『収益物件の賃貸借契約や建物の状況に関して不正確な情報を提供した
媒介業者に債務不履行責任が認められた事例』         

(東京地裁:令和2・2・18判決 ウエストロー・ジャパン)


弁護士 広瀬 元太郎


1 はじめに

 収益物件を仲介するとき、媒介業者はどこまで正確な調査を行う必要があるでしょうか。通常、売主は賃料情報や滞納情報を媒介業者に開示しますが、積極的に開示をしない売主、本当のことを言っているかどうかわからない売主もいます。売主から得た情報が誤りで、その結果買主から損害賠償を請求された媒介業者は、損害賠償の支払義務はあるのでしょうか。あるとすれば、どの程度の義務を負うのでしょうか。
 本件訴訟は、収益物件の買主(以降「]」といいます)が原告で、買主の媒介業者(以降「Y」といいます)が被告です。収益物件を買ってみたら、聞かされていた賃料よりも実際の賃料より低額であった、容積率オーバーの部分があってテナントが付かなかったとして、XがYに対し、損害賠償等を求めて提起した訴訟です。


2 事案の概要

(1)
 媒介業者Y(被告)は、共同住宅兼事務所ビル(以下「本件土地建物」といいます)の売主Aより売買の媒介の依頼を受けた。YはAに賃貸借契約に係る資料や建築確認通知書、検査済証、建物図面等の提出を求めたが、A作成の家賃管理表(これが実は誤りで、実際の月額家賃が84万円余であるところ、89万円と記載されていた)と建物図面しか入手できなかった。

(2)
 Yは、想定月額賃料(家賃管理表記載の84万円にAが自己使用する1・2階の想定賃料を加えたもの)を133万余円とする物件概要をレインズに掲載した。

(3)
 これを見た買主X(原告・宅建業者)は、本件土地建物を購入し、第三者に転売したうえで、その第三者とサブリース契約を締結する計画を立てた。

(4)
 XはYに、賃貸借契約書や検査済証等の開示を求めたが、Yは「それらは無い」と回答した。さらに、XはAに対し、建物1階部分の内覧を求めたが、Aはこれを拒否した。結局、Xは自分で市役所に行って、建築確認通知書、検査済証の発行を確認したうえで、本件土地建物を購入することとし、平成29年12月、1億9,000万円で売買契約を締結した。Yは、A及びXの媒介業者(いわゆる両手)となった。

(5)
 平成30年1月9日、Xは転売先Bに、本件土地建物を2億7,780万円で売却、1月13日に、Bを貸主、Xを借主として、賃料133万余(レインズ掲載額と同額)、期間2年間として建物賃貸借契約を締結した。そして、1月22日に、XとAの売買契約の決済が行われた。

(6)
 その後、Xが依頼した建物管理会社の状況確認により、家賃管理表につき、誤りが判明(1室は退去済み、2室は賃料が誤り)。また、1階事務所(Aが自己使用していた部分)は、駐車場として建築確認を受けていて、事務所への用途変更は容積率違反となることが判明し、テナント候補者にキャンセルされた。

(7)
 XはYに対し、重要な事項について調査や資料の開示を行わず、不正確な情報を説明、告知したとして、Yの支払った媒介手数料の全額622万余円、Y作成の賃貸状況表と実際賃料の差額の2年分183万円、建物1階部分のテナントキャンセルによる逸失利益4年分2,592万円、合計3,397万円の支払いを求めて提訴した。

3 本件の争点

・Xの言い分: 重要な事項について調査や資料の開示を行わず、不正確な情報を説明、告知したことにより損害を負った。
損害の範囲は、媒介手数料全額、Yの説明と実賃料との差額2年分、建物1階部分のテナントキャンセルによる逸失利益4年分。
・Yの言い分: 本件においては、売主Aの協力が得られない一方、Xが本件売買契約締結を急ぐ中で、調査義務及び説明、告知義務は尽くしたから、債務不履行責任は無い。


4 なぜこのような問題が発生するのか

・売主からの情報の開示が受けられない案件の媒介を行うべきではないが、それを言ってしまうと身も蓋もない。事案を見る限り、かなり売主Aにも問題はあると思われる。しかし、本件においては、調査が不完全であること、想定月額賃料が不正確である可能性があることを明確に買主に示しておく必要があったのではないかと思う。
・1階駐車場を店舗に用途変更しているのは、現地調査すると比較的容易に判明すると思われる。その段階で、Yが市役所に調査に行かなかったのは問題ではないかと思われる。

5 裁判所の判断

 裁判所は、Yの債務不履行を認めたうえで、損害額については一部のみを認め、「YはXに454万円を支払え」との判決を下した。
(1) Yの債務不履行について
  ア
 YはXに対し、本件媒介契約に基づく善管注意義務として、Xにとって重要な事項について、自ら調査し又は売主から資料等の提供を受けるなどして、正確な情報を説明、告知すべき義務を負う。


