賃借人の自殺と心理的瑕疵について
 

弁護士 横山 耕平

はじめに

 不動産の売買において、自殺などの心理的瑕疵を理由に、価格下落の有無について問題となるケースがありますが、不動産の賃貸借については、どうでしょう。

 不動産の賃貸借に関する紛争で、自殺などの「心理瑕疵」を原因として、貸主から、借主や連帯保証人に対して、空家賃となったことについての逸失利益を求めた裁判例では、「借主等の賃貸物件内での自殺は、賃貸目的物を毀損する行為にあたり、借主(や相続人)又は連帯保証人は、貸主の損害につき賠償責任を負う」と判断されているケースがあります。

 以下、具体的に、賃貸物件内での自殺による貸主の損害賠償請求につき、約2年分の賃料相当額を損害として認めた事例 (東京地判平27・9・28ウエストロー・ジャパン)を例に、内容を見てみましょう。

1 事案の概要

 平成21年8月24日、X (原告・貸主)は、A (借主)との間で、所有する総戸数4戸の建物の一室202号室について、賃貸期間2年、賃料月額7万2000円とする賃貸借契約を締結した。また、同日、X は、 A の配偶者で同居人の B の実父 Y (被告・ A の保証人)との間で、A が同契約に基づき負う債務につき連帯保証契約を締結した。

 同月27日、X は、 A に同室を引き渡した。

 平成22年9月8日、A は、 B と離婚した。

 A と B は、離婚に伴い202号室を退去することとなり、B は、同年9月下旬に別のアパートの賃貸借契約を締結し、A も、同月29日に別のアパートの賃貸借契約を締結した。

 平成22年10月26日、A は、202号室内で自殺した。

 X は、 Y に対し、自殺の痕跡を消除するため等として原状回復費分449万円余、賃借人が入らなくなったことで損害を被ったとして逸失利益分374万円余の支払いを求め提訴した。

2 判決の要旨(逸失利益部分)

(1)裁判の結論

 裁判所は、心理的嫌悪感は、時間の経過とともに自ずと減少し、やがて消滅するものであること、また、202号室は、単身者ないし2人向けの1Kのアパートであり、その立地は、交通の便も比較的良く利便性も比較的高い物件であることが認められることを考慮すれば、X の逸失利益については、

 ア 当初の1年は賃貸不能期間とし、

 イ 202号室において通常設定されるであろう賃貸借期間である2年間は、賃貸借契約の賃料の半額でなければ賃貸できない期間とみるのが相当

 であるとして、X の逸失利益は、158万円余と判示して、X の請求を大幅に減額したうえで認容しました。

(2)賃借人の責任:善管注意義務

 まず、賃借人は、賃貸借契約に基づき、賃貸借の目的物の引渡しを受けてから、これを返還するまでの間、善良な管理者の注意をもって当該目的物を使用収益すべき義務を負うとされました。善管注意義務と言われるもので、自己の物に対する管理よりも、注意をもって使用すべき義務を負うとしました。

 そして、賃貸借の目的物である建物の内部において賃借人が自殺をした揚合、かかる事情が知られれば、当該建物につき賃借人となる者が一定期間現れなかったり、適正賃料よりも相当低額でなければ賃貸できなくなることになるものといえるから、当該賃借人が当該建物内において自殺することは、当該目的物の価値を毀損する行為に当たることは明らかであり、賃借人の善管注意義務に違反するものというべきであるとしています。

(3)たとえ、賃貸借契約終了後の自殺であっても・・・

 Y は、A の自殺は賃貸借契約終了後に生じているから、その責任を負わない旨主張しましたが、裁判所は、A は202号室の室内に入って自殺していることから、X に対する202号室の明渡しはいまだされていないことが認められ、賃借人は、賃貸借の目的物を返還するまでは善管注意義務を負うのであるから、賃貸借契約の終了の有無にかかわらず、A は善管注意義務の違反を免れないものと解すべきであり、Y の主張は採用できないとしました。

(4)消費者契約法にも反しない。

 Y は、消費者契約法10条との整合性を踏まえた合理的解釈によれば、A が室内で自殺したことによって生じる損害についてまで保証するものではないと解すべきであると主張しましたが、Y は、連帯保証人引受承諾書において、賃貸借契約に基き A が負担する一切の債務について連帯保証人としてその責めを負う旨合意していることが認められるから、A の善管注意義務違反に基づく損害賠償責任についても含まれるものと解するのが相当であり、この解釈が消費者契約法10条に直ちに違反するものと解することはできないとしています。このような損害を連帯保証する契約は、信義則に反して無効になることもないというのが、裁判所の考え方です。

3 まとめ

 貸主の逸失利益(賃借人が決まらないことでの損害)の認定については、建物の種類、用途、周辺環境等を総合的に考慮し決められることになりますが、この判例のように、逸失利益を本件のように当初1年を賃貸不能期間、その後の2年間を賃料半額程度とする例があります。

 では、宅建業者は、自殺等があってから、何年間、または何人目の賃借人までそのことを説明する必要があるかということですが、心理的嫌悪感の消滅する期間は、目的物の用途、構造、周辺環境等により総合的に判断されることから、一律で決められるものではなく、この裁判例などを勘案しながら、期間を見て、対応していく必要があるでしょう。

以上 

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成29年2月号執筆分