建築基準法に適合しない建物の請負契約について争われた事例〜最高裁判例〜

一級建築士 樋野 晶子

1.はじめに

 2005年の元一級建築士による耐震偽装事件は、人命や財産に関わるものであることから大きな社会問題となりました。この事件をきっかけに、構造計算書の偽造防止のため構造計算適合性判定の導入や、建築士・管理建築士に定期講習が義務づけられるなど、建築基準法、建築士法が大きく改正され、違法建築や手抜き工事に対する世間の意識も変わりました。それでもなお違法建築物は存在し、訴訟にまで発展しています。ここでは、違法建築物について最高裁で争われた事例をご紹介したいと思います。



2.事例(最高判 平成23・12・16)

(1)事例の概要

土地所有者(X)は、建築業者(Y)と請負代金合計1億1245万5000円で、「A棟」「B棟」の各建築を目的とする各請負契約を締結した。いずれも賃貸マンションである。

(X)と(Y)とは、各請負契約の締結に当たり、建築基準法を遵守して建築すると貸室数が少なくなり賃貸業の採算がとれなくなるため、違法建物を建築することを合意した。
確認申請用の図面で建築確認の申請をし、確認済証の交付を受け、適合した建物を建築して検査済証の交付も受けた後に、別に用意した実施図面に従って違法建物の建築工事を施工することを計画した。
(Y)は請負人(Z)と請負代金合計9200万円で各建物の建築を目的とする各請負契約を締結した。(Z)は、(X)と(Y)との間の合意の内容について詳細に説明を受け、全て了承した上で、本件各契約を締結した。
ただし、(X)と(Y)の間では、A棟地下については、当初から違反である実施図面に従い施工することが合意された。
確認申請用図面と実施図面との食い違いは、A棟については、確認申請用図面には存在しない貸室を地下に設けられるようにするとともに、確認申請用図面では2階貸室のロフト上部に設けるとされていた天井を設けず、B棟については、吹抜のパティオとされている部分を利用して貸室数を増加させるなどであった。
実施図面どおりに建築されれば、建築基準法等に定められた耐火構造に関する規制、北側斜線制限、日影規制、建ぺい率制限、容積率制限、避難通路の幅員制限等に違反する違法建物となるものであった。
(Z)は、各建物の確認済証が交付された後、A棟地下について実施図面に従い、その他は確認申請用図面に従い施工を開始した。
ところが、A棟地下において確認申請用図面と異なる内容の工事が施工されていることが区役所に発覚したため、区役所の指示を受け是正計画書を作成し、(Z)は違法建築部分を是正する工事を施工せざるを得なくなった。加えて、近隣住民から苦情が述べられるなどしたため、(Z)はこれにも対応することを余儀なくされた。
こうした事情から、(Z)はA棟及びB棟につき、是正計画書に従った是正工事を含む追加変更工事を施工した。
その後、検査済証が交付され、(Z)は(Y)に対し、各建物を引き渡した。
(Y)は(Z)に対し、各建物の工事代金として合計7180万円を支払ったが、その余の支払をしていない。


(2)判決の要旨

最高裁は以下のとおり判示して、原審の判決を破棄し、審理不尽として高裁に差し戻した。

上記の計画は、確認済証や検査済証を詐取して違法建物の建築を実現するという、大胆で極めて悪質なものといわざるを得ない。
加えて、当初の計画どおり実施図面に従って建築されれば、建築基準法に違反するばかりか、耐火構造に関する規制違反や避難通路の幅員制限違反など、居住者や近隣住民の生命、身体等の安全に関わる違法を有する危険な建物となるものであって、これらの違法の中には建物が完成してしまえば、事後的にこれを是正することが相当困難なものも含まれているため、その違法の程度は決して軽微なものとはいえない。
(Z)は、契約締結に当たり、積極的に違法建物の建築を提案したものではないが、建築工事請負等を業とする者でありながら、大胆で極めて悪質な計画を全て了承し、明らかに従属的な立場にあったとはいい難い。
以上の事情により、各建物の建築は著しく反社会性の強い行為であり、これを目的とする各契約は、公序良俗に反し、無効であるというべきである。
これに対し、追加変更工事は、工事の施工が開始された後、区役所の是正指示や近隣住民からの苦情などを受けて別途合意の上、施工されたものであり、その中には既に生じていた違法建築部分を是正する工事も含まれていたのであるから、基本的には本工事の一環とみることはできない。
そうすると、追加変更工事は、反社会性の強い行為という理由はないため、その施工の合意が公序良俗に反するものということはできないというべきである。



3.まとめ

 事例は、建築基準法に違反する建物を目的とした請負契約は無効であるとされましたが、追加変更工事については違法な建築を目的としておらず、必ずしも公序良俗に反するとはいえないという判示でした。差戻し後は、違法建築部分を是正する工事と、それ以外の工事とに評価を区別し、具体的内容、金額に関し審理が行われています。

 建築基準法に関わる適法性の確保は、通常は確認申請に携わる建築会社等の責任となりますが、銀行も違法建築物には融資をしないのが原則であり、法令順守が一層厳しく求められている中では、実務上も十分留意する必要があることはいうまでもありません。

 宅建主任者としては、仲介・代理業務において、重要事項説明のために必要な調査の過程などで当該物件が違法建築物であることが判明した場合には、取引の中止など慎重な取扱いをすべきでしょう。媒介業者としての調査不足、説明不足の責任を問われる問題に発展することもあるかもしれません。違法建築の流通に手を貸してしまうようなこととならないようご注意いただきたいと思います。


以上


(財)大阪府宅地建物取引主任者センターメールマガジン平成25年2月号執筆記事