私道掘削工事の承諾に関する事例(判例解説)


弁護士 増 田 勝 洋


1 はじめに

私道のみに接道する土地の所有者が、建物を建て替えるに際し、当該私道所有者に対して給排水管等の掘削工事の承諾を求めることができるでしょうか。
 この点につき直接定めた法律はなく、民法220条では、高地の土地所有者は、下水道等に至るまで他人の低地を通じて水を通過させることができると規定されており、同法221条1項では、土地所有者は、所有地の水を通過させるため、高地又は低地の土地所有者が設置した工作物(例えば排水管)を使用できると規定されています。また、下水道法11条1項では、他人の土地又は排水設備を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に排水設備を設置し又は他人の設置した排水設備を使用することができると規定されている程度です。
 そこで、今回は、上記のとおり、私道掘削工事の承諾を求めたところ、私道所有者から多額の承諾料を要求されたことから、当該私道の掘削工事の承諾及び妨害禁止を求めた事案において、その請求が認められた事例(東京地裁平成31年3月19日判決ウエストロー・ジャパン)を紹介したいと思います。

2 事案の概要

 東側の私道のみに接道している土地を所有するX(原告)は、本件土地上の建物が築50年を超え老朽化が進んでいることから、同建物の建替えを検討していました。本件土地には、同建物に接続する既存の給排水管及びガス管が存在するものの、それらは昭和40年代に埋設されたもので、老朽化が顕著であり、導管の口径や材質においても、これらを引き続き使用することは現実的に難しいことから、Xは、新たな導管の引き込みのため、本件私道所有者Y(被告)に、本件私道の埋設管から導管を新たに埋設すること及びこれに付随する掘削工事をすることの承諾を求めました。
 これに対し、Yは、Xが建築予定の建物は賃貸用アパート(収益物件)であり、Xの利益のための建築計画であるので、本件私道の掘削を受忍する義務はないとし、Xに対し、承諾料として、399万円余を請求しました。
 そこで、Xは、Yに対し、本件私道につき、本件掘削工事の承諾と、本件掘削工事の妨害禁止を求めて提訴しました。


3 判決の要旨

 裁判所は、次の通り判示し、XのYに対する請求を認容しました。

(掘削工事の必要性について)
 @本件土地には、給排水管及びガス管の既存導管が存在するものの、既存導管は、昭和40年代に埋設されたものであり、老朽化が顕著であること、Aガス管については、耐食性が十分でなく、使用期間の目安が20年といわれている白ガス管(鉄製)が埋設されており、耐食性・耐震性に優れたポリエチレン製管に更新する必要があること、B給排水管については、排水管につき耐食性・耐震性の面で優位な塩化ビニル管に更新する必要があり、給水引込管につき既存導管の口径(20mm) から40mm口径のものに更新する必要があることが認められ、以上のことから、本件私道埋設管に本件土地に引き込む導管を新たに接続する工事を行う必要性があると認められる。
 この場合、本件掘削工事(本件新設管を本件土地南側に集約して本件私道埋設管に接続することとし、限定された範囲内のみ掘削し、都度埋め戻しする)が最もYへの損害が少ない方法であると認める。
 以上によれば、本件掘削工事は、本件私道埋設管に接続する本件新設管を埋設するために必要な範囲内で本件私道を使用するものであると認める、としました。

(Yの承諾義務について)
 民法220条、221条1項及び下水道法11条は、隣地の利便のため必要な排水を受忍すべき土地所有者の義務を定めており、これらの趣旨からすれば、現代の生活に必要不可欠な給排水・ガスについても、民法220条、221条1項及び下水道法11条の類推適用により、給排水・ガス管の設置のために必要な範囲内で土地を掘削し工事を行うことについて、土地所有者は承諾する義務があるというべきである、とし、本件掘削工事は、本件私道埋設管に接続する本件新設管を埋設するために必要な範囲内で本件私道を使用するものであるから、Yは本件掘削工事を承諾する義務があるとしました。

(工事妨害禁止の必要性について)
 Yは、Xが本件掘削工事の承諾を得ようと交渉した際、Xに対して多額の金銭を要求し、工事を承諾しなかったことからすると、Yが本件掘削工事に対して妨害行為に出るおそれがある。したがって、Xは、Yに対し、工事の妨害行為を禁止する必要性がある。

(被告の主張について)
 Yは、裁判上、Xに対し、本件私道の使用の承諾料として、199万円余を求めているが、前述のとおり、民法220条、221条1項及び下水道法11条の類推適用によりYは本件掘削工事を承諾する義務がある。
 仮にYが本件掘削工事により損害を受けた場合には、民法209条2項等を類推適用することにより、その償金を請求することは考えられるとしても、本件私道が道路として使用されていることからすれば、Yに損害が生じることは考え難いし、いずれにしろYに損害が生じた場合に別途解決されるべき事柄である、として被告の主張を退けています。

(結論)
 したがって、Xは、Yに対し、民法220条、221条1項及び下水道法11条の類推適用により、本件私道につき本件掘削工事を行うことの承諾及び、同工事の妨害禁止を求めることができる、と結論づけました。


4 まとめ

 私道の掘削をめぐってのトラブルでは、私道所有者から承諾料を要求されることも珍しくありませんが、本判決は、最初にあげた民法や水道法の条項を類推適用し、私道所有者は、隣接地の所有者から、給排水管及びガス管の埋設のための掘削工事を求められた場合には、必要な範囲で承諾する義務があると判断しており、今後の実務の参考となると思われます。
 なお、上記判決中にもあるとおり、当該掘削工事により私道所有者が損害を受けた場合、私道所有者から償金(民法209条2項参照)を請求される場合がありうる点にはご注意ください。
 また、少し事例からは離れますが、老朽化した建物が建っている土地を購入するような場合、将来の上記のようなトラブルを回避するため、売主(土地所有者)から、できれば事前に、私道所有者の掘削工事の承諾書を取り付けてもらうなどしておくことがよいと思います。


以上


(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和3年3月号執筆分