消費者契約法と更新料特約について−判例解説−

弁護士 大園重信

1. 更新料は、賃貸借契約の期間満了により契約を更新する場合に賃借人が賃貸人に一定金額を支払うことであり、賃貸借契約にその旨が定められていれば、それを更新料支払特約あるいは更新料特約と言います。更新料に関しては、民法や借地借家法を含めて法律に明文の規定がありません。更新料は、借地契約及び借家契約のいずれにおいても定められることがありますが、それが問題になるのは主に建物賃貸借契約についてであり、更新料特約が消費者契約法第10条後段(消費者契約の条項が民法1条2項に規定する信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものである場合には無効とされます。)に違反して無効であるかどうかです。最高裁判所は、平成23年7月15日の判決(以下、「最高裁判決」という。)で更新料について初めて判断を示しました。最高裁判決は、更新料の意義について、「更新料は,期間が満了し,賃貸借契約を更新する際に,賃借人と賃貸人との間で授受される金員である。・・更新料は,賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり,その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると,更新料は,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である。」とし、そして更新料特約と消費者契約法第10条との関係については、「・・更新料条項についてみると,更新料が,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有することは,・・説示したとおりであり,更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない。また,一定の地域において,期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや,従前,裁判上の和解手続等においても,更新料条項は公序良俗に反するなどとして,これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると,更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。そうすると,賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう『民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの』には当たらないと解するのが相当である。」としました。すなわち、更新料特約は、それが賃貸借契約書に具体的にはっきりと記載されており、そしてその金額が賃料額や更新される期間等に照らして高額すぎるという特段の事情のない限りは有効であるとされました。最高裁判決での事案は、月額賃料が45,000円、契約期間が1年間、そして更新料が10万円(月額賃料の約2.2倍)というものであり、判決によれば前記更新料特約自体が無効とは言えず、例外的に賃料額や更新期間に比べて高額すぎるという特段の事情がある場合には、更新料特約が無効とされることがあるとしています。高額すぎるという特段の事情があることから更新料特約が無効とされるのはどんな場合であるのかが問題になります。

2. 更新料特約の効力が争われた件について、大阪高等裁判所は、平成24年7月27日判決(更新料問題を考える会ウェブサイト)で、更新料特約が消費者契約法第10条に違反しないとして賃借人からの更新料返還請求を棄却しました。この事例は、更新料が消費者契約法第10条後段に該当するかどうかの限界事例とも言える事案であり、更新料の金額を定める場合にどの程度までであれば有効とされるのについて実務上参考となるものです。賃料月額48,000円、共益費月額5,000円、期間1年間、敷金10万円(明渡時に基本清掃料26,250円を控除して返還する。)、そして更新料15万円とする建物賃貸借契約について、賃借人が賃貸人に明渡時までに支払った更新料3回分45万円及び基本清掃料26,250円の返還を求めた事案です。原告(賃借人)は更新料特約により一見低い賃料月額を示して賃借人を誘引する効果があるなどとして更新料特約は消費者契約法第10条により無効であると主張し、そして被告(賃貸人)は最高裁判決の立場や更新料を含めて賃貸人が収入を得ることに合理性があるなどとして更新料特約は有効であると反論しました。原審の京都地方裁判所は、平成24年2月29日判決で、敷金から一定額を基本清掃料として控除すると定めた敷引特約は消費者契約法第10条には該当せず、有効であるとしました。その一方で、同判決は、更新料の特質やその有効性については最高裁判決を踏襲し、@賃借時に礼金18万円を支払い、これに更新料を含めると実質的賃料が契約所定賃料の26%増となること(更新直後に解約されれば実質賃料は更に高くなる)、A対象物件が某大学学生を相手とする利便性の高いものであるから賃借人側に交渉の余地が乏しいこと、などを指摘し、そして賃借人が負担額を認識していたとしても更新料額が高額に過ぎるとした上、更新料は信義則に違反しない範囲で有効であるとしました。このような判断に基づき、京都地裁は、更新料のうち期間1年間の本件賃貸借契約で賃料年額576,000円の2割(115,200円)を超える部分34,800円(支払済み更新料3回分合計額のうちの104,400円)の返還を命じました。原審判決は控訴され、大阪高等裁判所は、基本清掃料控除特約を有効とし、そして期間1年で月額賃料の約3.1倍の更新料特約に関しては、賃料額や契約期間に照らしてやや高額であることは否めないが、実質賃料(礼金や更新料を含めた賃借人の負担金額)が本件物件や立地条件等に照らし特に高額とまでは言えず、更新料が高額に過ぎるとの特段の事情が存在するとまではかろうじて言えないとして更新料特約を有効としました。大阪高等裁判所が前記更新料特約について「かろうじて」高額とは言えないと判断したことからすれば、この事例で更新料額が有効とされる上限額が示されたものではないかとも考えられます。

