『雨漏り・給湯設備の瑕疵を理由とした、買主の売主に対する原状回復費、
 防水工事費の請求について(判例解説) 』


弁護士 増 田 勝 洋

1.はじめに

 ご存知のとおり、本年4月1日から既に施行されている改正民法におきましては「瑕疵担保責任」という用語が記載されなくなり、新たに「契約不適合責任」という概念が導入されました。
 これまでは、土地や建物といったこの世に一つしかない物(特定物)については、売主が単に物を引き渡しさえすれば契約自体は履行されたと評価し、仮に引き渡した物に欠陥があった場合には、法律が特に売買の有償性を考慮し「瑕疵担保責任」という責任を規定して買主を保護していたのですが、改正民法においては、目的物の品質について契約の内容に適合した物件を引き渡すことまでが契約の内容になっていると考えることから、たとえ土地や建物といったこの世に一つしかない物であっても、売主が単に物件を引き渡ししただけでは契約の履行がなされたと評価できず、売買の目的物に何らかの欠陥がある場合、買主は売主に対し、債務不履行責任に基づき、物件の修補や代金の減額、損害賠償あるいは場合によっては契約の解除を請求できることになりました(改正民法562から564条)。
 このように瑕疵担保責任という用語はなくなりましたが、売買契約により購入した不動産物件に何らかの欠陥があることが判明した場合、買主が売主に対し契約の内容に適合しないとして一定の請求をなしうることに変わりありません(なお、旧法下の「瑕疵担保責任」と新法での「契約不適合責任」につきましては、要件や効果、行使できる期間等について若干の差異がありますが、紙面の都合で本稿では触れませんので、各自ご研鑽ください。)。
 そこで今回は、旧法が適用された事案ではありますが、売買された不動産物件に何らかの欠陥があることが判明した場合、売主にどのような責任が認められるかに関する一事例として、購入した共同住宅に雨漏り及び給湯設備の瑕庇があったとして、買主が、売主に対し、原状回復工事費用、防水工事費用等を請求した事案について請求の一部が認められた事例(東京地裁平成30年7月9日判決一部認容ウエストロー・ジャパン)をご紹介したいと思います。

2.事案の概要

 買主X(原告)は、平成27年11月、売主Y(被告)との間で、鉄筋コンクリート造5階建ての共同住宅(賃貸用マンション)につき、売買契約を締結し、同年12月に引渡を受けました。
 本件契約では、@売主は、引渡し後3か月以内に発見された雨漏り、シロアリの害、建物構造上主要な部位の木部の腐食、給排水設備の故障についてのみ、買主に対して責任を負う、A瑕疵が発見された場合、売主は、自己の負担において、その瑕疵を修復しなければならない。なお、買主は売主に対し、瑕疵の修復以外、損害賠償の請求をすることはできないと定められていました。
 平成28年1月、5階の一室の入居者が退去し、立会い業者が室内を確認したところ、天井に染みがあることを発見し、壁紙を剥がしてコンクリートの天井が湿っていることを確認しました。Xは、Yに対し、平成28年2月に雨漏りの事実を伝えましたが、Yは、本件建物を所有当時、本件居室の入居者から、雨漏りについて苦情はなかったなどとして、修繕工事に応じることはありませんでした。
 また、本件建物は、セントラル給湯方式を採用していましたが、平成28年2月、入居者から、お湯が出ないとの苦情が入り、給湯器の交換をXの費用で行いました。しかし、同年3月、入居者からお湯の温度が低いとの苦情が入ったため、調査したところ、循環ポンプの力が弱まっていることが判明し、同年4月、Xは、循環ポンプ及び給湯管の工事を行いました。これらの工事費用に関しても、Yは、経年劣化であるなどとして、支払うことはありませんでした。
 そこで、Xは、Yに対し、雨漏り及び給湯設備の瑕疵があったとして、売買契約の瑕疵担保責任に基づき、原状回復工事費用、防水工事費用等として、675万円余の支払を求めて提訴しました。

