『売主に対する瑕疵担保特約に基づく自然由来の汚染土壌除去
 費用の請求が認められた事例(判例解説)』


弁護士 広瀬 元太郎

1.はじめに

 土壌汚染は、土地の価値に重要な影響を及ぼします。特に、土壌汚染対策法が制定されてからは、このことが社会一般に浸透しています。そうすると、土壌汚染が発見された土地は、その除去等の対策をしない限りは、売却困難な(つまり、価値の低い)土地となっています。
 そのため、土地の売買契約書等に、売買契約締結後に土壌汚染が判明した場合の特約が設けられるようになりました。
 一般に土壌汚染には、工場の操業の結果発生した人為的なものと、天然に存在した汚染物質による自然由来のものに分けられます。本件は、自然由来の土壌汚染であったとしても土壌汚染であり、土壌汚染に関する契約の規定があれば、それにしたがわなければならないとされたものです。

2.事案の概要

(1) 平成24年9月(この時期は重要ですので、記憶にとどめておいてください)、不動産業者であるY1社及びY1の代表取締役であるY2は、Y1所有の土地を不動産業者X社に3億6038万円で売却する契約を締結しました。
(2) 売買契約書には、@土壌調査についてはX社が行うことをY1は承認する、A土壌汚染調査の結果、環境省の環境基準及び自治体の環境基準を上回る土壌汚染があった場合、Y1らが引き渡し日までに、土壌改良または除去により、その基準以下にして引き渡しを行い、その費用が5000万円を超える場合は当事者間で協議し、協議が整わない場合は、本件売買契約が解除できること、B本件土地につき、隠れたる瑕疵がある場合または第三者から故障の申し出がある場合は、Y1らが全責任を負ってこれを引き受け処理する旨が定められました。
(3) XとY1らは、平成24年12月に変更契約を締結し、瑕疵担保責任についてY1らが責任を負う期間を引き渡しの時から2年間に限り、隠れた瑕疵のうち、土壌汚染についてY1らの負担上限額を5000万円とする旨を定めました。
(4) XとY1らは、平成25年2月に、売買代金を3億8131万円に変更する合意をし、Xは売買代金を支払い、Y1らは本件土地を引き渡すとともに、Xは所有権移転登記をしました
(5) 平成25年7月、Xは本件土地を、マンション分譲事業を行うZに転売しました。Zが土壌調査をしたところ、ヒ素が発見され、ZはXに土壌対策費用2971万円を請求しました。そのため、XはY1らに同額を請求したところ、Y1らは支払いを拒否しました。
3.本件の争点

本件訴訟の争点は多数ありますが、本稿では次の2点(特に第1点目)をとりあげます。

(1) 自然由来の土壌汚染は除去の必要があるか。いいかえれば、売買契約の条項は自然由来の土壌汚染を除外する趣旨であったか。
(2) 土壌汚染対策費は妥当であったか。
4.なぜこのような問題が発生するのか

(1) 土壌汚染対策法が施行された当時は、環境省により「自然的原因により有害物質が含まれる土壌については、本法の対象とはならない」との通知が出され(平成15年2月4日環水土20号都道府県知事・政令市長あて通知、環境省環境管理局水環境部長)、自然由来の有害物質の存在は土壌汚染ではないとされていました。
(2) 過去には、この考え方による裁判例がでています。たとえば、東京地判平成23年7月11日では、「土壌汚染調査の結果、環境省の環境基準を上回る土壌汚染があった場合は、売主は土壌改良もしくは除去の費用を買主に支払う」との特約の付された土地売買において、自然由来のヒ素の存在が判明した場合において、買主から売主に対する請求を否定しました。
(3) しかし、有害物質が自然由来かそうでないかの判断は困難ですし、汚染された土壌による健康被害を防止するという法の目的を考えると、自然由来の有害物質とそうでないものを分ける実益はありません。
(4) 環境省は、土壌汚染対策法の平成21年改正を契機に考え方を改め、「同法第4章において、汚染土壌の搬出及び運搬並びに処理に関する規制が創設されたこと及びかかる規制を及ぼす上で、健康被害の防止の観点からは自然的原因により有害物質が含まれる汚染された土壌をそれ以外の汚染された土壌と区別する理由がないことから、同章の規定を適用するため、自然的原因により有害物質が含まれて汚染された土壌を法の対象とする」との考え方をとることになりました(平成22年3月5日環水土発第100305002号都道府県知事・政令市長あて通知、環境省水・大気環境局長)。
(5) このように、自然由来の汚染物質についての法律の考え方が変化したため、契約書の文言をどう解釈するかという点が争点となったと考えます。本件売買契約が締結されたのが、上記通知から相当期間が経過していることも本件裁判所の判断に大きく影響していると考えます。
5.裁判所の判断

(1) Xは不動産取引について相応の知識を有していたY1らに対し、本件土地から自然由来のヒ素が出る可能性があるため調査が必要であり、ヒ素が出た場合には、条例に抵触し、残土の処理費用がかさむことを説明し、それを前提に、その対策費用や本件売買契約における瑕疵担保条項を協議したものと認められる。
(2) また、本件土地が所在する市では、土壌汚染対策法を指導基準としているところ、平成22年4月1日施行の土壌汚染対策法の一部を改正する法律による改正後の同法においては、汚染土壌の搬出及び運搬並びに処理に関する規制が創設され、その規制の対象について、自然由来の有害物質かどうかによる区別をしていない。
(3) このため、X及びY1らは、本件瑕疵担保条項において、自然由来のヒ素を除外する趣旨であったとは認められず、Y1らの主張は認められない。


6.取引において注意を要すること

(1) 自然由来の有害物質によって汚染された土壌も、土壌汚染対策法の対象であるということは、すでに10年前の環境省の見解により結論がでています。
(2) 土壌汚染による健康被害を防止するという同法の趣旨からみても、自然由来の汚染物質とそうでないものの区別が困難であるという点からも、上記の環境省の見解は妥当なものと考えます。
(3) 分譲マンションの建築を目的とする土地の売買を行った場合、当該土地に環境基準を超える汚染がある場合は、それがどのような汚染由来であったとしても、買主はそれを処理する必要があります。汚染土壌の処理をしないと、商品として売り出せないからです。
(4) 以上の点から考えると、売買契約中に、土壌汚染が発見された場合の売主の担保責任が規定された場合には、それが自然由来のものかそれ以外のものであるかを区別する趣旨ではないと考えるのが通常です。したがって、「自然由来の有害物質を除外する」との明確な合意がない限り、汚染由来にかかわらず、売主はその責任を負わなければいけないのは当然といえます。
(5) 売買契約中に土壌汚染が発見された場合の売主の担保責任が規定された場合で、土壌汚染が発見された場合には、汚染由来にかかわらず、売主はその処理費用を負担しなければならないという点には注意する必要があります。
(6) なお、本裁判においては、土壌汚染対策費の妥当性も争点となっています。汚染除去に必要な範囲を超える改良工事を行っても、その費用の請求ができない場合があるので、その点についても注意する必要があります。


以上

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和2年2月号執筆分