民法改正と不動産賃貸借契約について


弁護士 澤 登


1 平成29年5月に成立した「民法の一部を改正する法律」(以下、「改正民法」といいます。)が、令和2年(2020年)4月から施行されています。今般の民法改正により不動産賃貸借契約にどのような影響が生じるのかについて、主な改正ポイントをあげてご説明をいたします。

2 修繕義務について。

(1) 賃貸借契約において、賃貸人は目的物の修繕義務を負っています。この点に関して、改正民法では修繕が必要となったことについて賃借人の帰責事由がある場合には賃貸人が修繕義務を負わないことを明文化しました(改正民法第606条第1項ただし書)。例えば、賃借人が故意に建物を壊した場合などは、賃貸人は修繕義務を負いません。

(2) 賃貸人が修繕義務を負い、修繕が必要であることを知ったにもかかわらず相当の期間内に必要な修繕をしないとき、または、急迫の事情があるときには、賃借人が自ら修繕を行うことができます(改正民法第607条の2)。この場合、賃借人は賃貸人に対し直ちにその必要費の償還を請求することができます(改正民法第608条第1項)。
 具体的にいかなる場合に賃借人が修繕を行うことができるのか、修繕の必要性や範囲、修繕の仕様・金額についてどのようにして認めるのかは、改正民法でも明らかではありません。今回の改正をふまえ、あらかじめ賃貸借契約書でより詳しく定めておくことが必要でしょう。


3 目的物の使用収益不能と賃料減額について

(1) 旧民法では、賃貸借の目的物の一部が滅失した場には、賃借人は賃料の減額を請求できるとされていましたが(旧民法第611条第1項)、改正民法では、目的物の一部について使用収益できなくなった場合、賃借人に帰責事由がないときは、使用収益できなくなった部分の割合に応じて賃料が当然に減額されるということになりました(改正民法第611条第1項)。つまり、一部滅失に限らず一部使用収益不能の場合にも,当然に、賃料が減額されることになりました。
 この点、改正民法でも具体的な規定がないので、紛争防止の観点からは、どのような場合に一部滅失があったといえるかを契約書上明記し、そのような滅失があった場合は、賃借人が賃貸人に通知し、賃料について協議し、適正な減額割合や減額期間、減額の方法等を合意するという内容を契約書上明記すべきでしょう。

(2) 賃貸借の目的物の全部が滅失または使用収益不能となった場合、賃貸借契約は当然に終了することが明文化されました(改正民法第616条の2)


4 保証について

 今回の民法改正による保証についてのルールの変更が賃貸借契約の際の連帯保証にも大きな影響をあたえていることに注意すべきです。

(1) 極度額について
 賃貸人が賃貸借契約において個人の連帯保証人に賃借人の一切の債務を連帯保証するように求める契約は「個人根保証契約」と言われています。改正民法では個人根保証契約について、極度額(保証人が負担する上限額)を書面で定める必要があるとされました(改正民法第465条の2第2項、第3項)。
 極度額の定めがない場合は、保証契約自体無効となってしまいます。なお、国土交通省住宅局住宅総合整備課より極度額に関する参考資料が公表されていますので(国土交通省のHP参照)、極度額の具体的設定に関して参考にしてください。

(2) 元本の確定
ア 賃借人が死亡した場合、賃貸借契約は終了せず継続しますが、連帯保証契約の元本が確定します(改正民法第465条の4第1項第3号)。したがって、連帯保証人は賃借人死亡時点の債務のみを保証し、それ以降に発生する債務は保証の範囲外となります。

イ 保証人が死亡した場合も前記と同様に賃貸借契約は終了せずそのまま継続しますが、連帯保証契約の元本が確定します(改正民法第465条の4第1項第3号)。したがって、連帯保証人の相続人は、保証人死亡時点の債務のみを保証し、それ以降に発生する債務は保証の範囲外となります。

ウ 賃貸人としては、元本が確定すると連帯保証人に対してそれ以降に発生する債務を請求できなくなります。そこで、実務的には、契約書上、賃借人又は連帯保証人が死亡した時は速やかに賃貸人に対して報告することを義務付けるとともに代替連帯保証人の提供を義務付ける定めを設ける必要があるでしょう。

(3) その他
 賃借人が保証人から賃借人の賃料滞納状況等について問い合わせを受けた場合の情報提供義務(改正民法第458条の2)、事業のための賃料債務を個人が連帯保証する場合の意思確認(改正民法第465条の6)などについても新しいルールが適用されます。


5 改正民法の適用

 新法である改正民法は、令和2年(2020年)4月1日から施行されています。改正民法の施行日前に締結された賃貸借契約には旧法が適用されます。
 なぜなら、施行日前の契約に新法が適用されるとすると当事者の予測を害することになるからです。
 それでは、改正民法の施行日前に締結された賃貸借契約について、施行日以後に契約の更新がなされた場合、新法である改正民法が適用されるでしょうか。契約の更新には、当事者の合意によるものと、法律の規定に基づくものがあります。当事者の合意によって更新する場合には、更新後の契約について新法が適用されることへの期待があるといえるので、更新後の契約には新法である改正民法が適用されると考えます。法律の規定に基づいて更新される場合、改正民法第619条第1項のように当事者の黙示の合意を根拠とする契約更新については新法である改正民法が適用されると考えます。他方で、借地借家法第26条のように法定更新が定められ契約の更新をしたものとみなされる場合には当事者の意思に基づかないものですから、更新後も旧法が適用されると考えます。


以上

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和2年6月号執筆分