『マンション管理規約と民泊営業について』

(大阪地裁平成29年1月13日判決を中心に)


弁護士  増 田  勝 洋

1 はじめに

 我が国における観光客、特に外国人観光客の増加と宿泊施設の不足等の理由により、民間の住宅の一部やマンションの居室に有料で観光客を宿泊させることを営む事業いわゆる民泊営業が広く見られるようになりましたが、他方、建物の鍵の管理方法、宿泊客の騒音等の迷惑行為等によるトラブルが生じ、旅館業法違反の疑いのある例も見られ、社会的にも問題点が指摘されるようになりました。
 今回は、そのようなマンション居室を利用した民泊営業のトラブルの典型的な事案について、マンション居室の区分所有者である民泊事業者に対し一定の損害賠償が命じられた裁判例(大阪地裁平成29年1月13日判決 消費者ニュース111−313)を紹介したうえで、本年6月から施行予定のいわゆる民泊新法との関係を見ていきたいと思います。

2 事案の概要

(1)  本件建物(15階建て全70戸のマンションの中の1室)の区分所有者であるY(被告)は、平成26年11月ころ、仲介業者を通じて、旅行者に1日あたり15,000円で本件建物を賃貸する営業を開始し、その営業は少なくとも平成28年8月上旬ころまで約1年9か月間続きました。
 上記の賃貸利用者は、インターネット上のサービスを通じて申し込んだ2人から7人の外国人グループがほとんどであり、利用期間は長くても9日程度でした。 本件建物は、3LDKの間取りで、居住用のマンションに一般的に備えられている設備(水道、トイレ、浴室、給湯設備、ガスコンロ、エアコン等)を備えているほか、ベッドも備え付けられていました。

(2)

 Yは、本件建物の利用者のために、本件マンションの東隣の建物の金網フェンスにつり下げられたキーボックスの中に本件建物の鍵を置き、利用者に対してメールを通じてキーボックスの所在を知らせるなどして鍵を扱わせていました。本件建物の鍵は、本件マンションの玄関のオートロックを解除する鍵でもあり、利用者が、鍵を持たない者を内側から招き入れることもありました。
 そして、本件マンションの居住区域に短期間しか滞在しない旅行者が入れ替わり立ち入る状況となり、本件建物を旅行者が多人数で利用する場合にはエレベーターが満杯になり他の居住者が利用できない、利用者がエントランスホールにたむろして他の居住者の邪魔になる、部屋を間違えてインターホンを鳴らす、共用部分で大きな声で話す、本件建物の利用者が夜中まで騒ぐ、大型スーツケースを引いた大勢の旅行者が本件マンション内の共用部分を通るため、共用部分の床が早く汚れるようになり、清掃及びワックスがけの回数が増えたり、ごみを指定場所に出さずに放置して帰り、後始末を本件マンション管理の担当者が行わざるを得ず、管理業務に支障が生じ、ゴミの放置により害虫も発生し、本件マンション及びエレベーターの非常ボタンが押される回数が月10回程度と多くなるなどの事態が生じました。

(3)

 本件マンションの管理規約12条1号には、本件建物の用途につき、「区分所有者は、その専有部分の住戸部分を住宅もしくは事務所として使用するものとし、他の用途に供してはならない」旨が定められていましたが、本件マンションの管理組合は平成27年3月8日に臨時総会を開き、「住戸部分は住宅もしくは事務所として使用し、不特定多数の実質的な宿泊施設、会社寮等としての使用を禁じる。尚、本号の規定を遵守しないことによって、他に迷惑又は損害を与えたときは、その区分所有者はこの除去と賠償の責に任じなければならない。」と、同規約を改正しました。
 Yは、管理規約改正の前後を通じて、管理規約12条1号において、本件建物における民泊営業が禁止されていることを知っており、また、本件管理組合から注意や勧告等を受けましたが、平成28年8月上旬ころまでは、本件建物を旅行者に賃貸する営業を止めませんでした。

(4)  そこで、平成27年7月、本件マンション管理組合の理事長兼管理者であるX(原告)は、総会で承認を得て、Yに対し、本件建物の民泊営業に関して、区分所有者の共同の利益に反するもの(区分所有法6条1項)であると主張し、同法57条1項により民泊営業の停止等を求め、併せて弁護士費用50万円の損害賠償を求めて提訴しました。



3.判決の内容

 上記の訴えに対し、裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を一部認容しました。

(1)  まず、民泊営業停止(差し止め)の請求については、Yが訴訟の結審前である平成28年10月に本件建物を売却し区分所有権を失っていたことから、区分所有法57条1項は、「区分所有者」である行為者等を請求の相手方とするものであるから、区分所有権を失ったYに対し同項に基づく請求をすることはできない。なお、Yが本件建物を売却したことにより、Yによる民泊営業は終了したと言わざるを得ないから、差止請求も認められない、としました。