3.判決の要旨

 裁判所は、次の通り判示し、XのYに対する請求を一部認容しました。
(雨漏りの瑕疵について)
(1)  平成28年2月、立会い業者が本件居室の天井に染みがあることを発見し、壁紙を剥がしてコンクリート躯体に湿気があることを確認したこと、平成29年7月には壁紙を剥がした箇所の部分に水が滴り落ちた跡があったことから、それらの時点で雨漏りが生じていたと認められる。雨漏りの原因が、屋上の防水層の切れ目からコンクリート躯体に雨水が浸透し、それが本件居室まで到達したことが原因であることからすると、ある程度の期間をかけてコンクリート躯体への浸透が進行したと考えられることに照らせば、本件建物の引渡日である平成27年12月時点で、既に雨漏りが生じていたと認められる。
 Yは、本件建物を所有当時、本件居室の入居者から、雨漏りについて苦情はなかったと主張するが、雨漏りの程度からすると、入居者が苦情を申し立てないこともあながち不合理とはいえないから、前記認定を左右しない。
 また、Yは、天井壁紙の染みは、結露や入居者の使用方法によっても生じ得るものであると主張するが、天井には現に水が溜まっており、それが雨漏りであることは明らかであることに照らせば、雨漏り以外の原因によって天井に水分が生じたと認めることはできない。
 したがって、本件建物引渡時点において、隠れた瑕疵が存在したことが認められる、としました。

(2)  具体的な損害額については、
 本件居室の壁紙の原状回復工事費用は、10万円余と認める。
 屋上防水工事費用は、屋上全面の防水層を交換する費用は320万円であるところ本件建物の雨漏りは本件居室のみであることに照らせば、当該工事は瑕疵の修補に必要な範囲を超え、過大なものと言わざるを得ない。Xは、雨漏りの原因となった箇所が特定できず、全面工事をしなければ実効性がない旨主張するが、瑕疵の修補に必要な工事を特定し、その修補費用を主張立証する責任はXが負うのであるから、特定不能を理由に全額の賠償を認めると、Yの負担の下、Xに過大な利益を与えることになり、妥当ではない。そして、本件建物の5階居室は6室であり、雨漏りが生じている箇所と防水工事を必要とする範囲は一定の相互関係にあると考えられることや、施工する単位面積にかかわらず生じる費用が一定程度あること等の諸事情に照らせば、損害額は100万円を相当と認める。
 Xは、本件居室が使用できなかったことをもって、前居住者が退去してから現在に至るまでの賃料が損害に当たると主張する。しかしながら、Xは、自らの費用で防水工事ができたのであるから、合理的期間は2か月と認められ、損害額は8万円余と認める、としました。
 なお、Yは、本件契約上、売主が負う瑕疵担保責任は修復義務に限定されると主張していましたが、Yが修補義務を履行する意思がないことを明らかにしている以上、損害賠償制限条項の適用を主張することは信義則に反し、許されるべきではないとして、Xの損害賠償請求が妨げられるものではない、と判断しました。

(給湯設備の瑕疵について)
 この点について、Xは、給湯設備の瑕疵は一連のものであり、瑕疵担保責任の期間内である給湯器の故障が発見された時点を基準とするべきであると主張しました。
 しかし、裁判所は、給湯器の故障と、給水ポンプの性能低下及び給水管からの漏水は別個の瑕疵であって、一体のものと解することはできない。
 Xは、給水ポンプ及び給水管の工事費用を請求しているところ、これらの瑕疵が発見されたのは、本件建物の引渡し日から3か月を経過しており、瑕疵担保責任の制限期間後であることが明らかであるから、Xの請求は認められない、としました。
4.まとめ

 本判決は、その具体的な事案の内容に照らし、@本件建物引き渡しの時点で雨漏りの欠陥が存したから瑕疵担保責任を負う、A具体的な損害額は本件居室の壁紙の原状回復工事費用、防水工事費用は屋上全面の工事ではなく本件居室と一定の関係にある範囲の工事費用に限られ、居室を使用できなかった損害も合理的な期間に限る、B給湯器の故障の損害は認めるが、瑕疵担保責任の制限期間後に発見された給水ポンプ及び給水管の工事費用は認めないなど、雨漏り、給湯設備の欠陥に関する瑕疵担保責任の存否や範囲を認定したものであり、今後の実務の参考となると思われます。
 また、売買契約において修補請求以外の請求を認めないと限定する内容の約定をしていても、売主に修補義務を履行する意思がないことが明らかな場合、信義則により、損害賠償請求も可能としていることも注目されます。
以上

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和2年4月号執筆分