賃貸借契約の更新拒絶の正当事由について(判例解説)


弁護士 田仲 美穗


1.はじめに

(1)
以下で紹介する本判決(東京地判令和元年5月20日ウエストロージャパン)は,建物賃貸借について,従前どおりの賃料額,及び従前どおりの電気代を支払うにとどまり,相当な増額賃料との差額,及び実費として増額された電気代との差額を支払わなかった借主について,債務不履行解除は否定したが,更新拒絶の正当事由を認めたという事例です。

(2)
 借地借家法第28条は,建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件としての正当事由について,概要,@賃貸人の建物使用を必要とする事情,A賃借人の建物使用を必要とする事情,B従前の経過,C建物の利用状況,D建物の現況,E立退料の申出,を考慮して判断するものと定めています。
この規定はそれまでの裁判例の判断基準を明文化したものと言われており,賃貸当事者の自己使用の必要性を主たる判断要素としながらも,それ以外の様々な要素の総合判断であることを示しています。
 実際に正当事由が争われる裁判は,再開発計画や建物老朽化(上記の@CD)などをきっかけとし,Eの立退料をもって調整解決するものが多いように見受けられます(例えば,東京地判平成28年3月18日RETIO. 2018. 1 NO.108P146ほか)。

(3)
 他方,正当事由による更新拒絶と同じく,建物賃貸借契約の終了事由になるものとして,債務不履行による解除があります。もっとも,建物賃貸借が軽微な債務不履行で解除されたのでは,賃借人に不均衡な損失が生じるため,いわゆる信頼関係破壊理論により解除権を制限することが確立された判例となっています(最判昭和39年7月28日民集18巻6号1220頁ほか)。

(4)
 本判決は,一方で軽微な債務不履行は認めつつも信頼関係破壊理論により解除を否定し,他方で債務不履行的な要素を更新拒絶の正当事由と認めて契約終了と判断しました。なお,以下では,説明の便宜と分かりやすさを優先し,事案は適宜,簡略化しました。

2.事案の概要

(1)建物賃貸借契約
平成27年3月27日,Yは,本件建物について,Aとの間で下記内容の賃貸借契約を締結した。

                 記

使用目的 鍼灸整骨院
賃貸期間 平成27年4月1日〜平成29年3月31日(2年間)
賃料等月額36万円及び水光熱費
 (賃料は翌月分を,水光熱費は当月請求分を払う)
更新 当事者双方とも期間満了の6か月前までに更新拒絶の意思表示を
 しないとき,本契約は同一の条件で2年間更新される。更新時には,Yは
 新賃料1か月分と事務手数料1万円を払う。
特約 店舗前部分は共用部分で占有できない。ただし,Aが協議に応じる
 場合はこの限りでない。


(2)Xによる賃料と電気代の増額請求
 平成28年11月1日,XはAの承継人から本件建物を購入し,貸主の地位を承継した。
 同月2日,XはYに対し,@賃料を月額54万円に増額するよう求めるとともに,A電気代について,従前,実際にかかった額より安価な月額3万円であったものをあらため,実際にかかった額である月額5万円を請求した。
 これに対しYは,@賃料増額を拒否して,従前の賃料月額36万円を支払い続けるとともに,A電気代については,賃料増額を拒絶したために不当に高額の請求となっていると考えるようになり,平成29年2月請求分以降,従前どおりの月額3万円を払うようになった。

(3)Xによる訴訟提起
 平成29年8月7日,XはYに対し,増額した賃料の確認を求める訴えを提起した。
 同年11月21日,XはYに対し,債務不履行解除または正当事由による更新拒絶に基づき,本件建物の明渡等を求める訴えを提起した。Xはこの訴状において解除の意思表示を行った。
 両訴訟は併合された。

(4)本判決
 本判決は,以下のように判断した。
 まず,原告が主張した債務不履行と,これに対する本判決の判断は,次のようなものである。即ち,@店舗前部分に物を置いた点は,当初賃貸人であるAから「置いてもよい」と言われたから,A賃料増額分を払ってない点は,増額を正当とする裁判が確定していない(借地借家法32条2項本文)から,B看板掲載料の不払いの点は,看板掲載料を払う合意は認められないから,としていずれも債務不履行ではないとされた。これに対し,C平成29年2月請求分から同年11月請求分までの電気代の一部計20万円を払わなかった点は,債務不履行ではあるが,信頼関係を破壊したと認めるに足りる事情があったとはいえないとし,債務不履行解除を否定した。
 次に,正当事由による更新拒絶については,@本件の解除の意思表示は更新拒絶の通知を含むとした上で,A本件契約の期間が満了する平成31年3月31日当時,電気代については,平成29年5月請求分から平成31年2月請求分までの電気代の一部計44万円を滞納し,債務不履行となっていた,B本件建物の相当賃料は平成29年4月以降月額43万円であるから,平成29年3月請求分から平成31年2月請求分までの賃料差額計161万円が未払いであった,C平成29年の更新料の差額7万円が未払いであった,D被告は平成31年3月31日当時,未払いの賃料・更新料を直ちに支払うことができなかった,ことなどを認定し,平成31年3月31日当時,更新拒絶の正当事由があったと結論づけて,建物明渡と金銭の支払いを命じた。

3.コメント

 本判決は,電気代の一部不払いという債務不履行を認めつつ,信頼関係破壊理論により解除を否定しました。しかし,この電気代の債務不履行(更新時までなので解除時より期間が延びています)に加え,相当賃料及び新更新料との各差額の未払い(債務不履行ではありません)と,これを直ちに払えないなどの事情を考慮して,更新拒絶の正当事由ありとしたものです。
 本判決は,老朽化建物などで正当事由が争われた多くの事案とは異なり,自己使用の必要性などはほとんど問題とされていません。賃料増額がからんでおり,建物賃貸借契約の債務不履行的な終了を考えるにあたって参考になると思われます。

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和2年12月号執筆分