宅建業者の媒介報酬請求権について(判例解説)



弁護士 大園 重信

 

1.宅地建物取引業者の媒介報酬請求権

 宅建業者は、土地又は建物の売買又は交換の媒介の契約を締結したときは、遅滞なく一定の事項を記載した書面(典型的には媒介契約書)を作成して記名押印し、依頼者にこれを交付しなければならないとされている(宅建業法第34条の2第1項)。宅建業者が媒介依頼を受けながら、このような書面を作らないまま取引が進むことがある。特に、媒介依頼を受け、売買合意ができた後、取引当事者が媒介契約書を締結していない宅建業者を排除して売買契約を締結することがあり、このような場合に、宅建業者が依頼者(売主又は買主)に対して媒介報酬を請求できるのかということが問題になる。判例上は、口頭で成立した媒介契約の成立に基づいたり、或いは民法第130条(条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができる。)や商法第512条(商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる。)に基づき宅建業者の報酬請求権を認めることがある。勿論、報酬請求権が否定されることもある。今回は、最近の判例で、媒介契約書を締結していない宅建業者について口頭での媒介契約が成立しているかどうかとの観点から媒介報酬の請求を否定した事例(判例1)と肯定した事例(判例2)とを紹介する。


2.判例1(東京地方裁判所平成24年12月19日判決。RETIO94号84頁)について

 これは、媒介報酬の請求が否定された事例である。事実関係は次の通りである。原告Xは、被告Y1(宅建業者)が被告Y2(大手宅建業者)に対しY2所有土地に隣接するY1所有土地を売却するにつき媒介契約(口頭)を締結したにもかかわらず、YらがXを排除して直接売買契約(Y1が54億6,000万円でY2に土地を売り、そしてY2はY1から買い受ける土地及びY2所有土地上に建築するマンションの区分所有権の一部を前記売買代金に相当する金額で等価交換するという内容)したことに関し、成立した媒介契約に基づきYらに対しそれぞれ媒介報酬金1億6858万8000円の支払いを求めたものである。当初Y1はXを通じて60億円での売却を打診したが、Y2は買取価格の提示もしないまま、単純な土地売買の取引は取り止めとなった。その後、Xの関与しない所でY1とY2が協議し、Y1の提示した金額よりも低い価格での土地売買と等価交換協定という形で取引が成立した。Xは、口頭での媒介契約が成立しているにもかかわらず、売買契約から排除されたのであるから民法130条の法理(予備的に商法第512条)に基づき、Y及びZに対し告示報酬金の支払いを求めた。
 判決は、「・・・宅建業法上,媒介契約が成立したときには,不動産の所在,不動産の売買価格またはその評価額,一般媒介か専任媒介かの区別,媒介契約の有効期間,報酬に関する事項など同法34条の2が定める書面を作成して記名押印し,依頼者にこれを交付しなければならないところ,Xがかかる書面を作成してYらに交付したことを認めるに足りる証拠はない。・・・(Xと)Y1との間の媒介契約は,報酬額が1億6858万8000円に及ぶ高額の契約であり,媒介契約が成立しているとすれば,契約書が不存在であるのは不合理である。平成22年3月初旬,Y1のE部長(住宅開発本部第2統括部長)がX代表者にY1所有土地の売却を依頼した段階では,Y1は,所有土地を60億円で単純売却する意向を有していたのであるが,売却を媒介するについて,売却の具体的な条件,仲介報酬に関する事項などをXとの間で定めた事実を認めるに足りる証拠もなく,EがX代表者に所有土地の売却を依頼したのは,乙イ5(Y1提出の証拠書類−著者注)にEが記載しているとおり,不動産売買に関わる者同士の情報交換にすぎないものであったと認めるのが相当である。・・・」として媒介契約書が締結されておらず、そして口頭での媒介契約の成立も認められないとして、XのY1に対する媒介契約に基づく媒介報酬の請求を棄却した。XのY2に対する買い取りに関する媒介契約(口頭)に関しては、「・・・Xは,同年5月12日までにはY2との間で買取媒介契約が成立したとも主張するが,上記認定の事実によれば,同日にY1とY2との間で行われた交渉は,Yら相互の本件各不動産に関する売却あるいは事業化についての意向の確認が行われた程度に過ぎず,XとY2との間の買取媒介契約の成立を認めるに足りない。・・・」として媒介契約の成立を認めず、XのY2に対する請求を棄却した。判決は、Xの仲介活動について、Y1とY2の担当者同士の交渉に同席したに止まり、Y1とY2の売買契約を仲介した事実は認められないとした。高額の取引であるにもかかわらず、媒介契約書の作成がなく、そして単なる土地売買から土地売買と土地とマンション区分所有権との等価交換という取引形態の変更について仲介行為が認められなかった事例である。
 本件では、媒介契約の成立が認められなかったのは、宅建業者が、売主から入手した資料を買主に渡し、そして交渉の場に数回立ち会ってはいるものの、物件の権利関係の調査、取引条件の交渉など契約成立に向けての仲介活動をしていない点が挙げられる。本件での事実関係からすれば、実質的な仲介活動があったとはされず、口頭での媒介契約の成立が認められなかったものである。媒介契約が存在するとして媒介報酬を請求するためには、媒介契約書のない場合には実質的に相当程度仲介活動をしていることが必要であり、本件のように高額の媒介報酬となる取引で、そして取引形態が単純な売買契約から等価交換協定を含む形になった場合には、取りわけ実質的な仲介活動が存在したと言えなければならない。このような観点からすれば、媒介契約書は締結されてはいないものの、媒介契約の存在を根拠にして媒介報酬を請求する場合には、仲介活動の実質的内容が問われることになる。このような事態(媒介契約書は締結されてはいないが、媒介契約は存在すると主張すること)を避けるためには、媒介をして媒介報酬を請求するためには媒介契約書が必要であるということになる。


