投資用マンションの購入勧誘について営業担当者個人の
損害賠償責任が肯定された裁判例         


弁護士 住原 秀一


1.はじめに

 宅建業者の顧客に対する説明義務違反が問題になる紛争事例では、宅建業者(会社)の責任が問われるのが通常であり、営業担当者個人の責任が問われることはあまりありません。しかし、場合によっては、営業担当者個人の責任が問われることもあります。
 今回ご紹介する裁判例では、会社が既に破産していたため、営業担当者個人の責任が追及されました。

2.事案の概要

(1)  X(原告)は学校教師で、後述する売買契約当時25歳の男性です。Xは投資の経験がありませんでしたが、不動産投資経験のある兄から宅建業者A社の紹介を受けました。A社の営業担当者であるY1・Y2(被告)は、Xに投資目的の新築ワンルームマンション2戸の購入を勧誘しましたが、Xは金融機関からの借入れの審査が通らなかったため、購入に至りませんでした。
(2)  その後、A社の営業担当者Y1・Y2は、Xに対し、今度は中古のワンルームマンション3戸の購入を勧誘しました。その際、Y1・Y2は、Xの勤務年数が少ないので中古物件を対象にした方がローンを組みやすいこと、何年か保有した後で新築物件に買い替える方法があること、既に入居者がいる物件であり、A社がサブリース契約を締結して家賃保証をすることなどを伝え、物件のチラシと試算表を提示して、この中古ワンルームマンション3戸(マンション@〜B)を購入した場合の収益について説明しました。
 なお、この物件のチラシには、マンションの所在地、築年月、専有面積、間取図、販売価格、管理費・修繕積立金等の情報が記載されていましたが、取引形態は「媒介」とされていました。また、試算表では、家賃収入とローン返済額及び管理費・修繕積立金に基づき年間収支が計算されており、マンション@の年間収支がプラス17,280円、マンションAの年間収支がマイナス19,404円、マンションBの年間収支がプラス86,100円と記載されていました。しかし、ローン返済額と管理費・修繕積立金以外に掛かる支出、例えば固定資産税等の経費は記載されていませんでした。
(3)  Xは、Y1・Y2の勧誘に応じ、A社との間で中古ワンルームマンション3戸を購入する旨の売買契約を締結しました。代金は、マンション@が850万円、マンションAが870万円、マンションBが750万円です(合計2470万円)。Xは、売買代金全額をノンバンクから25年ローンで借り入れて、代金支払に充てることとしました。
(4)  上記(3)の売買契約時点では、中古ワンルームマンションが他業者所有であったので、A社は、他業者からこれを購入する売買契約を締結しました。代金は、マンション@が520万円、マンションAが520万円、マンションBが420万円です(合計1460万円)。所有権移転登記は、他業者からXに直接移転する形式で行われました(判決文では明確になっていませんが、「第三者のためにする契約」の形式で行われたものと思われます。)。
(5)  Xは、再度、Y1・Y2から新築マンションの一室を購入することについて勧誘を受け、売買契約書に署名しました。しかし、Xは、その後考え直し、Y1に売買を取りやめたいと伝えたところ、契約済みであるため難しいと言われました。そこで、Xは、弁護士に相談して、クーリングオフの通知をし、これが受諾されました。
(6)  Xは、代理人弁護士を通じて、A社に対し、上記中古ワンルームマンション3戸の勧誘の違法性と売買契約の無効を主張して、売買代金の返還を求めました。ところが、その後、A社は破産しました。A社の破産手続は、異時廃止(配当なし)で終了しました。
(7)  Xは、ローンの返済に窮し、債権者(抵当権者)であるノンバンクの指定する不動産業者に対し、マンション@を390万円、マンションAを390万円、マンションBを20万円で売却しました(合計800万円)。
(8)  Xは、代理人弁護士を通じて、Y1・Y2にはマンションの価格に関する欺罔行為(詐欺行為)又は正確な情報提供を怠った説明義務違反による不法行為が成立すると主張し、Y1・Y2を被告として、損害賠償金1100万円の損害賠償を求める訴訟を提起しました。
 1・Y2は、販売価格や販売条件は、A社の事業部の担当者が、ローン会社による評価等を参考に利益や経費を考慮して決めており、営業担当者であるY1・Y2はその決められた販売価格や条件を前提に物件の販売を行っていたにすぎないし、そもそも一従業員にしか過ぎないのであるから不法行為責任を負ういわれはないと反論しました。

