民泊新法の施行と不動産取引について


弁護士  新村  守

1.はじめに

 平成30年6月15日に、「民泊新法」と呼ばれている住宅宿泊事業法が施行されました。この法律は、旅館業法の特別法という位置づけとなる法律です。すなわち、宿泊料を受けて人を宿泊させる事業は、本来、旅館業法の許可が必要となるのですが、「住宅宿泊事業」に該当する場合には、旅館業法の許可を受けずとも、届出を行うことでそのような事業を行うことができるようになりました。
 そこで、住宅宿泊事業法についての概要をご説明した上で、不動産取引における影響について述べたいと思います。

2.民泊とは

(1) 民泊の定義
   法令上の明確な定義はありませんが、一般に、住宅(戸建住宅、共同住宅等)の全部又は一部を利用して、旅行者等に宿泊サービスを提供することを指して「民泊」というのが一般的です。典型的なものとして想定されているのは、自宅の空き部屋や投資用マンションの空き室などを他人に提供して泊めてあげることなどです。極端なことを言いますと、この定義においては、お盆やお正月に親戚を自宅に泊めることも民泊に該当することになります。
 ただ、住宅宿泊事業法が対象としている民泊は、宿泊料を受けて、事業として(社会性をもち、反復継続して)行われる民泊のことです。
(2) 法制定の背景
   民泊が注目されるようになった背景としては、以下のような事情が考えられます。すなわち、第1に、訪日外国人旅行者が増加したことにより、宿泊施設が不足するようになったこと、第2に、民泊は自宅や空き家などを利用して手軽に民泊事業に参入することができること、第3に、インターネットの普及により、宿泊希望者と宿泊サービスの提供者のマッチングが容易になったことです。特に、民泊は、観光立国の推進、空き家の有効活用など積極的な意義があるといわれています。
 一方で、本来、宿泊費を受けて人を宿泊させる事業を行うには、旅館業法の許可が必要なのですが、そのような許可を得ていない違法民泊が多く存在しており、適正な法規制がないために、感染症の蔓延を防止するための公衆衛生の問題や、近所とのトラブル、犯罪の温床になるなどの問題も認識されるようになりました。
 そこで、民泊の積極的な意義を活かすために旅館業法の規制を緩和しつつ、問題点に対する対策を規律するのが、住宅宿泊事業法ということになります。
 なお、適法な民泊には、国家戦略特別区域法に基づく「特区民泊」や、年1回、2、3日程度のイベント開催時に開催地の自治体等の要請などによって自宅を提供する「イベント民泊」というものもありますが、詳しい説明は省略します。


