「消費者契約法の適用と不動産取引」

弁護士 江口 陽三


  「消費者契約法」といえば,「この商品は○○の効能がある」などという虚偽情報を告げられて高額な化粧品を買わされたり,「出て行って欲しい」と言っているにもかかわらず,業者が自宅に上がり込んだまま帰ろうとせず,困り果てて高額な教材を買わされたり…といった消費者問題について,消費者を保護するために制定された法律,という印象が強いかもしれません。
  しかし,この「消費者契約法」,実は不動産取引にも深く関わってくる法律なのです。
  「消費者契約法」は,「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差」にかんがみ,消費者の利益を擁護することなどを目的として(消費者契約法第1条),平成13年4月1日に施行されました。

  この「消費者契約法」は,「消費者契約(『消費者(事業としてでもなく,事業のためにでもなく契約の当事者となる個人)』と『事業者(法人その他の団体及び事業として,または事業のために契約当事者となる場合における個人)』との間の契約)」の全てを対象としています。
  したがって,「消費者契約」である限り,不動産取引(土地建物の売買・賃貸借等)にも当然に「消費者契約法」が適用されます。逆に,不動産取引であっても,「事業者」同士の契約や「消費者」同士の契約には「消費者契約法」は適用されません。

  この「消費者契約法」のうち,もっとも脚光を浴びている条文の一つが「不当条項の無効」を定めた第10条です。
  消費者契約法第10条は,@民法等の規定の適用による場合に比べて,消費者の権利を制限したり消費者の義務を加重したりする条項で,A「信義則」に反して消費者の利益を一方的に害するものを「無効」とした規定です。
  当事者同士で合意して契約を締結した以上,契約当事者は当該契約の条項に拘束されるのが原則ですが,消費者契約法第10条が適用される場合には,当該条項が民法等の規定に比べて消費者の権利を制限したり義務を加重したりする条項であり,尚且つ信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであれば,いくら当事者同士で合意した契約の条項であっても「無効」となるのです。

  不動産取引に関しては,住宅の賃貸借契約における「敷引特約」や「更新料特約」について消費者契約法第10条により争われる例が散見され,これらの特約が同条によって「無効」とされる例も,下級審においてしばしば見られています。

  「敷金」とは,賃料その他の賃借人の債務を担保する目的で,住宅を借りる際に賃借人から賃貸人に対して差し入れるお金ですので,当該住居を明け渡したときは,賃借人に賃料不払い等の債務不履行がなければ全額が,債務不履行があればその損害額を控除した残額が賃借人に返還されることが予定されています。これが,「敷金契約」の大原則です。
  しかし,実際には,賃貸借契約書に「敷引○万円」と記載されていることが多く,この敷引○万円を控除した敷金のみが賃借人に返還されるという慣行が見られます
。   この「敷引特約」については,本来,債務不履行による損害額を控除した全額が返還されるはずである消費者の敷金返還請求権を制限し,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるから消費者契約法第10条により「無効」であると判断した判決が,簡易裁判所・地方裁判所を中心にいくつも出されています。

  住宅の賃貸借契約について,1年ないし数年ごとに「更新料」を支払うという「更新料特約」については,大阪高等裁判所において,平成21年に相次いで判決が出されましたが,一方は「更新料特約」を消費者契約法第10条により「無効」としたものであり(平成21年8月27日付判決),他方は同条に該当せず「有効」とするものでした(同年10月29日付判決)。
  上記各判決は,いずれも更新料特約について民法等の規定に比べて消費者の義務を加重していると判断した上で,前者は,賃借人が負う大きな経済的負担に見合う合理的根拠がないこと及び賃借人は実質的に対等・自由に取引条件を検討できないまま賃貸借契約を締結したと評価しうる事情に照らせば,「更新料特約」が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるとして,「無効」と判断しました。
  他方,後者は,更新料の金額が適正な金額にとどまっていること及び情報量・交渉力等に著しい格差があったとは認められないなどの理由から,「更新料特約」は信義則に反する程度にまで一方的に不利益を受けたとまではいえないとして,「有効」と判断しています。
  同じ裁判所においてこのように判断が分かれているのは,「更新料特約」が消費者契約法第10条に該当するか否かについて,各事案の個別具体的な事情に照らした判断をしているからと考えられます。
  なお,「更新料特約」の効力については,これらの判決以外にも,全国の下級審において有効判決・無効判決が入り乱れている状況です。
  現在,上記2件の判決は共に最高裁に上告中であり,最高裁判所における「更新料特約」の効力についての判断が注目されています。