3.裁判所の判断

 (1)Y1・Y2による欺罔行為又は説明義務違反があったか
 Xは、中古ワンルームマンション3戸の売買契約を締結した当時、教師を務めており、投資経験はなく、不動産取引や投資に関する知識が乏しかった。したがって、Xは、A社の営業担当者であるY1・Y2に対しては、不動産取引における専門的な知識と経験を有しているものと信頼し、提供された情報等に基づいて取引を行うことが想定された状況であったといえる。このような状況の下で、Xに総額2470万円に上る高額な不動産投資を勧誘するに当たっては、Y1・Y2において、投資内容に関わる重要な情報とリスクについて、必要かつ相当な範囲で正確な情報を提供すべき信義則上の義務があったというべきである。
 Y1・Y2がXに示した試算表は、固定資産税等の経費を考慮したものではなく、実際の年間収支において利益が見込めるものではなかった。また、上記中古ワンルームマンション3戸は、いずれも築27年の中古マンションで値上がりが見込める要素はなかったことからすると、売却益が得られる見通しがあったともいい難い。したがって、本件の投資計画は、それ自体が合理性に疑問のあるものであったといわざるを得ない。試算表による投資計画はほぼ成り立たないものであったことからすると、少なくとも、上記中古ワンルームマンションの実勢価格がどの程度のものかについては、Xに対して不動産投資を勧誘するに当たり、極めて重要な情報であったというべきである。
 Xに対する中古ワンルームマンション3戸の販売価格は、A社が購入した価格と比較しても1.7倍前後の相当高い金額であったことからすれば、実勢価格を相当程度上回るものと認めるのが相当である。
 Y1・Y2は、販売価格につきXを欺罔した(だました)とまでは認められないが、日常的に不動産取引を扱うA社の従業員として、A社が上記中古ワンルームマンションを購入する価格がいくらであるかや、近隣の取引事例を参照するなどして上記中古ワンルームマンションの実勢価格を確認・調査することは容易であったにもかかわらず、何らの確認をすることもなく、Xに対し、上記試算表による投資計画に基づいて上記中古ワンルームマンションの購入を勧誘したものであり、投資に関わる重要な情報についての説明義務違反があったというべきである。
 したがって、Y1・Y2は、Xに対し、共同不法行為に基づく損害賠償義務を負う。なお、Y1・Y2は、A社の一従業員にすぎないことを主張するが、A社の営業担当社員としての知識や経験はあり、Y1・Y2にとってマンションの実勢価格の確認・調査は容易になし得ることであったのであるから、上記認定判断(損害賠償義務ありとの判断)を左右するものではない。


 (2) Xの損害額、過失相殺
 査定結果によれば、上記中古ワンルームマンションの客観的価値(実勢価格)は、マンション@が584万円、マンションAが625万円、マンションBが532万円である(合計1741万円)。Xの購入価格(合計2470万円)との差額は729万円である。
 もっとも、Y1・Y2による購入勧誘が違法なものであったとしても、Xは、教師の職に就いており、それなりの社会経験と判断能力を有していたものであり、それにもかかわらず、自己資金には余裕がない状況で、投資の内容について十分に考慮することなくマンション購入の判断をしてしまったことに一定程度の軽率な面があったことは否めず、4割の過失相殺をするのが相当である。
 よって、上記差額729万円の6割に相当する4,374,000円と(その約1割の)弁護士費用440,000円、合計4,814,000円について、Y1・Y2が連帯して損害賠償義務を負うものと認める。


4.本件から学ぶこと

(1)  投資用マンションの購入は、相当程度のリスクをはらみます。したがって、不動産投資の経験がない人に対して勧誘をする際には、リスクや重要な情報(実勢価格など)を説明しなければなりません。もしこの説明を怠った場合、宅建業者(会社)が責任を負うのはもちろんのこと、場合によっては、本件のように営業担当者個人が高額の損害賠償責任を負うことがあります。
 本件の判決でも指摘されていますが、お客様に対してプロの営業担当者として勧誘活動を行う以上、「一従業員に過ぎない」という反論は通用しません。従業員であっても、その勧誘の仕方がまずければ、損害賠償責任を負うことがあるのです。その勧誘方法が上司の指示に基づくものであった場合、最終的には会社に負担してもらうこともできるかも知れませんが、お客様との関係では個人責任を負うこととなります。また、本件のように会社が破産してしまっているのであれば、会社に負担してもらうこともできず、営業担当者個人が身銭を切ってお客様に賠償するしかありません。
(2)  ところで、本件の取引は、A社が他社から販売対象の中古ワンルームマンションを購入する売買契約を締結する前に、Xに対してこれを売却する旨の売買契約を締結してしまっています。これは他人物売買であり、かつ、宅建業法33条の2第1号の定める「宅地建物取引業者が当該宅地又は建物を取得できることが明らかな場合」(物件を取得する契約を先に締結している場合など)に当たらないものと思われます。そうすると、本件の取引は、他人物売買を制限する宅建業法33条の2違反である可能性が高いと考えられます。
 さらに、A社は、勧誘段階では取引態様を「媒介」と表示しながら、実際には、「第三者のためにする契約」(いわゆる三為契約)を利用したと思われる転売の形式で、Xに対する売買価格2470万円の約4割に相当する1010万円の転売差益を取得しています。この点も、取引態様の明示を義務づけた宅建業法34条に違反している可能性があります。
 以上のことからすれば、A社では宅建業法違反が横行していた可能性があるように思われます。
(3)  本件は、宅建業者で勤務されている営業担当者にとっては、違法な勧誘をすれば個人責任を問われるおそれがあるという点で参考になります。従業員の立場であってもコンプライアンスに留意する必要があることを示すものといえるでしょう。


(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン
令和5年12月号執筆分