がけ地売買の際の説明義務に関する事例


弁護士 宮下幾久子

1 はじめに

 周囲ががけになっている土地を売買する場合には、既に存在する擁壁の安全性に問題がないか、条例によって建築規制がなされていないか(「がけ条例」の有
無)、宅建業者として調査・確認のうえ、買主に説明する義務があります。
 宅建業者が説明しなかったために、予定していなかった擁壁の新設・補修工事や地盤補強工事の費用を負担することになったとして、買主が宅建業者を訴えるケースがみられますので、注意が必要です。
 今回は、がけ条例についての説明義務を怠ったとして、仲介業者に2000万円を超える損害賠償金の支払いを命じた裁判例(東京地判H28.11.18)をご紹介します。

2 事案の概要

(1)  買主Xは、平成26年7月、売主Y1から代金6400万円で土地建物を購入し、同年8月に引き渡しを受けた。売主側の仲介は宅建業者Y2、買主側の仲介は宅建業者Y3。
(2)  Y2は、同年3月頃にY1より本物件の売却の媒介を依頼され、初期調査の結果、本件建物については建築確認はされているが検査済証がないことを認識するに至った。
(3)  買主Xとその母Aは、同年5月、Y3に本物件購入の媒介を依頼し、翌6月、Y3担当者、Y2担当者と共に本物件について現場確認をした。その際、Y3担当者は、本件土地北側の擁壁に膨らみがあることを認識するに至った。
(4)  同年7月の本件売買契約締結に際し、Y2担当者はXとAに対し重要事項説明をしたが、重要事項説明書には都がけ条例に関する明示の記載はなく、「その他特記事項」欄に「東西南北の隣接地(道路を含む)とは高低差があります。土留めのブロック塀・擁壁には土圧でひび割れや傾きの可能性もあります。」「買主は対象不動産の周辺環境、隣接地の状況、周辺施設等を確認した上で、売買契約を行うものとし、これを買い受けるものとします。」との記載があった。Y2担当者は、当時、本件建物が都がけ条例に違反しており検査済証がないことを認識していたが、そのことをX に明確に説明しなかった。
 Y3担当者は、本物件の重要事項説明につきY2担当者にまかせきりで、独自に説明することはなかった。
(5)  Xは、隣地所有者から北側擁壁に膨らみがあるとの指摘を受け、北側擁壁及び西側擁壁の一部の補修工事を実施した。
 その後の調査の結果、Xは、本件建物が都がけ条例6条に違反していて、防護壁や建物1階部分の補強が必要であることを認識するに至った。
(6)  Xは、売主Y1、宅建業者Y2、Y3に対し、Xが被った次の損害について賠償を求める訴訟を提起した。
 @ 条例違反を解消するための擁壁設置費用
                     約2082万円
 A 北側及び西側の擁壁補修工事約     約328万円
 B 不動産鑑定費用約            約32万円


3 裁判所の判断

(1) 説明義務違反の有無
@ 都がけ条例違反について
 重要事項説明書の記載は、本件土地の物理的な状況を記述するものにすぎず、都がけ条例6条違反という法令違反状態を説明するものとはいえない。宅建業者Y2、Y3が、都がけ条例6条に違反していることを説明しなかったのはX に対する説明義務違反である。
 Y1は、不動産取引に疎い素人であることも考慮すると、説明義務違反があるとはいえない。
A 北側及び西側の擁壁の膨らみについて
 重要事項説明書の記載で説明がされており、説明義務違反は認められない。
(2) Xの損害の有無及びその額
   都がけ条例違反を解消するために必要な擁壁設置費用約2082万円について、Y2、Y3らの説明義務違反と相当因果関係がある損害と認めた。


