ア |
平成22年5月27日、宅建業者Xは、媒介業者の媒介により亡B(売主。当時85歳)より本件アパートを代金5600万円で購入し、同日手付金100万円を支払った。そして、同年7月6日に残代金5500万円を支払い、所有権移転登記手続を行った。
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イ |
本件アパートは、亡Bの勧めにより、Y1(Y2の夫)及びY2(亡Bの長女。なおY1、Y2を併せて「Yら」という。)が亡Bと賃貸借契約を締結し、その一部に居住していた。
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ウ |
本件アパートの売却についてはD(亡Bの次女)が媒介業者に相談を持ちかけたものであり、売買契約に関する交渉等は、亡C(亡Bの夫。当時88歳)が主導して行っていたものである。
Dは、媒介業者に「B所有の本件アパートを売却したいが、Yらが立ち退かないため売却できずに困っている。」と相談し、BもD同席のもと「2年前よりYらに立ち退きを要求しているが埒が明かない。妨害が入るため売却のことはYらには話さない。」と述べていた。
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エ |
Bについては、平成21年2月16日に「初期から中期程度のレビー小体型認知症。」、平成22年2月15日に「MRI検査で1年前に比べ大脳萎縮が明らかに進行。短期記憶障害が悪化している。」、同年6月17日には「頭部CTにより大脳の萎縮が認められ、高齢で認知症もある。」などの診断がなされていた。
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(2)裁判所の判断
裁判所は、@亡Bの判断能力、A本件売買契約の合理性、B亡Cの関与、CX側の事情について検討し、以下のような指摘をした上、「本件売買契約当時亡Bに意思能力はなかった」と判断した。
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ア |
@亡Bの判断能力について
本件売買契約締結当時、亡Bは、中等度の認知症に罹患し、記憶や見当識等の障害があった上、周囲に対して取り繕ったり迎合的になったりして場面や相手によって自らの意見を変える傾向が顕著であり、自らの意見を表明することが困難であって、社会生活上状況に即した合理的な判断をする能力が著しく障害され、自己の財産を管理・処分するには常に援助が必要な状態であったということができる。
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イ |
A本件売買契約の合理性について
本件土地建物の代金5600万円が不相当に低額であったとかそれ自体が不合理な内容であったとは認められないものの、亡BとY2の関係性や本件土地建物を巡る経緯からすれば、亡Bにとって、本件売買契約は極めて不合理な内容のものであったといわざるを得ない。
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ウ |
B亡Cの関与について
本件売買契約は亡Cが主導していたところ、亡Cには顕著な見当識障害やせん妄等の認知機能異常があったことがうかがわれ、本件売買契約締結前から相当の判断能力の低下があったことが推認される。
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エ |
CX側の事情について
Xは、不動産の売買・賃貸管理及びその仲介等を営む株式会社で宅地建物取引事業者であり、X代表者のAは宅地建物取引主任者であって、不動産取引の専門業者であるところ、本件売買契約当時、亡Bは85歳、亡Cは88歳と高齢であり、亡Bらに特段親族間に争いがあることは聞いていなかったXにとって、Y2に知らせることなく本件土地建物を売却したいなどその要望が一見して不合理で後日紛争になることは明らかであったにもかかわらず、Xが亡Bらの要望を漫然と受け入れ本件売買契約を締結したことは、果たして不動産取引の専門家として十分な注意義務を尽くしたかには疑問が残るところであって、この点も、本件売買契約の有効性の判断に当たって考慮すべきである。
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(3)コメント
認知症といっても様々な段階や症状があり、認知症と診断されたことをもって、意思能力がないと判断されるわけではなく、取引内容の合理性やその取引を主導した者などの諸事情により判断がなされているのは、他の裁判例などでも同様であると思われます。特に重要なのは、取引内容の合理性であり、通常の判断能力を有する者であれば、そのような不合理な取引をしないであろうと客観的に判断される場合には、意思能力が欠如していると判断されることが多いのではないでしょうか。
なお、本判決は、買主側の事情も考慮すべきであると述べていますが、意思能力は主観的なものであり、相手側の事情を考慮するのは理論的には疑問も残ります。ただ、取引は相対のものである以上、公序良俗や信義則に違反すると判断されることもあり得ますので、不動産取引の専門家としては、その取引の合理性に十分な注意義務を尽くすことが求められるということがいえると思います。
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