(2)  次にマンション管理組合の理事長兼管理者であるXの当事者適格について、管理者は、規約又は集会の決議によりその職務に関し区分所有者のために原告又は被告となることができ(区分所有法26条)、管理規約違反の行為に対する差止請求等について、費用償還ないし損害賠償を求めることもできる旨定められている。したがって、Xに本件訴訟における損害賠償請求の当事者適格を認めることができる、としました。

(3)

 そして、損害賠償請求が認められるかの点について、Yの行っていた賃貸営業は、インターネットを通じて不特定の外国人旅行者を対象とするいわゆる民泊営業そのものであり、旅館業法の脱法的な営業に当たる恐れがあるほか、改正前後を通じて管理規約12条1項に明らかに違反するものと言わざるを得ない。
 Yの行っていた民泊営業のために、区分所有者の共同の利益に反する状況(鍵の管理状況、床の汚れ、ゴミの放置、非常ボタンの誤用の多発といった不当使用や共同生活上の不当行為に当たるものを含む。)が現実に発生し、管理規約を改正し趣旨を明確にし、Yに対して勧告等をしているにもかかわらず、本件建物を旅行者に賃貸する営業を止めなかったため、管理組合の集会で、Yに対する行為停止請求等を順次行うことを決議し、弁護士を委任して本件訴訟を提起せざるを得なかったと言える。
 そうすると、Yによる本件建物における民泊営業は、区分所有者に対する不法行為に当たり、弁護士費用相当額の損害を賠償しなければならない。本件の経緯にかんがみると、弁護士費用としては50万円が相当である、と判示しました。



4.いわゆる「民泊新法」について


 平成29年6月16日、「住宅宿泊事業法」(以下、「民泊新法」という。)が成立し、平成30年6月15日に施行される予定となりました。
 民泊新法の目的は、「我が国における観光旅客の宿泊をめぐる状況に鑑み、住宅宿泊事業を営む者に係る届出制度並びに住宅宿泊管理業を営む者及び住宅宿泊仲介業を営む者に係る登録制度を設ける等の措置を講ずることにより、これらの事業を営む者の業務の適正な運営を確保しつつ、国内外からの観光旅客の宿泊に対する需要に的確に対応してこれらの者の来訪及び滞在を促進し、もって国民生活の安定向上及び国民経済の発展に寄与すること」(1条)とされています。
 これを受け、旅館業法3条1項の許可を得て旅館業を営む者以外の者が、都道府県知事への届出を行うことにより、1年間で180日を超えない日数の範囲で、宿泊料を得て、住宅に人を宿泊させる事業を営むことが可能となりました。
 新法下において、住宅宿泊事業者は、届出住宅に人を宿泊させた日数や宿泊者数等を2カ月ごとに都道府県知事に報告しなければならない、3年間宿泊者名簿を保管しなければならない、「家主不在型(投資型)」のサービスにおいては国土交通大臣の登録を受けた住宅宿泊管理業者に管理を委託しなければならない、民泊宿泊事業者であることを標識で明示しなければならないなどの義務を負いますが、それでも、今後、民泊営業が増えていくことは間違いないと思われます。
 そうなれば、今回紹介した事案のようなトラブルも増えることが予想されますが、上記の裁判例によれば、民泊営業により、マンション内で、宿泊客によるゴミの放置、悪臭等による共有部分の管理上の損害(修繕費や清掃費の出費)が生じた場合や、宿泊客の騒音等の迷惑行為がマンション全体に及んで他の区分所有者全員の被害と認められるような場合には、当該区分所有者の民泊営業の行為が管理規約に違反しており、かつ、この営業行為によって、区分所有者の共同の生活において社会通念上の受忍限度を超える被害が生じていることを証明することにより、当該マンションの管理組合は民泊事業者に対し営業の停止(差し止め)や損害賠償を請求しうるということになります。
 もっとも、居住用マンション等の管理組合は、管理規約において「区分所有者は、その専有部分を住宅宿泊事業法第3条第1項の届出を行って営む同法第2条第3項の住宅宿泊事業に使用してはならない。」などと定めることができ、これにより居住用マンションにおいて民泊営業が行われることそのものを回避することも可能です。この点、現在、国土交通省も、民泊新法の成立とその施行を迎えるに当たり、トラブルを防止するため、管理規約に、民泊新法による民泊営業を可能とする場合と、禁止する場合のいずれかを明記するよう要請しているところですので、各マンションの管理組合においては、新法施行後どうしていくのか早期に検討することが必要になってきています。


(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成30年2月号執筆分