土壌汚染と瑕疵担保責任



弁護士  田仲 美穗

1.はじめに

 土地の売買で、物理的瑕疵を原因とする瑕疵担保責任が問題となるケースとしては、地中埋設物と土壌汚染が典型のように思われます。
 本稿では、マンション用地の売買で、契約書中に土壌汚染に対する引渡前調査の条項が盛り込まれた事案についての裁判例を紹介し、最後にコメントとして、本事例から学ぶべき留意点、さらにはその他として、筆者が関連して注意すべきと考えた点をご説明します。なお、事案は便宜のため、簡便化しました。

2. 裁判例(東京地判平27.3.10 RETIO 101号100頁)

(1) 事案の概要

 平成21年6月、買主X(原告)は、売主Yとの間で、分譲マンション用地として、本件土地を11億7000万円で買い受けた。その際の売買契約書には、「売り主による引渡前調査により土壌汚染が確認された場合には売主の責任と負担において除去する、所有権移転後においても本件土地に地中障害物、土壌汚染物質の隠れた瑕疵の存在が明らかになった場合は、売主の責任と負担において解決する」旨の定めがあった。
 本件売買契約締結後、YはXが紹介したA社に、本件土地の土壌汚染調査(引渡前調査)を依頼し、同調査に基づく土壌汚染物質の除去を行った。
同年7月、Xは本件土地の引渡を受けた。その後、本件土地に、地中障害物(PC杭、地盤改良材の塊、鉄筋、コンクリートガラ等)及び土壌汚染物質(油分含有土等)が存在することが判明した。そのため、Xは、3217万円余りの費用をかけて、それらを撤去した。
XはYに対し、売買契約の瑕疵担保責任に基づく損害賠償として、除去費用3217万円余りを請求して、訴訟を提起した。
 これに対し、Yは、A社が行った引渡前調査の方法と範囲が不適切であり、同社を選定したXにも過失があるから、Yは責任を負わないか、負うとしても8割の過失相殺が認められるべきであるなどと主張して争った。

(2) 裁判所の判断

 裁判所は、次のように判示し、Xの請求を認容した。

ア) 引渡前調査と瑕疵について

 本件においては、@A社が行った引渡前調査は、表層50pほどを掘って、土壌汚染対策法に定める特定有害物質等の有無を調査し、その除去を行う趣旨であったこと。A引渡後、表層50pより深いところから、油分混じりの土壌、コンクリートガラ等が発見されたこと。B本件売買契約書には、引渡前調査を売主の費用と責任をもって行う旨、並びに、所有権移転後においても本件土地に地中障害物、土壌汚染物質の隠れた瑕疵の存在が明らかになった場合には、売主の責任と負担において解決を図る旨を定めている。
 本件でXが請求しているのは、引渡後に判明した隠れた瑕疵の除去費用であり、前記Bのとおり、本件売買契約書において、売主がその責任と負担において除去すべきものであるから、Yらは、除去費用を支払う義務があると認められる。

イ) 過失相殺について

 前記@のとおり、引渡前調査は、特定の土壌汚染物質の有無の確認とその除去の趣旨で行われ、その調査範囲および方法は限定的となることが予定されているのに対し、引渡前調査がそのようなものであることを前提として、上記Bのとおり、引渡後に判明した隠れた瑕疵についても売主の責任と負担によりこれを除去することが予定されていたのであるから、引渡後に判明した隠れた瑕疵を除去する責任の有無は、引渡前調査の方法や範囲の当否とは関わらない。また、A社がした引渡前調査の方法と範囲が不適切であり、同社が選定されたことに関してXに過失があったことを認める証拠はない。

3.コメント

(1) 本裁判例について

ア) 合意内容はなにか

 本件では、契約の条項上、売主の担保責任は、@引渡前調査により確認された土壌汚染について、およびA所有権移転後に明らかになった隠れた地中障害物、土壌汚染物質について、という2本立てとなっていることは明らかです。そのため、本件では、引渡前調査の当否がどうであれ、売主は責任を免れませんから、その責任を認めた裁判所の判断には異論はないものと思われます。
 ただ、Yの争い方からすると、Yが契約内容を主観的に誤信していた可能性が皆無とまでは言えません(単に払いたくなかっただけかもしれませんが)。してみると、媒介業者としては、後日の無用の紛争防止のために、契約成立にあたっては、なにを合意するのか、当事者に主観的にも誤信が残らないよう留意すべきです。

イ) 「完全」な土壌汚染調査と除去工事は存在するか

 土壌汚染調査は、費用との関係から、通常はサンプル調査であり、その精度には限界があります。また、かかる調査の上で行う改良工事についても同様に限界があるでしょう。これらからすれば、「引渡時に土壌汚染を完全に除去する」ことは通常は不可能なことであり、その意味で、引渡時に完全に除去することは、通常(つまり、特段の事情がない限り)、契約内容とはならないと考えられます。このことを、契約当事者も媒介業者も、誤解なく認識しておく必要があります。

ウ) 引渡前調査により地中障害物が確認された場合

 本件で、引渡前調査により「地中障害物」が確認された場合どうなるのでしょうか。この事態は、上記の契約文言の定めるところではありません(上記@は「土壌汚染」が対象です)。したがって、契約書上、他に条項がおかれていれば(例えば免責特約)、これに従いますし、なければ、民法の瑕疵担保責任(あるいは後述の商法526条2項)の規定に従い、契約時に隠れた瑕疵であれば売主が責任を負うこととなると考えられます。

(2) その他

ア) 契約後の規制変更(最判平成22年6月1日(判例時報2083号77頁))

 事案は、売買契約後に、法令が変わって規制がかかることになった「ふっ素」が、目的土地の土壌中に存在していたというものです。
 裁判所は、契約時に健康被害のおそれがあるとは認識されておらず、健康被害のおそれのある物質一切を含まないことが特に予定されていた事情もない場合は、瑕疵にあたらない、と判断しました。
 契約後に規制法令の変更があったような場合について、参考となる判例です。

イ) 瑕疵担保責任に関する民法570条、宅建業法40条、商法526条

 a) 民法570条(566条準用)は、瑕疵担保責任につき知った時から1年以内に権利行使す
  ることが必要と規定しています。また、瑕疵担保免責特約は有効と解されています。

 b) 宅建業法40条は、宅建業者が売主となる宅地又は建物の売買契約の場合、瑕疵担保
  責任については、引渡しの日から2年以上となる特約をする場合を除き、民法に規定す
  るものより買主に不利となる特約をしても無効と規定しています。したがって、宅建業者
  が売主の場合、瑕疵担保免責条項を定めても無効となるので注意が必要です。

 c) 商法526条2項は、商人間の売買において、直ちに発見することのできない瑕疵がある場
  合、引渡から6か月以内に通知することが必要と規定しています。(売主が悪意の場合は
  適用除外)。

 d) 以上の結果、売主が宅建業者、買主が商人である場合の宅地建物売買については、
  @担保責任を「引渡から2年とする特約」を定めると、そのまま効力を認められますが、
  A(無効とされるにもかかわらず)瑕疵担保「免責条項」を定めたり、あるいは、「なに
  も定めなかった」ときは、瑕疵担保責任は商法526条2項により引渡から6か月になります。
  感覚的には逆転しているように感じられるので、注意が必要です。

以上 

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成28年9月号執筆分