債務不履行と契約不適合のはざま

― 目的物引渡し前に契約不適合の事実が判明したとき ―


弁護士 宇仁美咲



 令和2年(2020年)4月1日に改正債権法が施行されて1年が経ちました。宅建業者や宅地建物取引士の方から、相談案件にとどまらず訴訟案件としても契約不適合責任を取り扱うようになりました。取引の現場では、瑕疵に代わって「契約不適合」という用語もそれほど違和感なく受け入れられているようです。
 契約不適合責任は、瑕疵担保責任とは異なり、買主の採りうる手段として追完請求、代金減額請求、損害賠償請求、解除の4つのメニューができたけれど、契約不適合を知った時から1年以内に通知をしておかなければこれらの権利は行使できないこと(民法566条本文)は、広く認識されてきています。
 しかし、引渡し前に契約不適合が判明した場合について、少し誤った認識があるようですので、この機会に整理をしておきます。

1 契約不適合責任はいつの時点から問題になるのか?

 売買契約の目的物に契約不適合がある場合には、買主は追完請求をすることができます(民法562条1項本文)。民法562条は、「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは」と規定しており、「引き渡された目的物」が大前提です。
 契約不適合に基づく代金減額請求権も「前条第1項本文に規定する場合において」(民法563条1項)と規定していますから、「引き渡された目的物」が前提となっています。
 つまり、いまだ引き渡されない目的物については、契約不適合責任の問題ではないのです。

2 一括決済の場合

 買主が建物建築を目的として土地を購入した事例を検討してみましょう。
 不動産の売買契約には、目的物の引渡しと売買代金の支払いとが一挙になされる「一括決済」と、売買契約締結時に手付の授受がなされ、その後数か月後に目的物の引渡しと売買代金の支払いという決済が行われる場合とがあります。
 「一括決済」の場合は、売買契約の締結とほぼ同時に目的物の引渡しと代金の支払いが完了しますから、建築予定地の地中から建物建築に支障を生じるような大量のコンクリートガラや廃材などが発見されるのは、目的物の「引渡し後」です。
 そこで、争点は、売主と買主との「契約の内容」がどのようなものであったかということになります。売主と買主とが、購入土地において建築予定の建物の用途、構造、規模、床面積まで折り込んで売買契約を締結していた場合には、予定していた建物が建築できないとか、予定していた建物を建築しようとすると過大な費用が見込まれること自体が、契約の内容に適合していないということになります。
 そこで、買主は売主に対し、契約不適合責任を追及することになります。

3 手付の授受がなされた場合

 不動産の売買契約は、「一括決済」がなされる場面ばかりではありません。むしろ、手付の授受をして数か月後に「決済・引渡し」がなされることの方が多いともいえます。
 契約から「決済・引渡し」までに期間がありますから、その作業の途中で契約締結時には想定していなかったような事実が判明することがあります。
 例えば、先の例のように、建物建築に支障のない土地を引渡すことが契約の内容になっていたのに、「決済・引渡し」までに、地中に建物の建築に支障が生じるような地中埋設物が存在することが判明したとしても、売主が引渡し期日までにこれを撤去して、契約目的に適合する土地として引き渡せば、売主の引渡し義務は完了します。つまり、「決済・引渡し」までに何らかの契約不適合になりうる事実が判明した時には、売主は、これを契約の内容にかなった目的物になるように適宜の方法で対処すればよいのです。

4 引渡し期日までに対応できなかったとき

 しかし、地中埋設物や土壌汚染などの場合には、売主が引渡し期日までにこれらを撤去し契約の目的にかなった土地にして買主に引き渡すことは現実には難しいことも多々あります。地中埋設物が含まれたままの土地を引き渡すことは、債務の本旨に従った履行(民法415条1項)にはならず、債務不履行です(民法415条1項)。
 買主は、履行期日に定められた場所(通常は、あらかじめ定めていた金融機関等)に出向いて、売買代金を支払おうとすれば支払える状態で待機すれば、履行の提供をしたものとして、契約書に無催告解除特約があれば無催告で、無催告解除特約がなければ催告の上、売主に対し、債務不履行に基づき損害賠償請求や解除をし、売買契約書に基づいて違約金請求も可能となります。

5 売主と買主との間の代金減額合意の意味

 取引実務では、売買契約締結後、「決済・引渡し」までに地中埋設物や土壌汚染が判明した場合には、媒介業者を交えて売主と買主との間で話し合いがなされ、最終的に買主において負担する除去費用や土壌汚染対策費用をもとに、一定の減額をしたうえで、「決済・引渡し」がなされることもあります。これは、当初の売買契約の内容の変更合意です。契約不適合責任としての代金減額請求権の行使ではありません。
 売買代金を減額していることから、契約不適合責任における代金減額請求権(民法563条)が行使されたようにも見えます。しかし、契約不適合責任は、目的物の引渡しがなされた時から始まるものです。目的物の引渡しがなされない場面では、契約不適合責任の類推適用であるとする説もありますが※1 、この説においても、知った時から1年以内の通知がなければ失権するとの規定(民法566条)の類推適用までは認めていません。



※1 潮見佳男「新契約各論T」(青林書院、2021年3月)132頁。

以上

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和3年5月号執筆分