『土地建物の譲渡所得にかかる税金A〜事業用資産の買換え特例について〜』


税理士 土師 秀作

1.はじめに

 個人の土地建物の譲渡所得にかかる税金の計算には、様々な特例が設けられており、その内容は多岐に及びます。その中で今回は、事業用資産にスポットをあて、事業用資産を買い換えた場合の特例について、平成30年7月末日現在の法令に基づいて説明いたします。

2.事業用資産の買換え特例の概要

 個人が、事業の用に供している特定の地域にある土地建物等(譲渡資産)を譲渡して、一定期間内に特定の地域内にある土地建物等の特定の資産(買換資産)を取得し、その取得の日から1年以内に買換資産を事業の用に供したときは、一定の要件のもと、譲渡益の一部に対する課税を繰り延べることができます。

 税の繰延べとは、ごく簡単に説明すれば、本来負担すべき税金の納税を将来に先送りする制度となります。今回の買換えの場合では、本来譲渡資産を譲渡したときにかかる税金の一部を将来(買換資産を譲渡したとき)まで先送りする制度ということになります。

 事業用資産の買換えの特例は、あくまでも課税を繰り延べる制度であり、譲渡益を非課税とする制度ではありません。

 また、この課税の繰延べは譲渡所得の取得価額を買換資産に引き継がせることにより行いますが、引き継ぐのは取得価額だけであって、取得時期は引き継ぎません。したがいまして、買換資産を短期間で売却した場合には、短期譲渡所得として高い税率で課税されることになりますので、注意が必要です。


3.特例を受けるための要件

 この特例を受けるための主な要件は以下のとおりとなります。
  @ 譲渡資産と買換資産は共に事業用のものであること
事業と称するに至らない不動産の貸付でも相当の対価を得て継続的に行われている場合には事業と同様に扱われることとなっています。
  A 譲渡資産と買換資産とが、一定の組合せに当てはまること
  B 買換資産が土地等であるときは、取得する面積が原則として譲渡した土地等の面積の5倍以内であること(5倍を超えるとその超える部分は特例の対象となりません)
  C 資産を譲渡した年か、その前年中、あるいは譲渡した年の翌年中に買換資産を取得すること
  D 買換資産を取得した日から1年以内に事業に使用すること(取得してから1年以内に事業に使用しなくなった場合は、原則として特例は受けられません)
  E この特例を受けようとする資産について他の特例(優良住宅地の造成等のために土地等を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例等)を受けていないこと

 上記以外にも要件はありますが、要件につきましては全てのものを満たさない限り、特例の適用はできません。要件の確認は特に慎重に行う必要があります。


4.譲渡資産と買換資産の組合せ

上記、特例を受けるための要件のA譲渡資産と買換資産の組合せは8通りありますが、ここでは主なものとして2通りを紹介します。
  譲渡資産 買換資産
1号買換
適用期限
H32.12.31
まで
既成市街地等にある事業所(福利厚生施設を除く)として使用されている建物又はその敷地である土地等で、所有期間が譲渡の年の1月1日現在で10年を超えるもの 既成市街地等以外の地域にある土地等、建物、構築物又は機械装置
7号買換
適用期限
H32.3.31 まで
国内にある土地等、建物又は構築物で、所有期間が譲渡の年の1月1日現在で10年を超えるもの 国内にある土地等(事務所等の一定の施設の敷地の用に供されるもの又は駐車場の用に供されるもので、その面積が300u以上のものに限る)、建物又は構築物
(注)既成市街地等とは、首都圏における既成市街地(東京都の特別区及び武蔵野市の全部、三鷹市、横浜市、川崎市、川口市の一定区域)、近畿圏における既成都市区域(大阪市の全部及び京都市、守口市、東大阪市、堺市、神戸市、尼崎市、西宮市、芦屋市の一定区域)、中部圏における旧名古屋市の区域のことを指します。

5.事業用資産の買換え特例の計算方法及び計算例

 この特例を受けると売った金額(譲渡価額)より買い換えた金額(取得価額)の方が多いときは、売った金額に原則20%の割合(課税割合)を掛けた金額を収入金額として譲渡所得の計算をします。売った金額(譲渡価額)より買い換えた金額(取得価額)の方が少ないときは、その差額と買い換えた金額に課税割合を掛けた額との合計額を収入金額として譲渡所得の計算を行います。
 具体的な計算方法は、譲渡資産の譲渡価額と買換資産の取得価額により以下の2通りの方法となります(課税割合が20%の場合)。