3. 大阪高等裁判所の前記判例は、更新料が「高額に過ぎるとの特段の事情」が存在する場合について一般的な基準を示したものではありません。駅から近く、幹線道路に面し、某大学にも近いという利便性の高さは、更新料を高くすることができる事情であると認定された一因と考えられます。更新料が一部無効とされない為に一律にその基準を賃料の一定割合などと定めることは実際には極めて難しく、裁判所は具体的事案の中で種々の事情を勘案してその効力を判断することになります。更新料を定める場合には、更新料額を取引関係書類(賃借申込書、重要事項説明書、賃貸借契約書など)に明記することはもとより、媒介する場合には物件の特徴を踏まえてこれらを十分に説明することに加えて賃借人が実質的に負担することになる金額(実質的賃料)についても説明することが望ましいと言えます。このように丁寧な説明をすることで賃借人に更新料を理解・納得して貰うようにし、そして具体的な更新料額については前記判例にもあるように物件の利便性や賃借物件に関する周辺状況を考慮して定めるべきです。

4.

東京地方裁判所平成24年7月5日判決(判例時報2173号135頁)は、期間2年ごとの賃料1ヵ月分の更新料について最高裁判決を踏まえ有効とした上、更に「賃貸借契約終了後に明渡を遅延した場合に明渡予定日の翌日から明渡済みまで賃料の倍額の損害金を支払う。」と定めた約定は賃貸人による強制的建物明渡実現手続費用などを勘案すれば合理的なものであるとして消費者契約法第9条(損害賠償の予定額が当該契約と同種の消費者契約での事業者に平均的に生じる損害を超えるときはその超過部分は無効となる。)及び同法10条後段には該当せず無効ではないとしました。この事案は、適格消費者団体(消費者契約法に基づき、消費者団体のうち内閣総理大臣の認定をうけたものは、事業者等に対して一定の要件の下に差止請求ができます。)が不動産賃貸業を営む法人に対し、同法12条3項に基づき前記更新料及び損害金条項(契約終了時に建物明渡を遅延したときは明渡完了時まで賃料の倍額相当額の損害金を支払うこと。)の使用差止を求めたものです、いずれの請求も棄却されました(控訴されています。)。同判決は、更新料について、最高裁判決を踏まえ同法10条には違反せず、また契約解除に伴う損害賠償予定額及び違約金のいずれでもないので同法9条には違反しないとしました。更に、同判決は、明渡遅延時の違約金条項については、同法9条所定の契約解除に伴う損害賠償を定めたものではないとし、そして明渡遅延による賃貸人の損害填補や明渡義務の履行促進という観点に照らし不当に高額でないかぎり同法10条後段には該当しないとしました。更新料特約を含めて非事業者を賃借人(消費者契約法での消費者)とする賃貸借契約においては、賃借人の義務を定めた条項については、賃借人が同法に該当して無効であると主張したり、あるいは適格消費者団体がその条項の使用差止を求める可能性があります。消費者契約とされる賃貸借契約の条項が今後とも消費者契約法との関係で問題とされることがあると考えられるので、賃貸借契約を締結するに際しては消費者契約法への配慮が欠かせなくなっています。

(一財)大阪府宅地建物取引主任者センターメールマガジン平成25年4月号執筆記事