騙し取ったと認定。
 本件不動産と同一マンション内の評価額を参考に算出した金額がAへの売却価格1250万円と近似していることから、本件不動産の価格相当額を1250万円と認めたうえで、そこからXが受領した金額を差し引いた約768万円及び弁護士費用相当損害金(一割相当額76万円)の合計約844万円を損害として認めた。

4.リースバック取引のその他のトラブル事例

 国土交通省が2022年6月に公表した「住宅のリースバックに関するガイドブック」及び「住宅のリースバックに関するガイドブックの作成に際しての検討会での検討内容について」で紹介されているトラブル事例には、次のようなものがあります。

 *強引な勧誘により契約してしまい、解約するのに多額の違約金を請求
  された。
 *契約締結後に、賃料が数年で売却価格を超えてしまうことに気付いた。
 *相場よりも著しく低額な代金で売却してしまった。
 *定期借家契約をよく理解しておらず、期間満了時に再契約を拒まれて
  退去を余儀なくされた。
 *太陽光発電設備の設置を契約したら、賃貸人である不動産会社に
  キャンセルを求められた。

5.リースバック取引の注意点

 国土交通省が令和3年度に行ったアンケート調査によると、「リースバック」についての消費者の認知度は、66.2%が「初めて聞いた」、21%が「名前は聞いたことがあるが、仕組みはよくわからない」というものでした。
 リースバックは、住宅を売却して現金を得て、売却後は毎月賃料を支払って住んでいた住宅に引き続き住むことができるというメリットがありますが、賃貸借契約の内容によっては、思うようなメリットを得られないケースもあります。
 後にトラブルにならないよう、賃貸借契約の内容については消費者に丁寧に説明しておく必要があります。
 上記国土交通省のアンケート調査によると、事業者が締結している契約の種類は、定期借家契約が80%を占めています。定期借家契約と普通借家契約との違いは説明しておくべきです。
 また、リースバックは、元々所有していた住宅にそのまま住み続けることになるので、賃貸借に変わったことをはっきりさせるためにも、修繕費の負担の振り分けや、新たな設備の設置の可否、増改築やリフォームの可否、賃貸借終了時の原状回復の内容等、きちんと確認しておかないと思わぬトラブルに繋がります。

6.まとめ

 リースバックは住宅利活用の新たな選択肢となるものであり、上手く使えば消費者のニーズに応えられるサービスです。
 本件事案のように高齢者に詐欺的な働きかけをしないことは当然ですが、リースバックの仕組み、契約内容について消費者に丁寧に説明し、理解してもらったうえで契約するようにしましょう。

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン
令和5年11月号執筆分