内装工事の不承認決議がなされたことに基づく賃借人による賃貸人及び
  マンション管理組合に対する損害賠償請求が棄却された事例

  (東京地方裁判所・令和4年1月18日判決・ウエストロー・ジャパン)


弁護士 板野 充倫


1.事案の概要

(1)  本件マンションは住居部分と店舗部分が併存するいわゆる複合用途型のマンションです。
 原告Xは、イタリアンレストランを開業する目的で本件マンション地下1階の専有部分(以下「本件区分建物」といいます)を賃借した者です。
 被告Y1は、本件区分建物の区分所有者です。
 被告Y2は、本件マンションの管理組合です。

(2)  本件マンションの管理規約17条は「区分所有者は、その専有部分について、修繕、模様替え又は建物に定着する物件の取付け若しくは取替え…を行おうとするときは、あらかじめ、専有部分修繕等工事申請書により理事長…にその旨を申請し、専有部分修繕等工事承認書による承認を受けなければならない」と定めています。
 また、管理規約に付属する店舗使用細則2条は「用途は店舗又は事務所として使用するものとし、次に掲げる用途に供しないこと。但し、適切な処置が講じられるなどして管理組合が特に支障がないと認めた場合は、この限りでない」とし、その一つとして「振動、粉塵、臭気等を発生させ、住環境に悪影響を及ぼすおそれがあるもの」を挙げています。

(3)  Xはイタリアンレストランを開業する目的でY1と賃貸借契約を締結し、本件区分建物を賃借しました。その際、株式会社Bが双方からの委任により賃貸借契約を仲介しました。Bの代表取締役は、Xが開業する店舗の臭気が本件マンションの区分所有者から問題視されるとは考えていなかったため、Xに対し、排気は直排気でよいと思うと説明し、臭気が原因で内装工事につきY2(管理組合)の承認が得られない可能性があることは説明しませんでした。

(4)  Xは内装工事を業者に発注した後、Y2(管理組合)に対し、同工事の承認を求めました。Y2の理事会から説明を求められ、Xは「肉を焼き、ニンニクは使うが、臭気については気を配る」などと説明しましたが、Y2の理解を得られず、継続審議となりました。その後、Xはセラミック脱臭フィルターを設置する方針を決め、その旨をY2(管理組合)に伝えました。しかし、大きさの関係で同脱臭フィルターを設置できないことが判明したため、Xは代わりに厨房排気消臭装置を設置することに変更し、その旨をY2に報告しました。Y2は、区分所有者の意見を聴くための臨時総会を開催し、条件付き承認案と不承認案の双方を付議した結果、不承認案が賛成多数で可決されました。そこで、Y2(管理組合)は内装工事を不承認とする旨をXに通知しました。
 これにより、Xはイタリアンレストランの開業を断念し、本件賃貸借契約及び内装工事の請負契約をそれぞれ合意解除しました。

(5)  Xは、Y2(管理組合)の不承認決議は不法行為に当たるとして損害賠償請求をしました。また、Y1に対しては、賃貸借契約の締結に当たり必要な説明をしなかったことが債務不履行に当たるとして損害賠償請求をしました。

(6)  Xなお、本件賃貸借契約の約10年前、本件マンションの隣地建物に入居していた(本件とは別の)イタリアンレストランの臭気をめぐって本件マンションの入居者から苦情が出たことにより、同レストランが閉店したことがありました。その後、同所にインド料理店が入居しましたが、本件マンション側との協議により、排気ダクトを本件マンションとは反対側の道路へ延長する工事が実施されたという事情も存在しました。

2.争点

(1)  X(原告)は、Y2(管理組合)との関係では、「@管理規約や店舗使用細則には専有部分における店舗営業を直接に禁止する規定はなく、Y2(管理組合)はXに営業を禁止する権限を有していない。したがって本件承認決議は違法である」、「AY2(管理組合)が工事を不承認とする権限を有していたとしても、管理規約17条はあくまでも工事の際の騒音、振動等の影響を考慮した規定であるから、店舗使用細則の規定を根拠として判断すべきではない。また、原告が提供を予定していたメニューは住環境に悪影響を及ぼすような臭気を発生するものではなかった。加えて原告は臭気対策を施すことを提案していた。したがって、Y2が内装工事を不承認としたことは裁量権の逸脱・濫用に当たる」などと主張しました。
 これに対し、Y2(管理組合)は「@店舗使用細則の定めを考慮して、工事を不承認とするか否かを判断するのは当然のことである」、「Aイタリアンレストランではニンニクを使うことが多く、強烈な臭気を発するおそれがあること、Xによる臭気対策の提案が二転三転したこと、以前に隣接建物のレストランの臭気をめぐってトラブルが発生したこと等を考慮すると、『臭気等を発生させ、住環境に悪影響を及ぼす恐れがあるもの』と判断して工事を不承認としたことは正当であり、裁量権の逸脱・濫用には当たらない」などと反論しました。

