条例と瑕疵担保責任について(判例解説)



弁護士 辰 田 昌 弘

 
はじめに

 瑕疵担保責任は,不動産取引において繰り返し現れる重要な問題です。今回は,その中から,いわゆる「ガケ条例」による規制が問題となった判例を解説しましょう(東京地判平成25年2月5日 ウエストロー・ジャパン,RETIO 2014.1 NO.92)。ガケ条例とは,がけ崩れによる土砂の流出から人命や財産を守るため,建物の位置や構造等を制限する条例です。条例の名称は地方公共団体ごとに様々であり,例えば大阪府では,「大阪府建築基準法施行条例」の中に規制があります。

事例

 X(原告)は,平成22年2月7日に,A社を仲介業者とし,宅建業者Y(被告)から東京都にある土地を4400万円で買う契約を締結し,3月9日までに代金全額を支払いました。Xは,同じ時期に,この土地上に木造建物を建築する請負契約をYと締結しています。この土地は,宅建業者Yがその前年に購入し,7区画の分譲地として売り出していた中の一つでした。
 ところが,この土地は,すぐ北側に一段高くなっているガケがあり,ガケ条例の規制を受けていたのです。東京都建築安全条例第6条(ガケ条例)は,高さ2mを超えるガケの下端から水平距離がガケの高さの2倍以内のところに建築物を建築する場合には,原則として,高さ2mを超える擁壁を設置しなければならないと規制していました。
 宅建業者Yは,この土地を売却する時点で,ガケ条例の存在は知っていましたが,その適用があるのかどうかがわかっていませんでした。と言いますのは,北側隣地の建築計画概要書が保管されておらず過去に行政がガケ条例適用についてどう判断していたのか確認ができなかったのです。また,北側にある高さ1.8mのガケ上にはさらに1.8mの高さの塀がありその内部に盛り土がある構造であったため,行政が塀の内側のどこから測定して「高さ2mを超えるガケ」と判断するのかもはっきりしませんでした。
 そこで,宅建業者Yは,「ガケ条例の適用により擁壁の設置が必要かどうかは建築確認申請をしてそこでの判断を待つしかない。適用可能性があるという状態で販売をし,規制を受けることが明らかになればそのときに建物の基礎と一体となった擁壁を作って対応することにしよう」と考えました。
 原告Xは,このようにして売り出された土地を購入したのです。Xは,仲介業者Aからパンフレットをもらいましたが,そこにはガケ条例のことは書かれておらず,北側と高低差があることがわかるだけでした。建築参考プランで示された建物は建築できるということで話が進んだのです。Xに示された重要事項説明書の備考欄には「本物件は,東京都建築安全条例第6条(ガケ条例のことです)・・・を受ける場合があります。」と明記されていましたが,仲介業者A社はXに対してこれをそのまま口頭で読み上げただけでした。
 契約後,建築確認申請後,「ガケ条例の適用があり,申請建物を建築するためには北側に擁壁設置が不可欠である」との指摘がありました。そこで,宅建業者Yは,Xに対してこのことを伝え,擁壁設置や変更のための費用負担を申し出ました。建築確認も最終的に当初のプランを少し修正する形で受けることができましたが,その前に(平成22年8月5日)Xが瑕疵担保責任に基づく土地売買契約解除の意思表示をしたのです。


X(原告)の請求

(1) 瑕疵担保責任に基づく土地売買契約の解除請求

 民法570条(566条を準用)は,売買目的物に「隠れた瑕疵」が存在し,そのために「契約をした目的を達成することができない」とき,買主は契約を解除できるとしています。 また,目的物の利用について法令上の制限がある場合も同条(物の瑕疵)にあたるというのが判例です。
 そこで,Xは,ガケ条例による規制は「隠れた瑕疵」であると主張しました。
 また,Xは,「ガケ条例規制に基づく擁壁設置により予定していた建物の建築ができなくなった」「宅建業者Yは当初計画とほぼ変わらない形で建築確認を受けたと言うがそのような施工は無理であり建物外壁の移動が必要である。」「通風,換気も悪くなる。」ことを根拠に「売買契約をした目的を達成することができない」と主張しました。

(2) 瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求
 さらに,Xは,瑕疵担保責任に基づく損害賠償として,宅建業者Yに対して次のような支払請求をしました。@土地売買代金4400万円,A土地の固定資産税精算金,B建物建築請負代金の一部,C契約書貼付収入印紙代,D所有権移転登記手続費用,E仲介手数料,Fローン利息など。


