隣地の越境物に関する説明義務(判例解説)



弁護士 新村 守

 

1 はじめに
   宅地建物取引業者(宅地建物取引士)は、宅地建物取引業法第35条に基づきいわゆる重要事項の説明等の義務を負っていますが、説明をすべき範囲は同条1項各号に掲げられた事項に限られず、契約の信義則上の付随義務あるいは業務上の注意義務などとして、それ以外の事項についても説明義務を負う場合があります。
 今回は、隣地との境界上に存在する構築物が、隣地との境界を越境していたときに説明義務違反が認められた最近の裁判例を2つご紹介し、売主及び仲介業者の説明義務の範囲の一部について検討したいと思います。


2 裁判例1(東京地裁H25.1.31 RETIO 91号66頁)
 
(1) 事案の概要
   Xら(夫婦)は、平成21年4月30日、Y2を仲介業者として、Y1ら親子から中古の建物と敷地土地(以下「本件敷地」という。)並びに本件敷地の北側の西部分から北側に存在する東西方向の公道に通じる南北の通路部分(持分4分の1。以下「本件通路部分」という。)を代金9,450万円で購入した。
   本件敷地と北側隣地の境界に沿って8m余りのブロック塀が存在し、そのブロック塀の西端は、概ね北側隣地と本件通路部分の境界に沿って北方向に折れて、約3m程度続いている(以下ブロック塀全体を「本件ブロック塀」といい、本件敷地の北側境界付近に存する部分を「本件境界ブロック塀」という。なお、位置関係については別紙概略図参照。)。
 また、本件敷地の南側隣地との境界には高低差があり(本件敷地が約1.5m高く境界付近は垂直の崖状となっている。)、大谷石の上にコンクリートブロックを積み上げた擁壁(以下「本件擁壁」という。)が設置されていた。
   Xらは、本件擁壁には耐震性がなく、直ちに補修しなければ、Xら及び近隣住民に甚大な損害が生じるおそれが極めて高い状態である(本件瑕疵@)、本件境界ブロック塀は、北側隣地に越境しており、その所有権はY1らに存せず、自由に使用等できない(本件瑕疵A)などとして、Y1らに対し、瑕疵担保責任、債務不履行及び不法行為責任に基づき、Y2に対し説明義務違反等による債務不履行及び不法行為責任に基づき、それぞれ612万円余の損害賠償を求めて提訴した。
(2) 裁判所の判断
  本件瑕疵@について
    (ア)隠れた瑕疵該当性
       本件擁壁は、上部のコンクリートブロック部分が南側隣地に傾斜し、土台の大谷石には鉄筋補強等の特段の耐震補強がなされておらず、ブロック塀の倒壊が生じる蓋然性があると認められるというべきであるから、本件擁壁に瑕疵が認められる。
 そして、本件擁壁の危険性は、樹木を伐採し、土台の土砂を除去することでより具体的に把握することができたのであるから、隠れた瑕疵に該当する。
    (イ)Y1ら(売主)の責任
      したがって、Y1らは瑕疵担保責任を負う。
    (ウ)Y2(仲介業者)の責任
       Y2は、宅地建物取引業者であって、建築や土木の専門家ではなく、そのような専門的知識の提供を契約上の義務として負っているわけでもないから、Y2において瑕疵を知っていたか、あるいは個別具体的に契約内容として調査することまで特約されていたという事情等が存しない限り、債務不履行及び不法行為責任を負うということはできない。
  本件瑕疵Aについて
    (ア)隠れた瑕疵該当性
       本件ブロック塀はいずれの所有に属するか証拠上必ずしも確定できない状況が生じている。しかも、本件境界ブロック塀が北側隣地に完全に越境していることで、民法229条による推定が働かず、Xらにおいて共有であることの主張が困難になっていることは否定のしようがなく、本件ブロック塀を北側隣地の所有者の承諾なくして利用することは困難であり、逆にXらの所有であるとしても北側隣地所有者から撤去を求められる負担を負う。このような状況にあったこと自体、瑕疵があるということができる。
 そして、Y1らにおいても、売買契約当時本件ブロック塀を所有していると認識しており、北側隣地に越境していることは知らなかったというのであるから、隠れた瑕疵にあたる。
    (イ)Y1ら(売主)の責任
       Y1らは瑕疵担保責任を免れない。
 本件契約においては、瑕疵担保について、期間制限(引渡完了日から3か月)が設けられ、損害賠償について免責が規定されているが、Y1らは契約締結から引渡までの間に、本件ブロック塀が北側隣地に越境していることを認識した上、越境により隣地所有者と問題が生じうることを容易に予見し得たのに、Xらに告げず、売り渡しているのであって、民法572条の法意に照らしても、信義則上、Y1らは期間制限及び免責を主張し得ないというべきである。
    (ウ)Y2(仲介業者)の責任
       Y2は、本件売買契約締結当時に、越境の事実がないと説明していたにもかかわらず、それが最終代金決済までに、本件境界ブロック塀が北側隣地に越境していることが判明し、これを認識し得たのであるから、Xらにこれを説明する義務を負っていたというべきである。しかるに、Y2は測量図を交付した程度で、本件境界ブロック塀が北側隣地に越境している事実を説明したとは認められず、債務不履行責任は免れない。
  損害
     Y1は、Xらに対して、瑕疵担保責任に基づき、本件瑕疵@につき310万円余、本件瑕疵Aにつき20万円の合計330万円余の賠償義務を負い、Y2は、債務不履行に基づき、本件瑕疵Aにつき20万円の賠償義務を負う。