4 解説

(1) 法令違反についての説明義務
   本件重要事項説明書には「東西南北の隣接地(道路を含む)とは高低差があります。土留めのブロック塀・擁壁には土圧でひび割れや傾きの可能性もあります。」と記載されていました。
 この記載は、本件土地の物理的な状況を記述するものであり、物の性状の瑕疵(擁壁にゆがみがあったこと) の説明としては足りているが、法令(都がけ条例)違反状態の説明にはなっていないというのが裁判所の判断です。
 本事案では、Y2 担当者は本件建物が都がけ条例に違反しており検査済証も取得していないことを知っていたのに、重要事項説明書に記載していませんでした。
 Xが本件建物の法令違反状態をY2、Y3から適切に説明されていれば、法令違反状態解消のために要する費用をあらかじめ売買代金に反映するなどして不測の出費を避けることができたはずです。
(2) 擁壁の性状の瑕疵についての説明義務
   一方で、本事案では北側および西側の擁壁の膨らみによる補修工事費用については損害賠償請求が認められませんでした。「擁壁には土圧でひび割れや傾きの可能性もあります」との説明により、Xは擁壁補修工事の費用負担については予測できたということでしょう。
(3) 他の裁判例@ 〜 東京地判H29.9.12
   同じようながけ地の売買の事例で、宅建業者の説明義務違反を認めなかった裁判例を紹介します。
 当該事例では、売買契約特約及び重要事項説明書に、「買主は、本物件敷地内と隣接地・道路面との間に高低差があるため、建物を再建築する際には関係行政庁より本物件に対し、擁壁工事・建物基礎工事・建物の配置等につき指導を受ける場合があること及び、本物件南側の擁壁は検査済証が発行されていないことを了承の上、本物件を買い受けるものとします」と記載されていました。
 裁判所は、本件南側擁壁に瑕疵が存する蓋然性について買主は十分な説明を受けており、宅建業者らに説明義務違反はないと判示しています。
 擁壁について、行政庁より指導を受ける場合があることや、検査済証が発行されていないことを知っていれば、擁壁補修工事の費用負担については予測できたということでしょう。
(4) 他の裁判例A 〜 東京地判H 24.5.31
   がけ条例の適用の可能性のみ指摘し、当該土地にがけ条例の適用があるのかどうかはっきり説明しなかった事例で、宅建業者である売主及び仲介業者に追加建築費用等総額約1000万円の損害賠償が命じられた裁判例を紹介します。
 当該事例では、売買契約書及び重要事項説明書に「本物件は、東京都安全条例第6条(がけ条例)の適用を受ける場合があります」と記載されており、買主からがけ条例の適用の有無を聞かれた仲介業者は「正確にはわからない。売主に聞いて欲しい。」、売主は「適用はあっても問題なく対応可能」と返答していました。
 買主は、当該売買にあたり予算を設定しており、予算を超えるような事由の有無について強い関心があったため、がけ条例の適用について宅建業者である売主や仲介業者に確認したのでした。
 結局、がけ条例の適用があったことにより買主に不測の費用負担が発生してしまい、宅建業者らは説明義務違反による損害賠償責任を負うことになりました。
(5) まとめ
   上記の複数の裁判例からすると、宅建業者は買主に不測の費用負担が発生しないように調査のうえ説明しなければならないということになるでしょう。
 特に、がけ条例が問題となる事例では、宅建業者の説明義務違反が認められると損害賠償額が多額になる傾向があるので注意が必要です。がけ条例(千葉県)に基づく法律上の制限があることを重要事項説明書に記載していなかったため、売主の宅建業者が総額1億円を超える損害賠償を命じられている例もあります(東京地判H23 .4 .20)。
 一方、一級建築士による擁壁の安全性の調査を信頼してそれ以上の調査をしなかった仲介業者について、調査・説明義務違反はないと判示した裁判例もあります(東京地判H29.12 .26)。
 がけ地の売買にあたっては、適宜、建築士等の専門家の判断を仰ぐことも、損害賠償のリスクを減らすために有用といえるでしょう。
 
以上
 

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成31年3月号執筆分