不動産取引における瑕疵担保責任@−心理的瑕疵−

弁護士 辰 田 昌 弘

1.はじめに
 不動産取引において,目的物である土地や建物の瑕疵が原因で損害賠償請求や契約解除(民法570条)といった紛争に至ることがあります。瑕疵の中でも,建物の傾斜,雨漏り,シロアリ,土壌汚染,地中埋設物等の場合は,土地・建物そのものから瑕疵の有無がわかります。このような物質的な瑕疵は,事前に現地を確認したり土地の来歴を調査しておけば紛争の防止につなげることができます。
 民法570条の「瑕疵」とは,契約上予定されていた品質・性能を欠いていることです。この「予定されていた品質性能」とは,目的物が通常備えるべき品質・性能だけでなく契約で保証された品質・性能も含めると考えられています。瑕疵を巡る紛争の多くは先に述べたような物質的な瑕疵であり,その他法令上の制限も瑕疵に含まれます。
 ところが,不動産そのものについて調査し,法令も調べた結果何の欠陥も見当たらなかったにもかかわらず,後で瑕疵担保責任や説明義務違反を問われる場合があります。問題なく建築ができる土地,安全に利用できる建物であるにもかかわらず責任を問われるとはいったいどういうことでしょうか。

2.環境瑕疵
 その一つは,不動産そのものには問題がなくてもそれをとりまく環境に問題がある場合です。例えば,近隣建物からの騒音・振動・異臭,日照や眺望障害,近くに遊戯施設・ごみ焼却施設・廃棄物処理施設が存在するような場合です。法律上の正式な用語ではありませんが,このような類型は「環境瑕疵」と呼ばれています。この環境瑕疵の場合は,目的物の周辺環境まで調査範囲を広げれば問題の原因を確認することも不可能ではありません。
 もう一つは,この環境瑕疵がない点を調査しても把握できないさらに難しい瑕疵です。不動産自体を調査したところ何の欠陥もない。周囲の環境も良好である。にもかかわらず,後になって「こんなひどい建物にはとても居住できない。」と抗議される場合があるのです。 それが今回のテーマである「心理的瑕疵」と呼ばれる類型です。

3.心理的瑕疵とは
 心理的瑕疵とは,例えば,その建物で過去に殺人事件や自殺があったというような場合です。建物の構造や見た目には問題はなく,周囲の環境も良好だとしても,住み心地の良さを欠くという点で不動産に心理的な欠陥があると考えるわけです。契約上そのような住み心地の欠陥がないということが予定されていた,にもかかわらず実際にはその欠陥が存在したのだから瑕疵に該当するということです。瑕疵の概念が拡大されてきたと言えます。
 先程の環境瑕疵にも心理的な欠陥という側面が含まれていますが,ここではそのうち周辺環境の問題という側面が弱いものを特に「心理的瑕疵」と言うことにしておきます。これも法律上の正式な用語ではありません。実際に生じる事例では,環境の欠陥と心理的な欠陥とが混ざりあっているという場合が多いと言えます。例えば,一見したところ普通の建物だが実は暴力団事務所であったという場合や,実はカルト宗教団体の修行場であったという場合,実際に迷惑が発生しているのでなければ環境に問題があるというより事件発生を想定して心理的に不安になるという側面が強いと言えます。