3 裁判例2(東京地裁H25.11.28 RETIO 96号106頁)
 
(1) 事案の概要
  平成22年10月15日頃、売主Y社は、分譲住宅を建築販売する目的で本件土地を購入し、その後本件建物を建築した。
   本件土地と東側隣接地との境界線に沿ってコンクリート構築物が本件土地内に入り込む形で存在していたが、Y社は本件土地購入に際して、東側隣接地所有者よりコンクリート構築物の一定範囲を残すよう要請され、これを口頭で承諾した。
 本件土地と東側隣接地との境界線と、本件土地前面(南側)の道路境界線との交点には境界標が設置されており、この境界標は一見して明らかである。
   平成23年2月7日、買主Xは、媒介業者より本件土地建物(以下「本件不動産」という。)の現地案内と説明を受けた。
 同月8日、XとY社は、本件不動産を代金1500万円で売買する旨の売買契約を締結した。
 同月24日、X、C(Y社の従業員)、媒介業者は、本件不動産の現地調査をした。
 同月25日、Y社はXから残代金の支払いを受け、これと引換えにXに対し本件不動産につき所有権移転登記手続を行い、Xに本件不動産を引き渡した。
   その後、Xは、本件コンクリート構築物は東側隣接地所有者との協定(以下「本件協定」という。)があってこれを撤去できないにもかかわらず、売買契約締結時にCより「買った後自分で切れる」等との虚偽の説明をされ、また本件売買契約締結時にY社は本件土地の地盤調査書を見せず杭を31本も打った軟弱地盤であることを秘匿し本件土地の地盤に何も問題ないとの虚偽の説明をされ、Xはこれによって誤認したとして、消費者契約法4条に基づく契約取消及び錯誤無効又は詐欺取消並びに瑕疵担保責任に基づく契約解除を根拠に、Y社に対し、原状回復費用として本件不動産購入代金及び諸費用等1731万円余、説明義務違反に基づく損害として慰謝料1650万円の合計3381万円余の支払いを求めて提訴した。
   なお、Y社は、本件協定の存在を説明しなかった点については、協定を結んだY社担当者が契約担当者であったCに伝えておらず、Cが認識していなかったものであり、あえて告げなかったものではないと主張した。

(2) 裁判所の判断
   本件土地の地盤が軟弱であるとの主張については、「本件土地が軟弱地盤であると認める証拠はなく、本件土地に瑕疵があるとは認められない」としてXの主張を退け、本件コンクリート部分については、消費者契約法4条に基づく契約取消及び錯誤無効又は詐欺取消並びに瑕疵担保責任に基づく契約解除の主張は退けたが、以下のとおり、慰謝料については一部認容した。
   本件売買契約の締結時点では、Cにおいて、本件コンクリート部分を具体的に認識していないものと合理的に推測される以上、その処分についてまでCが言及することは想定し難く、この点についてのXの供述は信用し難い。
そうであれば、本件売買契約締結時ないし本件現地確認時においても、本件コンクリート部分についてのCの発言としてXが主張する発言の存在は、証拠上認められない。
   本件コンクリート部分の存在は、現地を確認すれば、本件擁壁及び本件境界標の存在を含めて、一見して目視できることは明らかである。実際にも、Xは本件現地案内の際に、これらを確認していることを認めている。
 そうであれば、これをもって瑕疵が隠れたものであることにはならない。
   Xにおいて本件コンクリート部分の外観を確認し、本件境界標を確認しても、これについて購入時には特に問題とせず、そればかりか、本件現地案内の当日には購入する意向を積極的に示し、翌日には早くも売買契約を締結して2月中に決済を終了させた事実経過も考慮すると、本件協定に関する情報がXに与えられていたとしても、Xが本件土地を購入しなかったとまでは認め難い。
   Xにおいて、本件協定に関する情報がなかったことで、想定していなかった土地利用の制約を受け、東側隣接地所有者との関係でも相当な精神的負担を負うことに至ったことは容易に認められる。
 そこで、購入価格、交渉経緯等、本件の諸般の事情を総合的に考慮すると、本件協定の存在に伴って本件土地利用の制約がかかることによってXの被る精神的苦痛を慰謝するに相当な金額としては、55万円を限度で認めるのが相当である。
検討
   上記裁判例1は境界上の構築物が隣接地に越境していたケースで、裁判例2は逆に構築物が売買の目的となった土地に越境していたというケースです。
 構築物が隣地に越境していた場合は、構築物の利用ができないこと、または撤去を求められることがあり得ることを理由に、構築物が売買の目的となった土地に越境していた場合は、想定していなかった土地利用の制約を受けることを理由に、いずれも売主や仲介業者の説明義務違反を認めて、損害賠償を命じました。
 上記各裁判例から学ぶことは他にも多くありますが、越境物に関していうと、後に隣地所有者とのトラブルが生じることが容易に推測できますので、きちんとした調査と説明が要求されるものといえます。
 また、説明の時期についても、裁判例1では、契約締結後、最終代金決済までに越境の事実が判明すれば説明すべきであるとされており、契約締結後にも説明義務が続くとされたことには注意が必要だと思います。
以 上

(一財)大阪府宅地建物取引士センター メールマガジン平成27年4月号執筆分