ア |
事案の内容
本件は次のとおり(1)から(3)の行為が不法行為にあたるかどうかが争点となった事案です。
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(1) |
違法物件の賃貸について
賃貸人である被告が、平成25年5月8日通風、日照の点において賃借人である原告
の人格権を侵害する違法な物件を賃貸したことにより、賃借人である原告が精神的苦痛
を受けたとして原告が損害賠償を請求しました。
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(2) |
貼り紙の貼付について
賃借人である原告は、平成25年7月27日に支払期限が到来した同年8月分の賃料及び管理費を支払わず、その後も支払いませんでした。
賃借人である原告は前記(1)の損害賠償請求を平成25年8月5日付書面で行いました。
他方、本件貸室の賃貸借契約の仲介業者は平成25年8月5日以降、賃借人に対して連絡を取ろうとしましたが、連絡は取れませんでした。そこで、同月20日、上記仲介業者の担当者は本件貸室のドアに「滞納家賃を期限までに支払わない場合には賃貸借契約を解除し鍵を交換する」という内容の貼り紙を貼りつけました。貼り紙記載の貸主の名前には誤記がありました。そして、同月22日、上記担当者は再度、本件貸室を訪問して、貸主名を訂正した上記貼り紙と同じ内容の貼り紙を本件貸室のドアに貼り付けました。
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(3) |
鍵の交換、動産の処分等の告知について
賃貸人は平成25年8月28日付及び同月29日付書面で賃借人に対し、延滞賃料の支払がない場合には、鍵の交換、動産の処分を行う旨を告知しました。
本件は賃借人である原告が賃貸人である被告に対して(1)から(3)の行為について不法行為に基づく損害賠償請求をした事案です。
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イ |
裁判所の判断
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(1) |
違法物件の賃貸について
本件貸室の通風、日照が良好でないとしても、それをもって直ちに本件貸室の賃貸が原告(賃借人)の人格権を侵害する不法行為にあたるということはできないと判断しました。
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(2) |
貼り紙の貼付について
賃貸人が管理会社を通じて、滞納家賃を催告し期限までに支払がない場合には賃貸借契約を解除して鍵を交換する旨の貼り紙を2回する行為は、賃借人に対し連絡が取れない状況にあったことを考慮してもなお、1ヶ月分の滞納賃料の督促の方法として社会通念上相当性を欠く違法なものであり、これらによる賃借人の慰謝料は3万円と認めるのが相当であると判断しました。
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(3) |
鍵の交換、動産の処分の告知について
賃料を滞納した賃借人に対してその支払を督促する以上、その督促の表現は相当強硬なものとなることはやむをえないものであるから、このような告知が違法であるとはいえないと判断しました。
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ウ |
コメント
本件は、貸室のドアに「滞納家賃を催告し期限までに支払がない場合には賃貸借契約を解除し鍵を交換する」という内容の貼り紙を2回貼付したものですが、賃借人に連絡がとれなかったからといっても、1ヶ月分の滞納賃料の督促の方法としては社会通念上相当性を欠くとして慰謝料3万円を認めました。
今回は貼り紙の貼付が不法行為と認定されましたが、他の判例では貼り紙が不法行為にあたらないと判断したものもあります(東京地裁昭和62年3月13日、判例時報1281号107頁)。この判例は、3ヶ月の賃料不払いで、賃借人に対して連絡が取れず、また、退去すると言って退去しなかった際に2回貼付したもので、さらに、貼り紙の内容も「連絡を請う」とか「12月15日までに退去とのことであったが、いまだ立ち退かず返答されたし」という内容でした。この場合は、やむをえず行った貼付行為は社会通念上是認できると判断されました。社会通念上、認められるかどうかが判断の分かれ目になると考えられます。
賃貸人や管理会社が貸室のドアなどに貼り紙を貼付して督促する場合には、賃料の不払期間、不払の理由、賃借人に連絡がつくかどうかなどの賃借人の対応状況などから慎重に判断することが必要です。原則として、賃料の督促のために貼り紙をすることは賃借人の私生活を害する可能性が高いので貼り紙などの督促方法は控えるのが無難でしょう。なお、「賃料を滞納した場合、賃借人は賃貸人の督促方法について異議を述べない」などと賃貸借契約にそのような条項があっても貼り紙の貼付が不法行為にあたることについては変わりはありませんので気をつけてください。 |