(2)  X(原告)は、Y1(賃貸人)との関係では、「@隣接建物のレストランの臭気をめぐるトラブルの存在を説明する義務を怠った」、「A賃貸借契約の締結に当たり、Y2(管理組合)に事前に工事内容を説明しておく必要があるとか、ダクトの設置は困難であり、Y2からストップがかかって店舗の開設が難しくなる可能性があるといった説明をすべき義務を怠った」などと主張しました。
 これに対し、Y1(賃貸人)は、「@賃貸借契約締結当時、隣地のイタリアンレストランの臭気をめぐるトラブルの存在は知らなかった」、「AXに対し、必要な説明をすべき義務を負っているのは仲介業者Bであり、Y1はBに求められて管理規約を提供しているので、必要な対応はしている」などと反論しました。

3.裁判所の判断

(1)  Y2(管理組合)に対する請求については、「管理規約上、Y2(管理組合)が本件店舗における工事や営業を承認するか否かを決定する権限を有することは明らかである」、「当該工事によって店舗使用細則で禁じられている用途に用いられることとなるか否かを考慮して、工事の承認の可否を決することは、当然に許される」、「イタリアン料理そのものが臭気を伴うものであることは否定し難いし、メニューは随時容易に変更することができるから、Y2(管理組合)が、本件店舗の開業によって臭気が発生することにより住環境が悪化するのではないかという懸念を抱くことが不合理であるとはいえない」、「Xの臭気対策は変遷しているし、確実に効果を上げるという確たる証拠が示されたこともうかがわれない」、「区分所有者の多数も本件店舗の営業に反対するという状況にあった」こと等を根拠として、本件不承認決議は違法ではなく、不法行為には当たらないと判断しました。

(2)  Y1(賃貸人)に対する請求については、「Y1が本件賃貸借契約締結当時に隣地建物からの臭気によるトラブルを知っていたとは認められないから、これを告げる義務があったとはいえない」、「Xは、事前に工事内容をY2(管理組合)に説明する必要があること、Y2が工事を不承認とすることによって店舗の開設が難しくなる可能性があることを認識することができたというべきである」などと述べ、Y1(賃貸人)には説明義務違反はなかったし、債務不履行には当たらないと判断しました。

(3)  以上により、裁判所はXの請求を棄却しました。


4.コメント

(1)  複合用途型のマンションにおいて、店舗部分の使用方法に関し、住居部分の使用者との間でトラブルが発生することは珍しいことではありません。このため、店舗部分の使用を開始する場合には、管理規約や使用細則等の内容について、事前に詳細に確認しておく必要があります。また、多くのマンションで標準管理規約を参考として管理規約が設定されており、工事については理事会の決議に基づいて理事長が承認又は不承認を決定することとされていますので、店舗を開設する者は事前に理事会に打診することが望ましいと思われます。
 本件のX(原告)も、事前に管理規約等を詳細に確認し、Y2(管理組合)に打診して感触を探っていれば、Y1との賃貸借契約の締結を回避できたかもしれません。契約締結前にY1に内装工事の承認申請をしてもらうこともできたかもしれませんし、内装工事が承認されることを賃貸借契約の停止条件とすることを検討してもよかったのではないかと思われます。

(2)  仲介業者Bの代表取締役が、本件店舗の臭気が本件マンションの区分所有者から問題視されるとは考えず、X(原告)に対し、排気は直排気でよいと思うと説明したことは、軽率な判断であったと思われます。仮に、Xが仲介業者Bも被告に加えて損害賠償請求をしていた場合、Bに対する請求は認容された可能性もあったように思われます。
 なお、重要事項説明義務の対象となる事項のうち区分所有建物の取引に特有のものについては宅地建物取引業法施行規則第16条の2に定めがあります。ただし、裁判所で説明義務違反による損害賠償請求が認められるか否かが争われる場合には、法令に明記されていない事項であっても状況から考えて説明すべきであると思われる事項については「説明義務があった」と判断されることもあり得ますので、注意が必要です。

(3)  上記のとおり、本件管理規約においても、内装工事を承認するか否かについては理事会の決議に基づいて理事長が決定することとされていたのではないかと推測されます(判決書を読んでもこの点が明確にされていません)。しかし、本件のように後に訴訟が提起される可能性もありそうな問題について、理事会だけで判断してしまうのではなく、速やかに臨時総会を開催して区分所有者の意見を聴取することは、理事会が負うリスクを軽減する方法として有効に機能する場合もあり得るかと思います。
 もっとも、臨時総会で決議してしまうと、法令や管理規約等との整合性が問題となり得るような決議がなされた場合でも、理事会が総会決議と異なる判断をすることは事実上困難となってしまいます。また、臨時総会を開催することによって不必要に長い時間をかけてしまうと、それはそれで問題とされかねません。その意味では、理事会において法令や管理規約等との整合性を検討しつつ結論を出すべきか、あるいは臨時総会を開催して区分所有者の多数意見を尊重するべきか、ケースバイケースで判断する必要があると思います。本件の事例においては、理事会が臨時総会に判断を委ねたことは賢明な選択であったのではないかと思われます。

以上

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン
令和6年2月号執筆分