3.住宅宿泊事業法の概要

(1) 住宅宿泊事業の定義
   住宅宿泊事業法(以下、単に「法」といいます。)第2条3項において、「住宅宿泊事業」とは、「宿泊料を受けて住宅に人を宿泊させる事業であって、人を宿泊させる日数として国土交通省令・厚生労働省令で定めるところにより算出した日数が1年間で180日を超えないもの」と定義されています。この定義を少し分解して説明します。
宿泊料
   宿泊料とは、名目だけでなく、実質的に寝具や部屋の使用料とみなされる、休憩料、寝具賃貸料、寝具等のクリーニング代、光熱水道費、室内清掃費なども含まれるとされています。つまり、名目がどのようなものであれ、客観的に宿泊に対する対価と認められるものは宿泊料に該当すると考えられます。
住宅
   住宅に該当するためには、「設備要件」と「居住要件」という2つの要件を満たすことが必要になります。
 設備要件は、法第2条1項1号に定められている要件で、住宅に該当するためには、「当該家屋内に台所、浴室、便所、洗面設備その他の当該家屋を生活の本拠として使用するために必要なものとして国土交通省令・厚生労働省令で定める設備が設けられていること」が必要です。
 次に、居住要件ですが、これは、法第2条1項2号に定められており、「現に人の生活の本拠として使用されている家屋、従前の入居者の賃貸借の期間の満了後新たな入居者の募集が行われている家屋その他の家屋であって、人の居住の用に供されていると認められるものとして国土交通省令・厚生労働省令で定めるものに該当すること」が必要です。この居住要件については、現に自分が居住している自宅の空き室を利用して民泊を行う「家主同居型」と家主が居住しているわけではない「家主不在型」の2つのパターンがあります。
宿泊
   宿泊ですが、これは法第2条3項に定義があり、「寝具を使用して施設を利用すること」とされています。
 ここで、宿泊と賃貸借との違いについて触れておきますと、宿泊営業は、@施設の管理・経営形態を総体的にみて、宿泊者のいる部屋を含め施設の衛生上の維持管理責任が営業者にあると社会通念上認められること、A施設を使用する宿泊者が、その宿泊する部屋に生活の本拠を有さないことを原則として、営業していることをいいます。逆に、@施設の衛生上の維持管理責任が宿泊者にあり、A宿泊者の生活の本拠となっている場合には不動産賃貸業に該当することになります。
(2) 住宅宿泊事業者にかかる制度
   法第3条1項の届出をして住宅宿泊事業を営む者を「住宅宿泊事業者」といいます(法第2条4項)。住宅宿泊事業者は、都道府県知事(保健所設置市の場合は当該市の長)に対し、民泊事業を営もうとする住居ごとに必要事項の届出をする必要があります。
 そして、住宅宿泊事業者のうち、家主同居型の場合、住宅宿泊事業の適正な遂行のための措置として、法第5条から第10条に定められている業務を実施する義務があります。具体的には、衛生確保措置、騒音防止のための説明、苦情への対応、宿泊者名簿の作成・備え付け、標識の掲示などが必要となります。
 一方、家主不在型の場合には、家主自らがこのような業務を実施することができませんので、これらの業務を住宅宿泊管理業者に委託しなければならないことになります(法第11条)。
(3) 住宅宿泊管理業者にかかる制度
   住宅宿泊管理業者とは、住宅宿泊事業者から委託を受けて、報酬を得て、法第5条から第10条までの規定による業務及び住宅宿泊事業の適切な実施のために必要な届出住宅の維持保全業務を行う事業(住宅宿泊管理業務)を営む者のことです(法第2条7項)。住宅宿泊管理業者になるためには、国土交通大臣の登録を受ける必要があります(法第22条1項)
 住宅宿泊管理事業者については、法第29条から第40条まで、住宅宿泊管理業の適正な遂行のための措置が定められています。具体的には、名義貸しの禁止、誇大広告等の禁止、不当な勧誘等の禁止など、宅建業法上もあるような規制がされています。
 そして、住宅宿泊管理業者は、家主不在型の住宅宿泊事業者に代わって法第5条から10条までの業務を遂行する義務を負うことになります。
(4) 住宅宿泊仲介業者にかかる制度
   住宅宿泊仲介業については、利用者のために仲介や代理を行う場合と、住宅宿泊事業者のために仲介や代理を行う場合があります(法第2条8項)。住宅宿泊仲介業者になるためには、観光庁長官の登録が必要となります(法第46条1項)。
 住宅宿泊仲介業者については、法第53条から第60条まで、住宅宿仲介業の適正な遂行のための措置が定められています。具体的には、名義貸しの禁止、住宅宿泊仲介契約に関する約款の届出、料金の公示、不当な勧誘等の禁止などの規制がされています。



4.不動産取引に与える影響

(1) 家主・住宅提供者
   住宅宿泊事業は、法第4条の欠格事由に該当しなければ、旅館業法の許可を受けずとも、誰でも届出を行うことにより営むことができます。もともと、旅館業法の許可を受けるためには、建物構造設備や建築基準法の要件など、厳しい要件がありますので、それらの要件を充足しなくても、宿泊事業を行うことができるということですので、ビジネスチャンスが拡大するであろうことは容易に想像できると思います。
 また、例えば、地方にある建物を親から相続した場合に、将来自ら使用する可能性があるような場合に、賃貸するには躊躇があるけれども、民泊に利用するというケースも考えられます。このような利用は空き家対策にもなりますし、有効利用を図ることができるのではないでしょうか。
(2) 住宅宿泊管理業者
   先に説明しました「居住要件」の中に、「従前の入居者の賃貸借の期間の満了後新たな入居者の募集が行われている家屋」というものがありました。賃貸住宅管理業とともに、住宅宿泊管理業の登録もあれば、賃借人の募集期間も管理業を行うことができます。そうすると、賃借人退去後も、募集と民泊を併せて依頼することができますので、住宅宿泊管理業の登録をしていること自体が、新たな顧客獲得のチャンスになるかもしれません。
(3) 住宅宿泊仲介業者
   住宅宿泊仲介業についても、同様に、登録を行っておくことによって、賃借人だけでなく旅行者など民泊を必要とする人に対する仲介を行うこともできることになります。


5 まとめ

 民泊については、まだまだ否定的なイメージも強いと思われますが、上述したように、積極的な意義もありますし、新たなビジネスチャンスの拡大と捉えることもできます。今後の展開はまだ分かりませんが、制度をうまく利用して、今後の業務のお役に立てていただければと思います。


(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン平成30年10月号執筆分