@ 譲渡資産の譲渡価額 ≦ 買換資産の取得価額 の場合
  収入金額=譲渡資産の譲渡価額×0.2
  必要経費=(譲渡資産の取得費+譲渡費用)×0.2
  課税される譲渡所得の金額=収入金額(イ)−必要経費(ロ)
 上記の計算によりこの場合では、本来課税されるべき金額の20%のみが課税対象となり、残りの80%の課税が繰り延べられることになります。


A 譲渡資産の譲渡価額 > 買換資産の取得価額 の場合
  収入金額=譲渡資産の譲渡価額−買換資産の取得価額×0.8
  必要経費=(譲渡資産の取得費+譲渡費用)×
収入金額

譲渡資産の譲渡価額
  課税される譲渡所得の金額=収入金額(イ)−必要経費(ロ)
 この場合では、本来課税されるべき金額のうち、譲渡資産の譲渡価額と買換資産の取得価額の差額と買換資産の取得価額の20%に相当する金額との合計額が課税対象となり、残額に対する課税が繰り延べられます。
(注)課税割合は原則20%ですが、上記「4.譲渡資産と買換資産の組合せ」でみた7号買換の場合で以下の要件に該当するときには、課税割合はそれぞれ次のようになります。
 A 地方から東京23区への買換えの場合         30%
 B 地方から首都圏近郊整備地帯等への買換えの場合   25%
 ここでいう地方とは、東京23区及び首都圏近郊整備地帯を除く地域をいい、首都圏近郊整備地帯等とは、東京23区を除く首都圏既成市街地、首都圏近郊整備地帯、近畿圏既成都市区域、名古屋市の一部をいいます。


Aの場合の計算例(課税割合20%)

<BR> ここではより計算が複雑なAのケースについての計算例を示します。

譲渡資産の譲渡価額 譲渡資産の取得費 譲渡資産の譲渡費用 買換資産の取得価額
100,000千円 50,000千円 10,000千円 80,000千円

譲渡資産の譲渡価額 > 買換資産の取得価額 の場合
収入金額 100,000千円−80,000千円×0.8=36,000千円
必要経費 (50,000千円+10,000千円)
36,000千円

100,000千円
=21,600千円
課税所得金額 36,000千円−21,600千円=14,400千円

特例の適用を受けなかった場合の計算例

通常の譲渡所得の計算は
 譲渡資産の譲渡価額−(譲渡資産の取得費+譲渡資産の譲渡費用)
で求められるので、課税所得金額は

 100,000千円−(50,000千円+10,000千円)=40,000千円と

なり、この例では25,600千円に対する課税が繰り延べられることになります。


6.申告手続等

 この特例の適用を受けるには、次の書類を添付して確定申告をする必要があります。
@ 譲渡所得の内訳書(確定申告書付表兼計算明細書)[土地・建物用]
A 買換資産の登記事項証明書などその資産の取得を証する書類
B 譲渡資産及び買換資産が特例の適用要件とされる特定の地域内にあることを証する市区町村長等の証明書など
(注)買換資産を取得する見込みで、この特例を受けた場合には、上記Aの登記事項証明書などは、買換資産を取得した日から4か月以内に提出しなければなりません。

 また、買換資産を取得する見込みで、この特例の適用を受け申告した買換資産の「取得価額の見積額」より「実際の取得価額」が多かった場合には、買換資産を取得した日から4か月以内に「更正の請求書」を提出して所得税の還付を受けることができ、「実際の取得価額」が少なかった場合には、買換資産の取得期間を経過する日から4か月以内に修正申告をして、差額の所得税を納付する必要があります。
 翌年中に買換資産を取得する見込みで買換資産を取得しなかった場合又は買換資産の取得の日から一年以内に事業の用に供しない若しくは供しなくなった場合にも、これらの事情に該当することとなった日から4か月以内に修正申告をし、差額の所得税を納付しなければならないので注意が必要です。


7.おわりに
 以上が個人の事業用資産の買換えの特例の概略となります。この制度は複雑で要件も多岐に及びますので、特例の適用の是非についての判断を迷う場合が多いと思われます。事業用の資産を買い換えた場合には、特例の適用によって課税を繰り延べることができる可能性があるということを、まずは頭に入れておいていただき、そのようなケースに遭遇した場合には、事前に税理士等の税金の専門家にご相談させることをお勧めいたします。


(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成30年9月号執筆分