3.判例2(東京地方裁判所平成25年7月3日判決。RETIO94号82頁)について

 この事例は、媒介契約書は作成されていないが、口頭での媒介契約の成立を認め、媒介業者を排除して締結された売買契約に関し、買主に対する媒介報酬請求権を認めたことに加え、売主と媒介契約を締結した宅建業者にも媒介報酬相当額の損害賠償を認めている。事案の内容は次の通りである。東京都港区の土地の売主A(更正会社の管財人)は、平成22年半ばころ、宅建業者Y2を含む3社に物件売却を依頼していたところ、宅建業者Xは、Y2の系列会社の宅建業者Zを通じて物件売却を知った。Xは、平成22年10月17日、戸建住宅やマンションの分譲をする宅建業者Y1に資料を添付して売却情報を伝えたところ、Y1のマンション用地買取担当者であるDが関心を示したので、自ら建築士に依頼して平成23年1月下旬までにY1のために建物プランを6回に亘り修正作成し、そしてそれを元にY1で買取の稟議にかけられた。Y1の示した価格は5億2,000万円であった。Xは、Aから6億2,000万円で買受申出人に優先交渉権を与えると聞き、Y1に6億3,000万円での買受を検討して貰ったが、結局平成23年3月1日の回答期限までにY1の稟議での会長決裁がおりなかった。しかし、優先交渉権を与えられた買受申出人との売買契約は締結されずに終わり、Aは、平成24年4月、再度物件売却を再開した。このころ、東日本大震災の影響などで不動産市況が悪化している状況であった。Y2は、Y1の稟議の過程でXを通じてD(Y1のマンション用地買取担当者)と直接連絡が取れる状態となっていたことから、Xには何ら連絡しないまま直接Dを通じてY1に対し、買受を打診した。Y2は、Y1の示した5億4,000万円でAとの売買を合意させ、そしてAとY2との媒介契約に基づき、同年9月5日にAとY1との間で売買契約を成立させるに至った。Y2は、同年8月29日にY1との間で一般媒介契約を締結し、そして同年9月9日、告示報酬額の上限である金1707万3000円の仲介手数料の支払いを受けたほか、Aからも媒介報酬を得た。Y2の双方媒介により売買契約が締結されたことを知ったXは、Y1に対しては、主位的に媒介契約に基づき(予備的に不法行為に基づき)、そしてY2に対しては不法行為に基づき各々金1707万3000円の支払いを求める訴訟を提起した。
 判決は、次の通りの詳細な事実関係からXとY1との間では媒介契約(口頭)が締結されていたと認定した上、Xの請求を認容した。「(1)Dが,Xから情報提供を受けて直ちに現地で物件を確認し,価格目線についても教示を受け,その翌日には価格見積りをして指し値での交渉の可否をXに尋ねたこと,(2)これに対してXが是非交渉させて下さいと応じ,以後,Y1のために資料入手の便宜を図ったほか,本件売主と競合他社との交渉状況もZから情報を入手し随時提供していたこと,(3)Dが,平成22年10月の情報提供後間もなくに担当者レベルで本件物件を取得する意思を固め,翌月には取引に必要な社内稟議に本件物件を掛けたこと,(4)DとXが,X提供の建築プラン自体は無償とする代わり,成約の場合には作成建築士を推薦することを合意していたこと,(5)平成23年1月,本件売主が優先交渉権付与の判断期限を同月28日までと定めて周知すると,Xが,Zに対してY1が高値での買付を検討中である旨伝え,Y2を介してこのことを知った本件売主も,最終的には同年2月1日まで判断を留保してY1の稟議の結論を待ったこと,(6)F(Y2の不動産営業部門の部長代理)が,平成23年1月28日,Y1と直接連絡をとるに当たり,Xに可否を打診しており,不動産業の経験の長いDも,一度は直接の連絡を断り,結局はこれに応じた後も直接のやり取りの内容をXに報告していたこと,(7)不動産取引業界では,提供情報が成約に結びついた場合に支払われる仲介手数料を成功報酬とするかたちで不動産事業者が情報を募り,不動産仲介業者も成功報酬を対価に情報提供をすることが一般に行われており,成約に至った情報の提供者に仲介報酬を支払わない行為をルール違反とみる常識があること,という事情を総合すると,XとY1との間では,平成22年10月中に,Xが行う情報提供及びその後の売買契約成立に向けた事実行為に対して,これが成約に結びつくことを条件に仲介手数料を報酬として支払うという内容の媒介契約が黙示に合意されたものと認めることができる。」としたのである。これに続けて判決は、「このように媒介契約の成立した状況で、Y1は、一旦断念した購入申し込みを再検討するようになった場合には信義則上その旨をXに通知する義務を負っていた。Y1がXに物件購入再検討を知らせなかったためにXはこれに関して媒介活動をすることができなかったのであるとした上、Y1にはXに対し前記媒介報酬額を支払う義務がある。」とした。また、Y2の不法行為責任については、「・・・Y2のFやE(Y2の担当者)は,XがY1と本件物件に関して媒介契約を締結した立場にあることを知りながら,Xになり代わってY1と媒介契約を締結して仲介手数料を得ることを企図して,意図的に平成23年4月の本件物件の売却再開の情報がXに伝わらないよう系列会社のZに対して売却再開を知らせないままにしつつ,Y1に対しては,Xを媒介業者とせずに売主側媒介業者であるY2と媒介契約を結んだほうが本件物件の売買交渉上有利であることを仄めかすことにより,Y1をその意図に従わせたものと認めることができる。・・FやEの上記行為は,Y2が組織的にXの本件物件の取引への関与を排除し,XのY1に対する報酬請求権の条件成就を故意に妨害してXの権利を侵害したものと評価すべきものであり,自由競争の範囲を著しく逸脱した違法な行為として,Y2のXに対する不法行為を構成するというものといわざるを得ない。」としてY2にXへ金1707万3000円の支払いを命じた。
 本件では、Xが多岐に亘り媒介活動を行い、そしてY1及びY2もXによる媒介活動を承知していたという背景がある。本件判例では、媒介契約書がなくとも媒介契約の成立を認めている。これは、Y1が物件購入を再検討するまでの当初の段階でXによる媒介活動が、物件情報の提供に始まり、建築予定建物のプラン提出、関係者との調整、売買代金額の折衝、Y1の稟議への協力など多岐に亘るものであったことが認定されている。口頭での媒介契約の成立が認められるためには、媒介をした宅建業者の媒介活動が売買当事者間の売買合意形成に向けて相当程度実質的内容を伴わなければならないと言える。このように、媒介活動の実質が十分であったからこそ、本件では口頭での媒介契約の成立が認められている。


4.まとめ

 媒介契約書がなくとも口頭での媒介契約の成立が認められる場合がある。しかし、売買契約当事者が媒介業者との間での口頭での媒介契約を否定して媒介報酬の支払いに応じない場合がある。このような場合に媒介報酬の支払いを求めるためには訴訟を提起せざるを得ない。今回取り上げた判例のように媒介報酬の支払いに関して訴訟を提起することなくして媒介報酬を得られるようにするためには媒介契約書の締結が不可欠であると言える。宅建業法上媒介契約書の締結が定められているのであるから、宅建業者としてはできる限り媒介契約書を締結するようにすべきである。媒介契約書がなくとも口頭での媒介契約の成立が認められる場合があると考えるのではなく、宅建業者としては媒介契約書の締結を原則として媒介業務を行うべきである。


以 上

(一財)大阪府宅地建物取引主任者センターメールマガジン平成27年2月号執筆分