4.心理的瑕疵を巡る裁判例
 心理的瑕疵については,すでにいくつかの裁判例が出ています。目的不動産で過去に自殺や殺人事件があった,火災による死亡事故が発生した等の事案です。なお,瑕疵の問題は売買だけでなく賃貸借の目的不動産に関しても発生します。
 それでは,裁判例の傾向を概観しておきましょう。
 まず,心理的瑕疵の定義について判例は,民法570条の瑕疵には目的物に物理的欠陥がある場合だけではなく,目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥がある場合も含まれるという言い方をしています。
 もちろん,自殺等の嫌悪すべきことがあったとしても直ちに瑕疵になるわけではありません。実際に瑕疵ではないとした判例もありますのでご注意ください。裁判とは,それぞれの具体的事情を細かく検討して判断していきますので事案によって結論が異なります。そのため,これまでの裁判で,どのような要素が瑕疵であるか否かの判断において重視されたかを理解することが大切です。裁判例は次のような点を総合的に考慮して,瑕疵であるかどうかを判断しています。
(1)行為の性質
 その不動産でどのようなことが発生したかにより,心理的な受け取り方は異なります。例えば,殺人事件があったなら,それはショッキングな出来事であり,多くの人はその同じ場所で生活するのは嫌だと感じるでしょう。殺人事件の犯行態様によってはその嫌な気持ちがより一層強くなるものもあります。
自殺があったという場合でも,薬を飲んで意識不明になり病院に運ばれてから亡くなったという場合と,絞首自殺の場合とは嫌悪の感情も異なると言えます。裁判例では,購入不動産で発生した死亡について,死体検案書では睡眠薬による自殺と記載されていましたが,裁判では自殺ではないとされて瑕疵担保責任が否定されたケースがあります。薬を服用して死亡したという客観的行為には違いがないのですが,自殺でなければ嫌悪の感情は生じないという判断です。
(2)行為からの経過年月
 時が経過すれば事件の印象も徐々に薄れていきます。先月に発生したというのと10年前というのとではかなり違います。ただ,これは先程の事件の内容の影響を受けます。特異な猟奇性を帯びた事件であったことをも考慮して約50年前に発生した事件でも,時間的に近隣住民の記憶から薄れるほど遠い昔のことでもないとした判例もあります。
(3)地域性・当時広く知れ渡ったか否か
 周囲に居住している人の入れ替わりが激しく数年で事件のことを知っている人がいなくなるような都市部と,長年同じ人々が代々暮らし続けるような地域とでは,事件風化の速さが異なります。自殺から6年11月経過しても山間農村地ということを考慮すればそれほど時間の経過は長期でないと認めた判例があります。
 地域性に加え,発生当時報道などで広く知られていたか否かも判断に影響します。
 実際に居住を始めてから,日頃交流する近隣の人から事件のことについてあれこれ聞かされたり,うわさをされると良い気持ちがしないでしょう。
(4)発生場所
 自殺や殺人なら建物内部で行われたのか,屋外の附属建物なのか,すでに取りこわされた建物内で起きたのか等発生場所も考慮すべき要素です。後に改装や改築がされたか否かも影響するでしょう。
 普通なら事件が起きた物件そのものが消滅すれば影響はなくなると考えられます。しかし,発生した事件の影響が強ければそうはいかず,心理的影響が残るため瑕疵だとされることがあります。例えば,買い受けた土地にかつてあった建物で3年前に火災により焼死者が出たという事案で,建物はなくなっていても抵抗感を抱く者が相当数あるとして瑕疵を認定した裁判例があります。また,買い受けた土地の上にかつてあった建物で8年前に殺人事件が起きていたという事案でも,瑕疵があるとして売買価格の5%の損害賠償を認めた裁判例もあります。
(5)利用目的
 そのまま居住するのか,昼間だけ利用する事務所や工場にするのかという利用目的によっても異なります。
(6)以上の他にもまだ様々な要素があり,裁判所はそれらを総合的に評価して瑕疵に該当するかどうかを判断します。その際,発生した事件により不動産の買い手が減少し価格が下がるという関係があればこれも瑕疵該当性の判断で考慮されます。その下落した価格が一般の人々のその物件に対する気持ちのあらわれ,評価だと理解できます。それが代金額と釣り合っていなければ,その差額を瑕疵担保責任による損害賠償で埋めるのが妥当ではないかというわけです。

5.心理的瑕疵に対処するには
 心理的瑕疵の有無はこのように難しい判断となります。そうすると,問題をこじれさせて見通しが難しい訴訟に持ち込むより,契約の時に紛争が発生しないようにする方が賢明です。世の中には様々な人がいます。過去の出来事を全く気にしない人や少し価格を下げてもらえれば我慢できるという人もいます。もちろん,とてもそこまで割り切って考えられないという人も多いでしょう。いずれの場合も双方が問題と思われる部分を正確に把握し,それに見合う価格で納得して取引をすればそれが契約で保証した基準となります。欠点が瑕疵ではなくなります。売主(貸主)側で事情を説明し,それでも良いという取引相手を広く探すこと,そして双方が納得する取引条件を設定することが大事です。トラブルにならないよう慎重な対応を心がけてください。