争点についての裁判所の判断

 
(1) 「隠れた瑕疵と言えるのかどうか」

 裁判所は,本件土地はガケ条例の適用を受ける要件を満たしているとし,「瑕疵があるものと認めるのが相当」と判断しました。
 問題はその瑕疵が「隠れた」瑕疵であるかどうかです。隠れた瑕疵と言えるためには,瑕疵が表に見えないこと,すなわち通常人が買主になった場合に普通の注意を用いても発見できないことが必要です。ただし,買主が瑕疵の事実を知っていたり(故意),知らなかったとしても買主に過失があるとき(買主が普通の注意をしていれば知ることができたのに注意を怠ったとき)は,売主は瑕疵担保責任を免れることができます。
 この過失の有無について,判決は,被告の宅建業者Yですらこの土地がガケ条例の適用を受けるのかどうか判断できなかったのであるから,「一般消費者である」Xが擁壁設置の規制を受けることを知らなかったことに過失がないことは明らかであると判断しました。重要事項説明書にガケ条例の記載があったことは認めつつも,それでも買主Xに過失はないとし,本件土地には隠れた瑕疵があると結論づけたのです。

(2) 「契約をした目的を達することができないかどうか」
 裁判所はこのように隠れた瑕疵を認定しましたが,もう一つの解除の要件である契約の目的達成については,擁壁の設置などが必要になったものの,当初予定していた建物とほぼ同じ建物が建築できるのだから目的を達することができないとは認められないとしました。瑕疵は存在しても解除権は発生しないという結論です。
この事例ではこのような結論になりましたが,もし,擁壁設置のために間取りの変更が必要になっていれば異なった結論になったかもしれません。少し具体的事実が異なれば結論が正反対になることもあります。事実,同一分譲地の隣の区画でも裁判となり,そちらでは損害賠償請求が認められました。判例を検討するときは,裁判所が,どのような基準を用い,どのような事実に着目して判断したのかを理解する必要があります。

(3) 「損害賠償請求の有無とその範囲」

 解除は認められなくとも,瑕疵担保責任のもう一つの効果である損害賠償請求は認められたのでしょうか。
 原告Xの請求は,契約が解除されたことを前提にする損害でしたので,判決は,前提となる解除が認められない以上その損害賠償も認められないと判断しました。ただし,瑕疵がある以上,民法570条による「信頼利益の賠償」なら認められる余地はあったとこの判決は指摘しています。信頼利益の賠償とは,瑕疵を知らなかったことによって被った損害(瑕疵があったことにより無駄になった費用や無駄な出費など)の賠償のことです。

(4) 裁判所は以上のとおり判断し,原告Xの請求を棄却する判決をしました。


判例から学ぶべき点

 

(1)被告の宅建業者Yは勝訴しました。しかし,Yにとっても訴訟自体が大きな負担です。この種の訴訟では弁護士費用は勝訴しても自己負担です。多くの時間や労力が訴訟に費やされ,関係者の精神的負担もあったでしょう。Yは訴訟を避けられなかったのかを考えてみましょう。

(2)この判例は「ガケ条例の規制がある土地には瑕疵がある」ことを当然の前提にしています。しかし,実際には,ガケ条例については,本件のように事前に行政に確認をしても明確な回答が得られず,調査しても適用の有無がわからないことがあります。買主へはっきりした説明ができず困ってしまいます。
 このような場合,買主の立場になってどのような情報が必要なのかということを考えてみることが大切です。本件の買主Xが知りたかったのは,具体的にどのような規制なのか,どのような対応策があるのか,自分の希望する建物が建築できるのかどうか,予算の範囲に納まるのかどうかなどではないでしょうか。Yは,重要事項説明書に条例の存在は記載していましたがそれを読み上げただけでした。これでは必要な情報を得られません。Yは,事前に調査をして条例適用に備えて擁壁を追加設置する方法まで検討していたのですから,その労力の一部を条例の適用の可能性,対応策,費用見込みなどの事前説明に振り向けていれば,その後のXの対応は変わっていたと思われます。条例適用の有無の判断が難しいならありのままの状況を説明すればよいのです。対応策を説明し,それに関する取り決めまでできればさらに良いでしょう。
 一般的に瑕疵があるとされる物件でも,十分な説明をして買主が正確な情報を把握して購入を判断すれば,それは「隠れた瑕疵」でなくなります。説明一つで,契約当事者双方が納得した取引を円満に進められるか,怒りを買い紛争に巻き込まれるかの違いが生じてしまいます。重要事項説明は理解をしてもらうために行うのだというあたりまえのことをもう一度よく認識しておきたいものです。

(3)また,この判決が,わざわざXのことを「一般消費者」と記載し,条例の規制を知らなかったとしても過失はないとしている点も注意が必要です。裁判所は,宅建業者のような専門家が消費者に対して説明をする内容に対して厳しい目で判断をするということも認識しておく必要があります。
 それは不動産取引の専門家の適切な活動が社会から期待されていることの現れとも言えます。


(一財)大阪府宅地建物取引主任者センターメールマガジン平成26年10月号執筆分