土壌汚染に関する瑕疵担保責任のとらえ方 |
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弁護士 澤 由美 |
1 はじめに 不動産取引において、取引の目的物である不動産(土地・建物)に「隠れた瑕疵」があった場合、買主は売主に対して、損害賠償を請求し、あるいは、瑕疵の存在により契約の目的を達成できない場合には契約を解除することができます(いわゆる売主の瑕疵担保責任 民法570条、同566条)。 ここでいう「瑕疵」とは、一般的に「契約上予定されていた品質・性能を欠いていること」をいいます。 |
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2 瑕疵の判断基準について では、「契約上予定されていた品質・性能を欠く」とは、具体的にどのようなことをいうのか、詳細にみていきましょう。 学説上、瑕疵の判断基準について、@当該目的物が通常備えるべき品質・性能を基準とする(主観説)と、A契約当事者が当該目的物にどのような品質・性能を予定していたかを基準とする(客観説)に分類することができますが、具体的な契約を離れて抽象的に瑕疵の有無を判断すべきではないとするのが通説的な見解であるといえます。判例上も、通常有すべき品質・性能を欠いている場合だけでなく、売主が特に保有すると保証した品質・性能を欠く場合にも瑕疵にあたるとしています(大判昭8・1・14民集12巻71頁)。 以上のとおり、瑕疵とは、具体的な契約を離れて抽象的にとらえるのではなく、契約当事者の合意、契約の趣旨に照らし、通常又は特に予定されていた品質・性能を欠く場合をいうのが、判例、通説的見解であるといえます。 裏を返せば、買主は、自己の使用目的等から、当該目的物が一定の性質を有するものとしてその対価の決定をして契約を成立させるわけですから、その有すると予定した性質を欠く場合には瑕疵があるということになります。 |
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4 最高裁判例の考え方 |
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5 実務に与える影響
上記最高裁判例は、これまでの民法570条にいう瑕疵の考え方についての通説的見解を変更するものではありませんが、実際の契約において、瑕疵の該当性を考えるにあたっては、重要な意義を有するものといえるでしょう。 最高裁判例が判示したとおり、本件売買契約の当事者間において、目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、個別具体的に、当該売買契約締結時の取引観念をしんしゃくして判断する必要があるといえます。なぜなら、売買契約締結後に科学技術の発達等により、目的物の品質・性能に対する評価にも変化が生じるケースは十分想定できるわけですが、そのような契約締結後の事情も取り込んで瑕疵の有無を判断するとすれば、契約当事者間において予定されていなかった事態に至った場合も瑕疵に当たりうる可能性が生じ、売主の瑕疵担保責任の範囲を著しく拡大することとなり、法的安定性を欠くといえるからです。 もっとも、本件のような事例において、では、契約締結がいつ以降であれば、瑕疵に当たるのかという判断は一概には結論が出ないといえます。本件売買のように、契約締結が土壌汚染対策法公布の10年以上前の事例であれば、瑕疵に当たらないとするのが結論として妥当であるといえますが、土壌汚染対策法公布あるいは環境基準告示の1日でも前であれば瑕疵に当たらないのかというと、必ずしもそうではないでしょう。やはり、個々のケースごとに、契約締結当時の一般通念、取引観念に具体的に照らし合わせる必要があるといえます。 なお、土壌汚染対策法施行後は、有害物質による土壌汚染による健康被害は一般通念化しているといえますので、現在において、基準値を超えるふっ素による土壌汚染は明らかに瑕疵に当たるといえます。したがって、土地の取引に関与する場合は、目的物が純然たる住宅用土地以外である場合は、可能な限りその土地の使用履歴を調査して買主に説明する必要があるといえます。また、土壌汚染調査の有無や、調査を既に行っている場合においては、調査結果の開示や説明が必要となります。 |
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6 まとめ 以上のとおり、民法570条にいう「瑕疵」とは、「契約当事者が契約当時に予定していた品質・性能を欠いていること」をいい、それは、「取引観念に照らして通常備えるべき品質・性能を欠いていること」のほか「当事者が特別に予定していた品質・性能を欠いていること」も含みますが、前者の「取引観念」とは、本件最高裁判例が示したとおり、「契約締結当時の取引観念」に照らして判断すべきであるということになります。 このように、瑕疵担保責任における瑕疵とは、契約締結当時の取引観念や契約の趣旨等によりその内容は変動しうるものであるということに留意すべきでしょう。 |