建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵について−判例解説−
(最高裁平成23年7月21日第一小法廷判決)

弁護士 岩本 洋

1 はじめに

 本件は、前所有者Aから建物を譲り受けた所有者Xが、直接の契約関係にない同建物の設計、施工者等(Y1、Y2)に対して不法行為責任を追及しうるか否かが問題となったケースです。この点についての最初の最高裁判決(後述の第1次上告審判決)とこれを補足する今回の最高裁判決(後述の第2次上告審判決)が出ましたので、ご紹介させていただく次第です。
 売買の対象物である建物に欠陥があった場合については、売主の瑕疵担保責任を追及することが通常ですが、売主に資力がない場合や、瑕疵担保責任の期間が経過している場合などには現実には責任追及できません。そこで、直接契約関係のない、建物の設計、施工者等に対し不法行為責任を追及してきたのが本件です。


2 事案の概要

 事案を詳しく見ていきましょう。Aは昭和63年10月19日、Y2との間で、Aの所有する土地上に建物を建築する旨の請負契約を締結しました。また、Aは本件建物の設計及び工事監理をY1に委託しました。本件建物は平成2年2月末日に完成し、同年3月2日、Y2よりAに引き渡され、Aは同年5月23日に本件土地建物をXに売却しました。ところが、本件建物は、鉄筋コンクリート造陸屋根9階建の建物であり、9階建の棟と3階建の棟とが接続された構造になっていたところ、廊下・床・壁のひび割れ、梁の傾斜、鉄筋量の不足、バルコニーの手すりのぐらつき、排水管の亀裂や隙間などの瑕疵があることが判明しました。
 そこで、Xは、Yらに対して不法行為に基づく損害賠償として瑕疵の修補費用相当額等を請求しました。なお、訴訟係属中の平成14年6月17日に競売により第三者に売却されています。つまりXは現在の所有者ではありません。
 裁判は、第1審判決→第1次控訴審判決→第1次上告審判決(破棄差戻)→第2次控訴審判決→第2次上告審判決(今回の判決)(破棄差戻)→第3次控訴審に差し戻されて審理中であるという非常に長い経過をたどっています。


3 第1次上告審判決(平成19年7月6日最高裁判決)

 第1審ではXの請求が認められましたが、第1次控訴審では、請負の目的物に瑕疵があるとしても、「その違法性が強度である場合」に限ってYらの不法行為責任が認められるとしてXの請求を棄却しました。XはAに対し、次いでAはYらに対し瑕疵担保責任を追及すべきであり、それが出来ないからといってYらに不法行為責任を持ち出すのは瑕疵担保責任の期間を短くした趣旨を没却すると考え、不法行為責任が追及できる場合を限定的に考えたのです。
 Xが上告をした結果、第1次上告審は、建物は建物利用者や隣人、通行人等の「生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。」としたうえで、建物の建築に携わる設計・施工者等は「建物の建築にあたり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべき」であると判示しました。
 そして、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵の有無を審理するため、破棄差戻となりました。


4 第2次上告審判決(平成23年7月21日最高裁判決)

 まず、破棄差戻後の第2次控訴審判決は、第1次上告審にいう「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合」か否か、について「建物の瑕疵の中でも、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵をいう」としたうえで、現実的な危険の発生はないとして、Yらの不法行為責任を否定しました。
 しかし、第2次上告審判決は、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、「居住者等の生命、身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい、建物の瑕疵が、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず、当該瑕疵の性質に鑑み、これを放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には、当該瑕疵は、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当すると解するのが相当である。」としました。
 そして、「当該瑕疵を放置した場合に、鉄筋の腐食、劣化、コンクリートの耐力低下等を引き起こし、ひいては建物の全部又は一部の倒壊等に至る建物の構造耐力に関わる瑕疵はもとより、建物構造耐力に関わらない瑕疵であっても、これを放置した場合に、たとえば、外壁が剥落して通行人の上に落下したり、開口部、ベランダ、階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや、漏水、有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるときには、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当するが、建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵は、これに該当しない。」としたのです。この基準に則って瑕疵の有無を判断するために再度、高裁に差し戻されることとなりました(第3次控訴審)。
 第2次控訴審のように、現実的な危険性を生じている場合に限定すれば、瑕疵を放置した場合に拡大損害(この場合、建物以外の居住者等の生命、身体又は財産ということになります)が生ずる危険があるにも拘わらず、危険が現実化するまでは建物そのものの修理費用の請求をすることが出来ないこととなります。しかし、修理費用請求が出来ないことで、建物の危険性の増大、現実化を招くとすれば本末転倒であり、不当な結論です。とすれば、これを放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化する瑕疵を、「建物の基本的な安全性を損なう瑕疵」とする最高裁の判断は妥当だと考えられます。
 ついで、第2次上告審は、すでにXは建物所有権を失っているにもかかわらず、損害賠償請求権を行使できるか否かの点について、「上記所有者が、当該建物を第三者に売却するなどして、その所有権を失った場合であっても、その際、修補費用相当額の補填を受けたなど特段の事情がない限り、一旦取得した損害賠償請求権を当然に失うものではない。」と判示しました。
 本件で、Xは修補費用を現実には支出していません。費用の支出もしておらず、所有権も失っているにも拘わらず、賠償を認めることは、事後的な救済を目的とする不法行為法になじまないとの指摘もあるところです。しかし、建物の修理費用はケースによっては莫大であり、これを現実に支出した場合のみ請求できるのでは現実的ではありません。資力のある者のみが賠償請求できることとなってしまいます。また、瑕疵ある建物を売却する場合には、売主がその瑕疵を知っているときには、買主にその瑕疵を告知し、自ずと代金額に反映されるものと考えられます。そうすると、むしろ、瑕疵のある物件としてしか売却が出来なかったということで現実に損害が発生しているとも言えるのです。本件では、Xは競売により本件建物の所有権を失っていますが、その際、本件建物に「建物としての基本的安全性を損なう瑕疵」を含む各種瑕疵があることを前提とした評価がなされていました。この点でも、最高裁の判断は妥当だと考えられます。


以上