  イ
 本件建物1階は、建築確認通知書や検査済証交付の時点では駐車場とされていたが、その後店舗に改造されたため、当該用途変更により容積率超過の状態であった。しかし、Yは本件建物1階が駐車場として建築確認を受けていることを説明せず、本件建物の図面を交付することもなかったから、Yには建ぺい率及び容積率違反の有無、建築確認申請の状況、本件建物の概況に係る、説明・告知義務を果たしたとはいえず、債務不履行責任を負う。


  ウ
 本件建物の賃貸借契約の状況は、不動産売買契約の締結にあたり、Xにとっては重要な事項であり、Yは、Xに対し、その正確な情報を説明、告知する義務を負うところ、Yは裏付けとなる賃貸借契約書等の客観的資料を確認しないまま、Aが作成したという家賃管理表の内容を鵜呑みにして、何らの留保を付けることなく、事実と異なる賃貸状況表を作成し、Xに説明したものであるから、本件建物の賃貸借契約の状況に係る説明、告知義務違反により債務不履行責任を負う。


(2) Xの損害額について
  ア
 X主張の、1階部分のテナントキャンセルによる損害については、建物1階が駐車場として建築確認を受けている旨を明らかにして入居者を募集していたならば、そもそもテナント申し込みはなかったと認められるから、Yの説明義務との因果関係は認められない。


  イ
 Y説明の賃料収入額と実際の賃料収入額との差額による損害については、建物の引き渡し後から本件訴訟の口頭弁論終結時までの間の143万円をもって、Yの債務不履行による損害と認めるのが相当である。


  ウ
 X主張の媒介手数料の損害については、本件売買契約自体の締結には至っており、本件売買契約が解除されたわけではない。よって、全額を損害と認めるのではなく、Yの本件建物の容積率違反の有無の説明・告知義務違反の内容、程度等に鑑み、支払済媒介手数料の半額311万円余を損害と認めるのが相当である。


(3) 以上によれば、Yの債務不履行によりXが被った損害は、
    合計454万円となる。



6 まとめ、取引において注意を要すること

(1)
 本件を見る限りにおいて、裁判所は妥当な判断をしたと考えるが、本件はXが宅建業者である。宅建業者であれば、自分で調査する能力もあることから、損害額を低めに認定した可能性もある。
 事案の概要によれば、Xは自分で市役所に調査に行き、建築確認通知書と検査済証を確認したとのことである。おそらく、ここで、Xは容積率オーバーを察知した(または察知すべきであった)と思われる。そのうえで、本件土地建物を購入したのであるから、1階部分の建物キャンセルによる損害は認定されなかったのではないかと考えられる。
 そうすると、Xが宅建業者でない素人の場合は、市役所に建築確認通知書を調査に行かなかった可能性もあるので、この部分の結論が変わる可能性があることは注意しなければならない。

(2)
 また、賃料の差額については、183万円の請求が143万に減額されている。これは、Xが将来分も含む2年分の賃料差額を請求したのに対し、裁判所は、現実に発生した期間の差額のみを認容した。
 これは、訴訟のタイミングにより減額されただけで、提訴の時期が遅かったり、訴訟が長引いたりすれば全額が認容された可能性があることに注意しなければならない。

(3)
 収益物件における現時点の賃料と空室状況は、買主の購入判断に影響を与える重要な事項である。したがって、媒介業者は、正確な情報提供を行わないと、媒介契約の債務不履行責任として、損害賠償を請求される可能性があることに十分注意する必要がある。買主が宅建業者でなければ、損害賠償額が増加していた可能性もある。
 本件は、売主Aが情報を開示しないという特殊な案件である。賃貸借契約書が開示されていれば、本件のような問題はおこりにくいが、開示されない場合には、なぜ開示されないのか?売主の申告が必ずしも正確ではないのではないか?と考えなければならない。独自に調査を行い、そのうえで、売主の申告が必ずしも正確でないことを買主に示して(後の紛争に備えて、書面化するべきであることは言うまでもない)、媒介業者の説明が事実と異なる可能性を留保するべきであったと考える(判決においても、その点の指摘はある)。
 また、1・2階については、もともとは売主Aの自己使用部分であったので、その部分の賃料も、実賃料ではなく想定値であることを買主に示すべきであったと思われる。

(4)
 1階駐車場の用途変更による容積率違反は、比較的よくみられる事例でもあるから、現地調査及び建築確認図面の調査は必ず行うべきである。
 なお、本件のような事案においては、買主と売主の紛争になることもある(売買契約の解除を求める場合は、売主が被告になる)。紛争防止のため、売主の媒介業者となる場合も、同様の注意が必要である。

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和3年11月号執筆分