『収益物件の瑕疵(契約不適合)による損害額(雨漏りの補修工事費用)の立証』


弁護士 住 原 秀 一


1.はじめに

売買契約の目的物(物件)に瑕疵(契約不適合)があった場合、買主は、売主に対し、損害賠償請求をすることができます(改正前民法570条、566条1項。改正民法546条、415条)。しかし、買主が売主に対して雨漏りの補修工事費用を請求する場合、補修工事費用が相当なものであるかどうか、つまり、雨漏りの修理に関係ない部分の補修費用が含まれていないか、過剰な補修方法ではないか、単価が高すぎるのではないかなどが問題となります。瑕疵(契約不適合)と相当因果関係のある損害額しか請求できないとされているからです(民法416条)。
 そこで、今回は、雨漏りの補修工事費用が問題になった裁判例を紹介します(東京地裁平成31年4月24日判決〔事件番号:平成30年(ワ)第500号〕・RETIO 118号110頁)。


2.事案の概要

(1)
売主A(個人)と買主B(住宅リフォーム業者)は、平成29年7月、築27年の収益物件(10階建ての賃貸マンション。以下「本件マンション」という。)を代金2億8000万円で売買する旨の売買契約を締結した。その売買契約には、売主が瑕疵担保責任を負う期間を引渡しから3か月間とすること、買主が瑕疵を発見したときは売主に速やかにその瑕疵を通知し、修復に急を要する場合を除いて売主に立ち会う機会を与えなければならないことが定められていた。

(2)
 売買契約締結時に売主Aが交付した物件状況報告書には、「過去にエントランスに雨漏りがあったが修理済みである。現在まで雨漏りを発見していない。」という旨が記載されていた。しかし、実際には、売買契約の前年である平成28年9月頃、ゲリラ豪雨によって最上階の部屋で雨漏りが生じ、そのことが居住者から管理会社に伝えられ、更に管理会社から売主Aが経営する会社の経理担当者にメールで報告されていたが、それ以上に居住者からの苦情がなかったため、補修工事を行わなかったという事実があった。

(3)
 決済日は平成29年9月1日と予定されていたが、その前日になって、売主側の媒介業者が、買主側の媒介業者に対し、初めて最上階の部屋の雨漏り発生の事実を報告した。買主側の媒介業者は、決済直前の報告に抗議したが、結局、当初の契約内容を変更することなく、予定どおりに決済が行われた。

(4)
 その翌月である平成29年10月7日、買主Bの依頼を受けた補修業者が目視で調査すると、屋上の立上り部の膨れ、保護塗装の著しい剥がれ、ドレン詰まりなどがあり、漏水発生の可能性があると判断し、その旨買主Bに報告した。
 そこで、買主Bは、売主Aに対し、平成29年10月11日、瑕疵により生じた損害の賠償を請求するとともに、これに応じない場合は違約金(売買代金の2割と約定)として5600万円を請求する旨通知した。

(5)
 高額の請求に驚いた売主Aは、売主側で補修工事を行うと申し入れたが、買主Bはこれに応じなかった。ただ、売買契約において瑕疵発見の場合には売主に立ち会う機会を与えなければならないと合意されていたので(上記(1))、売主Aは、買主Bと打ち合わせた上、売主Aの依頼を受けた補修業者を伴って本件マンションに赴いた。しかし、買主Bは、本件マンションの屋上で、「漏水が疑われる箇所は徹底的な防水工事を行う。」と述べるにとどまり、また、雨漏りが起こった部屋への立入りは居住者不在を理由に拒否した。そのため、売主Aや同行の補修業者は、雨漏りの発生状況やその発生原因を確認することができなかった。

(6)
 買主Bは、売主Aに対し、補修業者作成の見積書を根拠として、補修工事費用1812万9809円を請求する訴訟を提起した。しかし、補修業者作成の見積書には、雨漏り防止工事の費用だけでなく、予防的な防水工事や外壁のクラック等の補修工事の費用が含まれていた。なお、判決に至るまで、買主Bが補修工事を実施することはなかった。

(7)
 買主Bは、訴訟手続の中で裁判所から雨漏りの発生機序(原因となる不具合から雨漏り現象が発生するまでのメカニズム)について質問を受けたため、大雨が降った際に雨漏りの発生状況を現地調査したが、雨漏りの発生機序を解明するための簡易検査、散水検査、解体検査、裁判所への鑑定申請などを行わなかった。

(8)
 雨漏りは、少量の降雨の際には発生せず、大雨の時に限って発生する。雨漏りが発生した部屋の居住者は、雨漏り発生後も引き続きその部屋に居住している。

3.裁判所の判断

(1)瑕疵の有無について
 雨露をしのぐという建物の基本的な機能に鑑みれば、本件建物の最上階で雨漏り被害が発生していることは、瑕疵に該当することは明らかである。
 雨漏りの発生機序が必ずしも明確でないが、このことは、直ちに瑕疵該当性を否定するに足りる事情とはいえない。

(2)補修工事費用について
  ア
 少量の降雨の際には雨漏りが発生せず、居住者からの被害報告や補修要請が繰り返し行われなかったことから(上記2(2)・(8)参照)、瑕疵の程度は比較的軽微であることが窺われる。

  イ
 雨漏りの正確な発生機序は不明であるといわざるを得ない。買主Bが依頼した補修業者の調査報告書(上記2(4)参照)は、目視による調査にとどまるものであり、雨水浸入の可能性の指摘にとどまる上、その判断の正確性にも疑問がある。
 また、買主Bは、別業者による調査報告書を提出しているが、そこでも漏水原因は判断不能という結論に至っている。
 売主Aは、防水シートの劣化ないし屋上防水層からの漏水が原因であり、防水シートの張替工事ないし屋上防水層のみの改修工事を実施すれば足りるという補修業者の意見書を提出している。正確な発生機序が不明であるため、雨漏りについて必要かつ相当な工事の種類、範囲を一義的に明らかにすることができない以上、売主Aが提出する報告書の信用性を排斥できない。


  ウ
 買主Bは、住宅リフォーム業者であるから雨漏りを放置すれば建物の損害拡大を招くと認識することは可能かつ容易であったのに、売主Aに損害賠償請求をしただけで補修工事を実施せず(上記2(6)参照)、売主Aが(自己の負担で)補修工事を実施する旨の申出も拒否している(上記2(5)参照)。
 長期間放置したことにより発生・拡大した損害についてまで、売主Aに負担させるのは相当でない。


  エ
 以上の事情を総合すれば、本件マンションの隠れた瑕疵(雨漏り)の補修工事費用としては、最も控えめに算定するのが相当であり、具体的には、売主Aが依頼した業者の見積額のうち最も低額な211万8312円をもって相当と認める。

4.本件に学ぶこと

(1) 買主側の媒介業者の調査の必要性
 本件では、買主側の媒介業者の責任は追及されていませんが、買主側の媒介業者が注意すべきことに触れておきます。
 売主Aは、知っていたはずの最上階の部屋の雨漏りを物件状況報告書に記載しておらず、決済前日になって初めて売主側の媒介業者が買主側の媒介業者に告知し、買主側の媒介業者から抗議されています(上記2(3))。買主側の媒介業者が抗議するのは当然でしょうが、買主側の媒介業者も、売主側の媒介業者と共に重要事項説明義務を負っており、重要事項説明書に記載漏れがあれば連帯して責任を負います。そして、本件の雨漏りは、管理会社に確認すればすぐに発覚したのではないかと思われます。
 重要事項説明書の作成は売主側の媒介業者に任せてしまうということもしばしば行われていると聞きますが、買主側の媒介業者としても、売主側と共に連帯責任を負う以上、売主側に任せきりにするのではなく、自らも調査・確認をしておくべきだったといえるでしょう。

(2)買主Bは瑕疵(契約不適合)と損害との間の相当因果関係の立証が必要
 売主Aが決済直前まで雨漏りの事実を告知していなかったという態度は、非難されても仕方ないでしょう。しかしながら、買主Bが売主Aに損害賠償請求をする場合、冒頭で説明したように、瑕疵(契約不適合)と相当因果関係のある損害額しか請求できません(民法416条)。売主Aが非難されるべき態度を取ったからといって、買主Bによる相当因果関係の立証が甘くて良いということにはならないのです。

(3)買主Bが行うべきであった立証活動
 買主Bは、単に「雨漏りが発生している」という瑕疵現象(表面的な問題点)だけでなく、その原因となる建物の不良(防水シートの劣化など)を特定し、その原因から瑕疵現象に至るメカニズムを立証する必要があります。これが明らかにならなければ、瑕疵現象を直すためにいったいどのような工事をすべきなのかを証明することができないからです。この原因から瑕疵現象に至るメカニズムのことを、「発生機序」あるいは単に「機序」と呼びます。
 今回の事例では、買主Bは、裁判所から雨漏りの発生機序を問われたのに、散水検査などの必要な調査をしませんでした(上記2(6))。その上、売主Aによる調査もさせませんでした(上記2(5))。このため、裁判所は、売主Aが提出した最小限度の補修工事費用しか認めず、買主Bの主張する高額の補修工事費用の賠償を否定したと思われます。
 買主Bとしては、費用が掛かるかも知れませんが、専門業者による綿密な調査を依頼し、雨漏りの発生機序を解明して、その調査報告書を証拠として提出すべきだったといえるでしょう。また、その調査報告書で特定された原因を解消するための工事内容を明確にし、その原因解消の工事費用のみを請求すべきだったといえます。

(4)相手方からの瑕疵の調査の要請に応ずべきか
 本件では、上記Bで指摘したように、買主Bが、雨漏りが発生した部屋への立入りを拒否し、売主Aによる補修工事やその前提となる詳細な調査をさせなかったこと(上記2(5))が、買主Bにマイナスの事情として考慮されていると考えられます。売主Aに調査をさせないことは、買主Bが提出した見積書や調査報告書に対する売主Aの反証の機会を奪うため、その見積書や調査報告書の信用性を低下させることになるからです。
 請求の相手方に詳細な調査をさせることは、手の内を明かすようであり拒否したい気持ちは分かりますが、その拒否の態様によっては自己にマイナスの事情として考慮されるおそれがあります。相手方からの瑕疵の調査の要請に応じるか否かは、弁護士と相談した上で、よく検討すべきでしょう。

以上

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和2年11月号執筆分